素朴少女は騎士隊長に恋をする

長岡更紗

はじまり

「お疲れー」

「お疲れ様!」


 終業時刻が過ぎて、隊員たちは帰り支度を始めた。

 オーケルフェルト騎士隊は訓練内容こそ厳しいものの、勤務時間はキッチリと決められていて、休みもちゃんと取れる職場だ。


「よー、みんなお疲れさん!」


 そう言いながら、騎士隊長であるシェスカルがこちらに歩いて来た。

 隊長シェスカルは三十二歳。大剣をレイピアの如く振り回す、剛腕の持ち主だ。

 明るく面白く、頼り甲斐があって優しい。そして隊長らしからぬ不真面目さが、逆に隊員たちに親しみを抱かせていた。


「アイーダ、ちょっと夕飯付き合えよ」

「えー……嫌です」

「んだよ、つれねぇなー」

「いつものように町で誰かをナンパすればいいんじゃないですか? じゃ、お先失礼しまーす」

「おー、気をつけて帰れよ!」

「はーい」


 アイーダは何事もなかったかのようにさっさと帰って行った。

 うらやましい、とファナミィは彼女を見送る。

 もしも自分がシェスカルに夕食に誘われたなら、一も二もなく付いていくだろう。しかし自分から誘う勇気はない。

 ファナミィは今日こそは声を掛けられるかもしれないという、淡い期待を抱いてシェスカルの横を通り過ぎようとした。


「おー、ファナミィお疲れさん!」

「お、お疲れ様です!」

「今日もよく頑張ってたな! 寄り道せずに帰れよ!」

「はい……」


 シェスカルとの会話はそれだけで終了してしまった。

 ああ、やっぱり……と下唇を噛みながら、ファナミィはそのまま通り過ぎる。


「よ、ローニャ! 暇なら今日付き合えよ!」

「えー、もう、仕方ないですねぇ。今日は予定もないし、良いですよ」

「よっしゃ、じゃあ門の所で待っててくれ。報告だけ終わらせたらすぐに行くからよ」


 後ろを振り返って見てみると、シェスカルは上機嫌で報告に向かっている。そのあとはローニャと食事に行くのだろう。

 ファナミィの口から、ハァッと溜め息がこぼれた。

 オーケルフェルトの騎士隊員ならば、シェスカルが女好きなのは周知の事実だ。しかも素朴専と呼ばれ、素朴な顔立ちの女の子が好みらしい。


 ファナミィはどちらかというと、素朴な顔立ちをしていると自分で思っている。シェスカルの好みとは、大きくはかけ離れていないはずだ。

 なのに何故、シェスカルに声を掛けては貰えないのだろうか。オーケルフェルト隊に所属する女性は、ファナミィ以外の全員が声を掛けられた事があるというのに。

 ファナミィはオーケルフェルト騎士隊の女性隊員の中で、最年少の十六歳だ。シェスカルとは二倍の年の差がある。その年の差がいけないのかもしれないと思っていたが、同い年のメイドの友人が、彼と一緒に食事をしたというのを聞いて愕然とした。

 つまりシェスカルは、年齢とは関係なく、ファナミィを誘ってはくれないのだ。


 どうして隊長は、私を誘ってくれないんだろう……


 ファナミィがシェスカルと出会ったのは、三年前に遡る。

 いや、出会ったという言い方は語弊があるだろう。街の祭りで、模範演武をしていたシェスカルを、遠目で見ていただけだったのだから。

 その時のシェスカルは、長身の男……入隊してからは班長のリックバルドだったと分かったのだが、そのリックバルドのやられ役であった。しかしそれでも、シェスカルのキレのある動きは強く印象に残っている。

 翌年の演武ではシェスカルが勝利役で、去年はまたやられ役だった。


 どちらであっても、ファナミィの心にシェスカルという男が住み着いてしまったのは確かだ。

 ファナミィは上級学校を卒業してすぐ、オーケルフェルト騎士隊に入隊した。お国のために、というのは建前で、シェスカルのそばに行くのが目的だった。


 隊長シェスカルはバツイチで、元嫁と別れてからは、必ず誰かを誘って夕飯を食べているらしい。それも誘っているのは女子ばかりだ。

 隊内で一緒に食べてくれる人が見つからない時は、外でナンパをしているというのは有名な話である。

 しかしファナミィは歯牙にもかけられた事がない。

 何がそうさせるのか、ファナミィにはさっぱり分からなかった。他の女性隊員と同じ様に過ごしているつもりである。シェスカルに嫌われる様な事をした覚えはない。


「……帰ろ……」


 この日は諦めて、門でシェスカルを待つローニャを見ながら、一人トボトボと家路に着いた。


 ある日、騎士の鍛錬所に遊びに来たメイドの友人が、こんな事を教えてくれた。


「シェスカル隊長の元奥さんってね、眼鏡掛けてたらしいよ。素朴な子には眼鏡を掛けて欲しいみたい。私も掛けてくれって言われちゃったけど、断ったら物凄く悔しそうな顔してた」

