第91話 誰のため、あなたのため



「ナタリアなる人物の話を俺にされても困るんですけどねぇ、ベアトリーチェさま」


「・・・それは、分かってるけど」



学園から帰る馬車の中、ベアトリーチェと護衛のマルケスの会話である。



「だいたい、アレハンドロを確保した時点で俺の護衛は要らなくなった筈なのに、心配症なあなたの兄君のお陰で、まだこうして余分に仕事をやらされてるんです。

この上、面倒な話まで振らないで欲しいなぁ」



もともとベアトリーチェの通学時には所定の護衛が一人付いていた。それをアレハンドロを警戒したレンブラントがもう一人増やしたのだ。


影であるマルケスを、ただの護衛として。



影の無駄遣いと言われても仕方ない話だが、マルケスを護衛に付けたのはベアトリーチェではない。文句を言われても、ベアトリーチェには如何ともし難いのである。


たとえ藪をつついて蛇を出したのがベアトリーチェだとしても。



「・・・二度目の学園生活が楽しみだって言ってたじゃない」



仕方なく、そんな事を言ってみる。



「夏の終わりには生徒じゃなくなりましたけどね。なのに、今も制服着て行き帰りの警護だけさせられるとか、レンブラントさまも性格が悪い」


「でもそれ、自業自得じゃ・・・」



抵抗を試みるも、マルケスはキッパリと否定する。



「情報収集も影の仕事。そして情報を集めるのには女性に聞くのが一番手っ取り早いんです。俺は職務を全うしただけですよ」


「だけど、正式に家を通して婚約を申し込まれそうになってたじゃない」


「後で俺がちゃんと話つけて、円満に終わらせたじゃないですか。なのに学園を辞めさせるとか、しかも通学時の護衛はそのままでとか、鬼畜すぎ」


「・・・あの、なんかすみません」



ベアトリーチェは何もしていないが、結局は妹可愛さでレンブラントがマルケスに無茶を言っているのだ。



そう思ってしおらしく謝ると、マルケスも気が済んだのかそこで文句は止まった。



「まあ、話は逸れちゃいましたけど、バートランド令嬢がナタリアさんとやらに何を言おうと、ベアトリーチェさまが気を揉む事ではありません。口を挟めるような事でもありませんし」


「・・・そうよね。分かってるの。でも心配なのよ」



どうしてか、いつも、いつまでも幸せとは縁遠いところにいるナタリアが気になってしまうのだ。


今の関係では、下手に口を出しても却って萎縮させてしまうだけだと分かっていても。



「・・・話して気が済むと言うのなら、ニコラスにでも言ってみたらどうですか?」


「え? ニコラスって、うちの騎士の?」


「うちの騎士団にニコラスって名前の男はニ人いますから、ベアトリーチェさまがどっちのニコラスを指して言ってるのか分かりませんけど、まあ多分それで合ってるんじゃないかな」


「・・・本当かしら。でもどうして突然ニコラスの名前を?」


「さあ?」



半信半疑のベアトリーチェに、マルケスはわざとらしく首を傾げる。



「勘ってやつですかねぇ」



適当に返したマルケスの言葉を、ベアトリーチェは「ふうん」と素直に頷いた。









レオポルドの現婚約者であるメラニー・バートランドが婚約者の元恋人に会いたがっているーーーそう言われて、嫌な想像が微塵も浮かばなかったとしたら、その人は相当な能天気だろう。



ナタリアがサッと青ざめたのも当然だ。



「あ、の・・・ごめんなさい。私、何か妹さんの気に障るような・・・」


「それは違うわ」



目の前にいるメラニーの姉、ヴィヴィアンは、ナタリアの手をぎゅっと握ると、ナタリアの不安を否定する。



「私も詳しいことは聞いていないの。でも、メラニーはあなたを傷つけるような、そんな子ではありません。それだけは断言できます」


「あ・・・」


「・・・そう言われても、身内びいきとしか思えないわよね。でも本当よ。あの子は・・・メラニーは人と話すのがちょっと苦手で、人見知りで、花の世話と読書が好きな、大人しくて優しい子なの」



ヴィヴィアンは、ナタリアの手を握ったまま小さな声でそう言った。



「ライナルファ令息との婚約が決まった時も、あなたの噂についてわざわざあの子の耳に入れてきたお節介な人たちがいたわ。でも、あの子は怒ったりはしなかった・・・あの子はきっと・・・いえ、これは今言う事ではないわね」



ヴィヴィアンは、つい自分が熱く語りすぎていることに気づく。そして慌てて手を離した。



「ごめんなさい・・・私ったら」


「・・・いえ」



一瞬、気まずそうに視線を逸らしたが、すぐにまた顔を上げてナタリアを見つめた。



「メラニーからは、あなたにお願いして欲しいと頼まれたの。ナタリアさんがどうしても嫌だったら、断ることも出来ると思うわ。その時は、私からあの子にそう伝えるから」


「え?」


「・・・でも」



一旦、言葉が途切れる。



「あの子を信じてくれると嬉しい。あなたが不安なら、私もその場に同席してもいいわ」


「・・・」



関係者であるにもかかわらず、ナタリアの立場が悪くなるようなことは一切しなかったヴィヴィアン。


そんな女性の妹が、レオポルドの婚約者なのだ。



・・・きっと、ヴィヴィアンに負けないほどの素敵な人に違いない。



レオポルドは、自分と関わった事で面倒事に巻き込まれてしまった。その自覚はある。


だったら、せめて。


二人の結婚が憂いのないものとなるように。



何を思って自分と会いたがっているのか皆目検討もつかないけれど、自分に出来ることでレオポルドの幸せがより確実になるのなら。



「・・・分かりました。お会いします」



もう誰も自分のせいで不幸になって欲しくない。


あんな思いは二度としたくない。



知らなかった罪について聞かされた時、ナタリアはそう誓ったのだから。



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