第115話 貸し出し


「よう、ナタリアじゃないか。今から食事か?」


「・・・」



・・・なぜこんな所に。



ナタリアは溜息を吐きそうになるのを辛うじて堪える。



週末、必要品と食事のために外出したナタリアの前に、まるで待ち構えていたかのように現れたのはジェイクだった。



見たところ、今日はジェイクひとり。腰巾着のトミーも、取り巻きの女子たちもいない。



だが、これはこれで面倒な予感がした。



寮を出て一ブロックも歩かないうちに声をかけられたのだ。



最近とみにしつこさを増したジェイクたちに用心して、週末の外出も必要最低限、それも近場で済ませるようにしていたナタリアだった。



先週は誰とも会わず、先々週は昼を抜き、夕方はギリギリの時間まで寮内で過ごし、わずか一ブロック先の食堂に飛び込んで済ませていた。そう、ちょうど今、行こうとしていた最も近場の食堂だ。



「俺も夕食はまだなんだ。一緒に食おうぜ」


「・・・いえ、周囲の誤解を招きたくないので、遠慮します」


「変な遠慮はするなよ。誤解されて困る仲でもないだろ」


「あの、私たちはただのクラスメイトですから。二人きりで食事は困ります」


「はは、ナタリアは控えめな女性だよな。本当に好ましい」


「・・・」



ああ、本当にこの人と話すと疲れる。


言葉は通じている筈なのに、まるで話が噛み合わない。


自分の伝え方が悪いのか。そんなに親しく話をした覚えもないのだが、いつの間にか妙な親しさを込めて話しかけられるようになった。



ナタリアは、さっき出て来たばかりの寮をちらりと振り返る。


さほど距離はない。なにしろ出て来てほぼ直ぐにジェイクに捕まったのだ。



口を開くよりも前に、後ろに足を踏み出したナタリアは、早足で歩き出すと同時にジェイクに再び断りを入れる。



「あの、忘れ物を思い出したので寮に戻ります」


「あ、おい待てよ。ナタリア」



追って来る気配。言葉が通じない相手に恐怖が増す。



「財布か? 財布を忘れたのか? それなら俺が奢るよ。なぁナタリア、待てって」



寮まであと少し。近づく声に、ナタリアは思わず走り出し ーーー




ぽふん、と何かに当たる。



勢いをつけたところでぶつかったため、ナタリアがよろける。そこを前方から優しく支えられて。



「大丈夫? ナタリアさん」


「・・・え?」



降って来たのは、ここにいる筈のない人の声。



優しくて、穏やかで、告白に応えなかったナタリアを咎めることもせず、友だちで居続けてくれた人。



「誰だ、お前っ。ナタリアに馴れ馴れしく触るな!」



追いついたジェイクの喚く声が、すぐ後ろで聞こえるけれど。


もう、そんなのは気にもならなかった。



「ニコラス・・・さん」


「やあ。こうやって会うのは久しぶりだね。元気だった?」



背後から聞こえてくる怒鳴り声をまるっと無視したニコラスは、ナタリアの肩を支えながら笑顔で話しかける。


現状を把握出来ないまま、けれどナタリアは思ったままの疑問を口にした。



「・・・あの、ニコラスさんはどうして」


「旦那さまたちから派遣されて来た。ちょっと仕事を頼まれてね」


「お仕事・・・ですか?」


「うん。君にも関係ある話だよ。長くなるから、落ち着いた場所で聞いてもらいたいんだけど」



ナタリアは不思議そうに首を傾げた。

仕事だとニコラスは言うが、それにしては騎士服ではなく私服を着ているのだ。



「さっきここに着いたばかりでさ、お腹が減ってるんだ。君は食事はまだ? もし良かったら一緒にどう?」


「・・・っ、はい、ぜひ」


「っ?! おい、ナタリアッ? 食事は俺と行くんだろ?」



二人の会話中もめげずに後ろで喚き続けていたジェイクが、話に割って入った。


ニコラスはすかさず背にナタリアを庇うように立つ。だが、ナタリアは手をニコラスの腕に置き、大丈夫だと頷いた。



「・・・あの、ジェイクさん。食事のことは私、先ほどお断りしましたよね」


「・・・っな? おい、ナタリア!」


「行きましょう、ニコラスさん」


「待てよ。お前、俺の誘いを断るなんて・・・っ」



未だ喚き続けるジェイクを後に残し、ナタリアはニコラスを引っ張って食堂へと向かう。



「・・・美人は大変だね」



人によっては嫌味になる台詞。だが、ニコラスのそれには純粋な気遣いが滲んでいた。



「・・・あの人は誰にでもああなんです」



特にここひと月ほどのジェイクの絡み方は面倒極まりなかった。周囲まで巻き込むから、いつも話が大きくなる。それを思い出したナタリアの口調に、ついつい棘が出た。



「・・・誰にでも、ね。そっちの方がまだマシだけど、う~ん、どうだろうな」


「え?」


「何でもない。ああ、ここかな。美味しそうな食堂だね。じゃあ、取り敢えず食事をしながら話そう」



ニコラスと二人、連れ立って入ったナタリアは、食堂を経営する気のいいご夫婦にさんざん揶揄われた後で注文を終える。




「まずは、どこから説明したらいいのかな。えっと、仕事で来たって話はしたよね」


「はい」


「実は、ノイスさまたちからの命を受けてるのは本当なんだけど、それとは別に、レオポルド・・・さまからも依頼を受けててさ」


「レオ、ポルド?」


「そう。ちょっと貸し出し?的な」


「・・・はあ」



よく分からないまでも相槌を打ったナタリアを前に、ニコラスはテーブルに出された水をぐっと飲み干す。


それから、少し言いづらそうにしつつも言葉を継いだ。



「ええと、確か、あと十日で夏休みに入るんだったよね」


「はい」


「それまで、俺はこの町に留まる予定。あ、これはレオポルドさまの方の依頼ね。で、その間、君のサポートをすることになってる」


「・・・えと、サポート、ですか?」



きょとんとした顔で聞き返された言葉に、ニコラスは、こほん、とひとつ咳払いをする。



「うん。君が良ければ何でもやるよ。護衛でも、使い走りでも、兄弟役でも・・・」



一瞬、妙な間が空いて。



「・・・ええと、しつこい男除けの恋人、役・・・でも」



そう続けたニコラスの顔は、真っ赤だった。



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