第107話 金貨の使い道ーーー後半部分、逆行前



「あと半年か一年待てば良いって・・・? あの男レンブラントがそう言ったのか?」


「左様でございます」


「・・・そうか」



車椅子で庭園を散歩中。


アレハンドロは、ザカライアスを通して、レンブラントからのメッセージを受け取っていた。



あいつマッケイの起こした騒ぎの後始末もあるんだろう。まあ少しは時間を置かないとあっちも困ると言いたいんだろうな」


「・・・そうかもしれませんね」



マッケイは、これ以上は醜聞の元という判断でどこぞに売り・・に出されることになったらしい。あくまでザカライアスを通しての噂でしかない情報だ。


大人しく従っていれば、名ばかりとはいえ会頭という名誉職と働きに見合った額の報酬、そして住居は約束されていたのだが。


息子アレハンドロを酷使しての荒稼ぎが忘れられなかったのだろう、それとも定時で働くシステムに自分が組み込まれるのが嫌だったのか、とにかくマッケイはストライダムに噛みついた。その結果、売られた。



「・・・けど、あいつら、俺には甘いんだよなぁ」


「・・・」



マッケイは、あの程度の反抗で制裁を下されたのに。


アレハンドロの命はわざわざ一緒に川に飛び込んでまで救って、看護して、挙句に大金まで寄越している。


全てを終わらせたかったアレハンドロとしては、そのまま見捨てられた方が親切だったというのは皮肉なことだが。



「・・・対応の違いには、何か理由があるのでしょうか。アレハンドロさまはご存知で・・・?」


「・・・さあ?」



窺うような視線を送るザカライアスに、アレハンドロは肩を竦めてみせた。


ずっと気にしていることは知っていた。だが話すことに意味はないし、そのつもりもない。



「あの男が何を考えてるかなんて、俺の知ったことじゃない。まあ、待てと言うなら待つよ。それしかないしな」


「・・・」


「けど、それまでヒマだな」



詮索はするな、という意味を込めて、アレハンドロは話題を変える。



「何か、なさりたい事でも?」


「う~ん。そうだな」



アレハンドロは振り返って、車椅子を押す部下の顔を見上げた。



「お前へのプレゼントでも用意しとこうかな」


「・・・は?」



ザカライアスが珍しくぽかんと口を開ける。


対してアレハンドロは良いことを思いついたと楽しげだ。



「あの男にスッキリされたままで終わるのも何か気に食わないし」


「・・・アレハンドロさま?」


「うん。それがいい。まあ半年から一年あれば十分だ。いい暇つぶしになる」



アレハンドロは、主人の意図が分からず戸惑っている男に、残金はあといくら残っているかと問いかける。



「・・・金貨五百四十枚ほどでございますが」


「ほう。家とかいろいろ買った割にけっこう残ってるな。よし、じゃあパッと使うぞ。ザカライアス、地図を持って来い。あと紙とペンもだ」


「・・・畏まりました。今すぐお持ちします」



ザカライアスは手を打ち鳴らし、使用人の一人を呼ぶと、アレハンドロの言いつけた物を持って来させる。



彼の心は微かに高揚していた。久しぶりにアレハンドロの目に光が宿った気がしたからだ。


出会った頃を思い出しながら、ザカライアスは四阿に用意したテーブルの上に地図を広げた。











「・・・あんたが、時間を巻き戻せるっていう魔術師?」



警戒の滲んだアレハンドロの声が、目の前に座る男へと投げかけられた。



王都から離れた寂れた町。


指定された居酒屋に入ると奥の個室に案内される。扉を開ければ、全身を灰色のローブで覆った人物が座っていた。



「・・・本当に出来るんだな?」


「それだけの金が払えるなら」


「もちろん用意してある。一年につき金貨百枚だろ? 確認してくれ、ここに七百枚入ってる」



ガシャンと金属特有の硬い音を響かせながら、アレハンドロはテーブルの上に金貨の入った袋を幾つか積み上げた。



「・・・つまり七年か」



風貌は一切窺えない。だが声質から判断するなら男だ。


男は袋の中身を確かめるでもなく、ただ右手を袋の山へと向ける。


そのまま動かない男に対し、アレハンドロは苛立ちを抑えきれずに声を上げた。



「おい、時間がないんだ。さっさと金を確認して仕事に入ってくれよ」



こうして男と顔を合わせるまでで既に六日。

ナタリアの処刑は明日に迫っている。



そして勿論、アレハンドロ自身も追手をかけられている。殺されるのは構わないが、それではナタリアまでもが死んでしまう。


それをなんとか躱しつつ、古い伝手を使ってここまでこぎつけたのだ。



「・・・全て本物だな。分かった。引き受けよう」


「・・・っ!」



男がそう言った途端、それまで翳していただけの右掌の中へ、金貨を入れた袋が次々と吸い込まれて消えていく。



アレハンドロが我に帰った頃には、テーブルの上は空になっていた。



「・・・何をした?」


「もう私の金だろう? だから収納させてもらっただけさ。このままにしておいたら、時間を巻き戻した時に対価の金まで無かったことになってしまう」


「はっ・・・ははっ」



アレハンドロは、思わずといった風に笑いを漏らした。



「本物かよ。半信半疑だったが・・・これなら」



ーーー ナタリアが救える。



そんな呟きに微塵の興味も示さないローブの男は、アレハンドロに向かってこう告げた。



「媒体となるものが必要だ。関係者の体の一部が欲しい」



媒体、関係者、体の一部 ーーー



「なら急いで王都に行くぞ。墓地にナタリアに殺された女の死体が埋められてる。処刑は明日の正午だ。それまでに何とかして・・・」


「王都の墓地? ああ、あそこなら知っている」


「・・・っ!?」



男が指をパチンと鳴らす。



瞬間、二人の身体は室内から消えた。



個室の前で待機していたザカライアスも、居酒屋の他の客たちも、誰も気づかないまま。




ーーー これが、時間の巻き戻りが起きる前、アレハンドロが何をしていたかの最後の情報だ






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