「へ、へぇ……」


 眼鏡。それは有益な情報を手に入れる事が出来た。もしかして眼鏡を掛ければ、シェスカルの御眼鏡に適う事が出来るかもしれない。いや、冗談ではなく。


 彼女が仕事で去って行った後、隊長シェスカルが隊員たちを呼び寄せる。

 最近のシェスカルは、リックバルドと今年の祭りの演武の練習をしていたのだが、大体の形が決まったので先に隊員たちに披露してくれるらしい。

 これだけでも隊員になって良かった。朝早くに場所取りに行かなくても、目の前でシェスカルの演武が見られるのだから。


「芯がリック、絡みが俺だ。よおっく見ておけよ!」


 芯と絡みがよく分からないまま、二人の模範演武が始まった。

 二人が使っているのは模擬剣ではなく、真剣である。一歩間違えば大怪我を負うという緊張感が、隊員たちにも伝わって行く。

 シェスカルとリックバルドは斬りかかり、鍔迫り合い、屈んで剣を躱し、ギリギリの間合いで剣を避け、時には華麗な跳躍を見せて皆を魅了している。

 息がピッタリ合っていないと出来ない芸当だ。ゾクゾクしてくる。シェスカルの演武を見ていると、鳥肌が立ってくるのだ。

 最後にリックバルドがシェスカルの大剣を躱し、シェスカルの懐に入り込むと斬撃を決めるフリをした。

 角度を変えて見れば、本当に斬られたように見えるだろう。シェスカルは剣を手放し、派手に横転している。

 その瞬間、おおーーと周りから声が上がり、拍手喝采が巻き起こった。

 シェスカルはむっくりと起き上がり、満足そうに隊員たちを見回す。


「今回はこんな感じで行こうと思う。何か意見のある奴は、遠慮なく言ってくれ」


 あんな完璧な演武を見せられて、意見を言えるものなどいないだろう。しかしファナミィは納得いかず、微妙に眉を寄せた顔をシェスカルに送る。

 それに気付いたシェスカルが、ファナミィに声を掛けてきた。


「どした、ファナミィ。何かあるなら言ってみろ」


 シェスカルの言葉に、全員がこちらを注目してきた。ファナミィはドギマギしながらも、疑問をぶつけてみる。


「あの、どうしてシェスカル隊長がやられ役なんですか?」

「最初に言ったろ? 絡みは俺だって」

「えっと、絡みって……」

「やられ役の事だ。芯は技を決める役の事」

「でも順番的には、今年はシェスカル隊長が勝つ番ですよね?」


 ファナミィがそういうと、シェスカルは目を広げた後、片眉を下げながら目を細めていた。

 その顔がなんとも言えず、ドキドキとファナミィの胸の鐘を鳴らす。


「そっか、ファナミィは毎年演武を見に来てくれてたもんな」

「……え?」


 今度はファナミィが目を広げる番だった。シェスカルは何故それを知っているというのだろう。こちらが一方的に見ていただけで、シェスカルはファナミィの存在など知らないはずだ。

 疑問に感じていると、隣にいたリックバルドが呆れたようにシェスカルに言う。


「あれだけの観衆がいて、お前はよくそんな細かい所を見ているな。ジャガイモの選別が得意なだけある」

「ジャガ……イモ……?」


 それが自分の事を言われているのだと理解するまで、若干の時間を要した。

 その間にシェスカルがリックバルドの頭を、容赦なく拳で殴っている。

 バカッと音がして、リックバルドが頭を抱えていた。


「っぐ!!」

「ばっかやろ、リック! お前はもっと女心を知れッ」


 ジャガイモ、とさっきの言葉を反芻する。

 胸が苦しい。涙が出てきそうだ。標準的な顔をしていると思っていたのは自分だけで、周りから見たファナミィはただのジャガイモでしかなかったのだ。

 しかしこんな大勢の前で泣くわけにはいかない。ファナミィはぐっと堪(こら)えて、胸から登ってくる涙を喉の奥で押さえ込んだ。


「おい、ファナミィ気にすんなよ?」


 ファナミィは声が出せず、コクコクと首だけで返事した。するとシェスカルが大きな掌で、ゴシゴシと頭を撫でてくれる。それだけで何故かホッとして、登山しようとしていた涙が滑り落ちるように戻って行った。


 その日の夕方、シェスカルはいつもと同じ様に女性隊員たちに声を掛けて回っている。が、今日は誰も誘いに乗ってくれていない様だった。

 今日こそはという思いで、ファナミィはシェスカルとすれ違ってみる。彼はこちらに気づいて、優しく微笑んでくれた。


「ファナミィ、お疲れさん! また明日な!」


 その言葉に返す声が出て来なかった。どうにかこうにか口の端だけで笑みを見せ、頭をブンと深く下げてその場を走り去る。

 間違いなく、女性隊員全員に声を掛けていた。ファナミィが最後の一人だったのだ。

 なのに、何故。


「ジャガイモ、かぁ……」


 リックバルドだけではない、きっとシェスカルも心の底ではそう思っていたのだろう。それを口に出さなかったというだけで。

 もう彼の事を諦めなくてはならないのだろうか。もともとシェスカルの恋人になどになれるとは思っていなかったが、それでもせめて一度くらいは一緒に食事に行ってみたかった。

 女好きなシェスカルの事だから、いつかはその順番が回ってくると信じていたのに。きっとこんなジャガイモ女など、誘う価値すらないのだろう。

 勝手に溢れ出てきた涙を、ファナミィはグシッと袖で拭った。


 脈がゼロなら諦めた方が良い。


 そう分かっているのに、心は中々言う事を聞いてくれなかった。諦めるにしても、せめて一度は一緒に食事くらいしてみたい。そうじゃないと、きっと諦めきれない。


 ファナミィは一度家に帰って着替えると、眼鏡屋で伊達眼鏡を買って街に出た。シェスカルがよくナンパをしている場所もチェックしてある。

 案の定、シェスカルは憩いの広場という所に現れ、女の子たちに声を掛けている様だった。老若を問わず、ほぼ手当たり次第と言って良いだろう。見ている限りでは、皆親しげにシェスカルと話しているものの、食事を共にしてくれる様な人はまだ現れていない様だ。


「大丈夫……今ならきっと、隊長も声を掛けてくれるはず……」


 心臓がバックンバックン打ち鳴らす中、ファナミィは眼鏡をかける事でどうにかこうにか歩を進める。

 そしてシェスカルの目の前を通り過ぎたその瞬間。


「プリシラ!?」


 いきなり腕を掴まれ、グンっと引き寄せられた。

 振り向いた先に見えたシェスカルの顔。

 その両眉は垂れ下がり、双眸は悲しげに潤んでいる。

 初めて見る、シェスカルの表情だった。


「隊……長……?」


 そう声を掛けるとシェスカルは我に帰ったようにハッとし、掴んでいたファナミィの腕をパッと離した。


「ファナ、ミィ、か……? わり、ちょっと人違いだったわ……」


 シェスカルはその手を口元に持って行き、ファナミィから視線を反らす様に横を向く。

 そして一拍置くと、シェスカルはいつもの顔に戻り、ファナミィに笑みを向けてくれた。


「どっか出掛けんのか? 帰り遅くなるんなら、剣は携帯して行った方がいいぜ。気を付けて行けよ」


『バイバイ』とでも言う様に、シェスカルは手をヒラヒラと振ってくる。

 やはりだ。やはりまた、誘ってはくれなかった。

 拳を握りしめて立ち尽くすファナミィに、シェスカルは訝る様に顔を覗き込んでくる。そんな彼にファナミィはキッと目を向けた。


「ファナミィ?」

「シェスカル隊長! お暇なら、私と食事に行きませんか!?」


 心臓が、膨れ上がった風船の様に破裂してしまいそうだ。一瞬で頭が真っ白になりながらも、目はシェスカルを見据える。

 彼は少し驚いたような顔をした後、片眉を下げて笑った。


「ハハッ! 逆ナンパか。いいな、初めての体験だ」


 逆ナンパと言われてカアッと顔が火照る。こんな事をしたのは初めてだと言いたかったが、その前にシェスカルが声を発した。


「んで、どこ連れてってくれるんだ?」


 目を細めて嬉しそうにそう言われると、クラクラして今にも倒れてしまいそうだ。

 しかし倒れてしまえば、せっかくのチャンスがふいになる。どこに連れて行けばいいのかと頭をフル回転させるも、あまり食べに出た事のないファナミィは、近くのファミリー向けのレストランにしか連れて行けなかった。


「すみません、こんな所で……」

「謝んなよ。ここ、うちの系列の店だからな」

「うちの……系列?」

「ああ、ディノークス商会って知ってるか? 俺、そこの一人息子」

「えええっ!? 豪商じゃないですか!!」


 ファナミィが仰け反ると、シェスカルは楽しそうにイシシと笑っている。

 シェスカルが豪商の息子だなんて初めて知った。そう言われてみれば、剣一筋のリックバルドに比べて無骨な感じがしない。垢抜けしているというか、全てにおいて立ち居振る舞いが優雅だ。

 オーケルフェルト騎士隊の隊長で、ディノークス商会の一人息子。

 思えば、物凄い人を好きになってしまったものである。


 レストランの中に入って適当に注文を済ませると、互いに向き合った。

 夢にまでみた展開だが、あまりの緊張で言葉が上手く出て来ない。

 そんな凝り固まっているファナミィを見てシェスカルは片眉を下げ、こちらに手を伸ばしてきた。

 何となく髪を差し出すように頭を下げると、彼はやはりファナミィの頭をグリグリと撫で回してくる。

 ファナミィの体から、緊張という名の煙が逃げて行く様だった。この温かい掌は、魔法の様に安心感を与えてくれる。


「落ち着いたか?」

「はい、大丈夫です」


 シェスカルはこちらを見て、ニカッと笑っている。

 そして心の底から再確認した。

 やっぱりこの人が好きなのだ、と。

 諦めるなんて、考えられない。


「あの、お食事付き合ってくださって、ありがとうございます」

「いや、ま、俺も誰かいねーか探してた所だったしな。それにしてもお前、目が悪かったのか?」

「いえ、これは……オシャレ眼鏡です……」

「そっか。似合ってるよ」


 嬉しいはずの言葉が、胸に刺さった。きっと細めている目に映っているものは、ファナミィではなく別の誰かだと感じ取ってしまって。


「プリシラさんって……誰ですか?」


 ファナミィは耐え切れずに聞いてしまった。シェスカルの口から出る返答を、ほぼ百パーセント予測していながら。


「ああ……俺の元嫁だ」


 思った通りの回答がなされて、ファナミィは更に沈む。眼鏡を掛けて気を引こうとしたのは自分だというのに、シェスカルに自分とは違う人物が重ねられているのかと思うと、胸が張り裂けそうな程苦しい。


「悪かった、な……あいつが帰って来たのかと、ビックリしちまって」

「失礼ですが、奥さんは……」

「元、な。離婚した時にこの街を出ちまったよ。それ以来会ってない」

「似てるんですか? 私と、元奥さん」

「んー、そうだな。髪の感じがちょっとだけな」


 ファナミィの髪はオレンジに近い茶色で、ショートカットだ。どの辺が似ていたのだろうか。


「その元奥さんが帰ってくるのを、隊長は待ってるんですか?」


 その問いには、しばらく間を置いてから返答が来た。「待ってねぇよ」、と一言だけ。

 その時ちょうど注文したものがテーブルに並べられ、一旦会話は中断された。そして今度は食事を取りながら会話を続ける。


「聞いても、良いですか?」

「ん? なんだ?」

「どうして奥さんと別れちゃったんですか?」

「ああ。浮気だ、俺の」


 噂で知識は得ていたので、大して驚きはしなかった。この人ならば、成る程納得できる話である。しかしファナミィが本当に聞きたいのは、ここからだ。


「後悔、してるんですか?」

「……そうだな。あいつを裏切った事、めちゃくちゃ後悔してる」


 そう言いながら、さして顔の表情は変わっていない。後悔し尽くして、よりを戻すのを諦めている顔付きに思えた。

 彼を見ていると、シェスカルがこちらに気付いて視線を寄越して来る。そしてファナミィの顔を見て、いつものように笑った。


「お前がそんな顔すんな。俺はもう立ち直ってっから」


 片眉を下げて笑う姿に、少しだけホッとする。シェスカルが落ち込む姿など、見たくはなかった。


「ま、離婚したおかげでこうして堂々、いろんな女の子と一緒に出掛けられるしな」

「でも、今まで私を誘ってくれた事はありませんよね」


 突如ファナミィは、今までシェスカルと一緒に食事を取ってきた女性たちに、嫉妬してしまった。今まで何故だと思い続けてきた疑問が、爆発するように口から飛び出したのだ。

 ファナミィのその問いに、答えにくそうにシェスカルは顎に手を当てる。


「あー……それはな……」

「何でですか? 気にせず仰って下さい」

「んじゃま、言うけどさ」


 シェスカルは手を戻し、少し身を乗り出すようにして言った。


「お前、俺のことマジだろ?」


 その一言にファナミィは、顔が沸騰する薬品を注入したかのように、ボンッと赤く染まった。

 ばれていたのだ。誰にも言わずに秘めていたこの想いが、あろう事か本人に。


「ど、ど、して、それを……」

「お前、俺のこと見過ぎ。視線ビシバシ感じるし」


 恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたい気分だ。しかし知られてしまっていたのなら、もう隠す必要もなくなる。


「……すみません。つい、目が追いかけてしまって……」


 ファナミィは今にも消え入りそうな声でそう言った。それを受けて、シェスカルは少し口の端を上げている。


「ま、恋をするとありがちだよな。別に、責めるつもりはねぇよ」

「じゃあ、どうして私を食事に連れて行ってくれなかったんですか? 私の気持ち、迷惑でしかないですか?」


 もうこうなったら、言うだけ言わなきゃ損だ。気持ちをちゃんと伝えなければ、絶対に後悔する。

 その問いには更に言いにくそうに、シェスカルは腕を組んだ。


「や、迷惑とかじゃねぇんだけどな」

「顔がジャガイモだからですか?」

「いや、違う違う。リックの言う事なんか気にすんよ。あいつ面食いだから、絶世の美女以外みんなジャガイモに見えんだよ。ファナミィは十分可愛いからな。自信持て」

「じゃあ隊長、私と付き合ってもらえますか?!」


 可愛いと言ってもらえて舞い上がってしまったせいなのか。ファナミィは自分で考えるよりも早く、口がそう叫んでいた。

 シェスカルの答えを聞くのが怖い。しかし彼が言葉を発する前に、ファナミィは察してしまった。シェスカルのその、悲しく下がったハの字の眉を見て。


「ごめんな、ファナミィ。お前と付き合うつもりはねぇんだ」


 実際に己の耳で確認すると、目の前が真っ暗闇に染められる。奈落というものに、思いっきり突き落とされる気分だ。

 泣いてはいけない。シェスカルを困らせるだけだというのに、勝手に涙が喉という堰を乗り越えて溢れてくる。


「う……ぐすっ。すみません……」

「いや……ごめんな」

「ど、どうして……ヒック……私じゃ、ダメ、なんです、か……」

「こういうのは、理屈じゃねぇんだよ。でもあえて理由を上げるなら、お前はこの国に……己の信念の為に、命を捧げる覚悟がない。騎士という職を選んでおきながら、覚悟を感じられねぇんだ。ま、騎士を志望した動機が不純なんだから、仕方ねぇんだろうけどな」


 正に志望動機を言い当てられて、ファナミィの体は真冬の猫の様に縮こまる。

 恥ずかしかった。真に国を考える人の前で、己の事しか考えられない自分が。


「俺の仕事は、お前らを立派な騎士に育て上げる事だ。別に恋をすんなとか言うつもりはないけどな。それでも俺は、騎士になったんなら騎士としての覚悟を持ってるやつじゃないと、魅力を感じねぇ」


 シェスカルの言い分に、ファナミィはコクリと頷く。ふわふわとしている自分は、好かれなくて当然だ。悲しくて胸が潰れそうだが、それが真実だ。


「理由を、教えて、下さって……あり、がとう、ございます……」

「厳しい事言って、ごめんな」


 シェスカルの優しい声に、ファナミィはブンブンと首を横に振る。

 思いっきり振られてしまった。

 そうなるだろうとは分かっていたのに、もしかしたらという淡い期待を寄せてしまっていた分、悲しみは深い井戸に嵌ってしまった様に抜け出せない。


 でも、これだけは伝えなければ。

 今まで秘めていた想いを、ちゃんと言葉に。


「隊長……」

「ん?」


 シェスカルは、先を促すかのように、優しく訪ねてくれる。

 だからファナミィは、己を隠す眼鏡を外し、安心して続きを伝える事が出来た。


「ずっとずっと、隊長の事が好きでした」

「ああ。……ありがとな」


 シェスカルが、申し訳なさそうに眉を下げて礼を言ってくれる。

 駄目だ。やはり、この気持ちをすぐに諦める事なんて、出来そうにない。


「隊長……私、頑張りますから……っ。騎士として自覚を持てる様に、精進しますから……っ」


 ファナミィはとめどなく溢れる涙を拭い。


「だから」


 そう言って、シェスカルを真っ直ぐ見つめた。


「隊長の事、もう少しだけ、好きでいてもいいですか……?」


 その問いに、隊長シェスカルは、優しい瞳でファナミィの頭を撫でてくれていた。

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