第59話 蹲るよりもまず


ナタリアへの事情聴取は、レンブラントが行うことになった。


あの隠れ家でのアレハンドロとナタリアとの会話が、ギョームから報告された為だ。



ギョーム自身は戯言と判断したが、そこで交わされた二人の会話内容は全てレンブラントに報告した。


いわゆる『逆行』前にナタリアがベアトリーチェを殺害したことやその時の様子、そして巻き戻りに至った理由についても。



事情聴取で得た供述を記録する役目にギョーム、そしてレンブラントは、その場にレオポルドも同席させることにした。

と言っても、細工を施した特殊ガラス越しでの同席だ。ナタリアからレオポルドの姿は見えない。



これまで、巻き戻りについて、またその時のレオポルドが取った行動については彼に話さずにいた。


だが、今のレオポルドなら巻き戻りについて教えても大丈夫だろうとレンブラントは考えた。

それに、恐らく同じく巻き戻りについて知ったナタリアと今後話し合う上でも必要だと判断したから。




レジェス商会に関しては、全て父ノイスが引き継いだ。


アレハンドロから毎月かなりの金額を上納金として受け取っていたマッケイに課したレンブラントの処分は相当だとノイスは判断し、彼には名ばかりの会頭代理としての立場と一般職員と同額の給与、それに仕事量に応じて手当を上乗せすることが改めて通達された。


アレハンドロの所業について知らぬ存ぜぬを通そうとしても、マッケイは彼の儲けた金の半額を吸い上げていたのだ。無関係を通すには無理がありすぎた。


牢屋に入れるよりも手元に置いて働かせた方がよほど侯爵家の役に立つ、如何にもストライダム親子らしい考え方だった。



こうして多少の雑事から解放されたレンブラントは、王宮での仕事の傍ら、未だ意識を取り戻さないアレハンドロの監視とナタリアの事情聴取を行った。





「・・・アレハンドロが時を巻き戻させただと?」



レンブラントが、珍しく感情を隠すのも忘れ、驚愕も露わに声を発した。



続いた沈黙に、カリカリとペン先が紙をひっかく音だけが室内に微かに響く。



ギョームは与えられた職務に忠実であるべく筆記にのみ集中し、疑問や反論を口にすることはない。

そしてレオポルドは、と言えばここに来て初めて耳にした事柄に圧倒され、特殊ガラスの向こう側で無言で立ち尽くした。



暫しの沈黙の後、ようやくナタリアが口を開いた。



「・・・そうするための媒体が必要だからって、アレハンドロが。その魔術師は、ベアトリーチェさまの、お、お墓を掘り起こした、と・・・」



刹那、室内の空気は更に張り詰める。ナタリアは話途中で口を噤んだ。



「・・・」



ギョームの書く手が止まる。


レオポルドはまだ、頭の中が整理できておらず、ただガラス越しにそれらのやり取りを茫然と見つめていた。



レンブラントはこめかみを揉みながらゆっくりと息を吐き、平坦な声で「なるほどな」と呟いた。



「それが故の、巻き戻りか」










「・・・あれはどういうことだ、レンブラント」


「何がだ」


「さっきのあれだよ、ナタリアが言ってた、アレハンドロが時を巻き戻したとか何とかって話。どうしてあんな馬鹿らしい話を真面目に聞いてたんだ」


「馬鹿らしい話?」


「馬鹿らしいだろ。だって俺がベアトリーチェを妻に迎えただとか、死んだらナタリアを後妻にする約束だったとか、挙句ナタリアがベアトリーチェを刺し殺したとか。

あり得ないだろ、そんなの。しかも何だよ、時間を巻き戻すって。なんであんな話を真面目に最後まで聞いてたんだよ、頭の回るお前らしくもない」



一回目の聴取が終わり、馬車乗り場に向かう道すがら、レオポルドは理解できないとばかりにレンブラントに噛みついた。


今はこんなに勢いがいいが、レオポルドは聴取の間中ずっと、ぽかんと口を開けたまま、椅子に座ることも忘れ立ち尽くしていた。

それ程に動揺していたのだ。



レンブラントは素知らぬ顔で顎に手を当て、考え込む振りをする。



「まあ、お前が馬鹿らしいというのも頷ける。にわかには信じられない話だよな、普通ならば」


「だろう? それが分かっててどうして」


「だが、俺は既に、別の人物からその馬鹿らしい話について聞いて知っていた。まあ、巻き戻りが起こった理由だけは分からずにいたんだが、それ以外の部分は、俺にとっては今さらな話でな」


「え?」


レオポルドの足が止まる。同じく立ち止まったレンブラントが、少し後ろを歩いていたレオポルドの方に振り向いた。



「誰からだと思う?」


「だ、誰からって、何が」


「だから、その馬鹿らしい話のことさ。俺は、巻き戻りの話を誰から聞いて知っていたと思う?」



考えろとでも言いたげに首を傾げて答えを待つ。



「そんなの・・・分かる訳が」


「そうか? 俺がなんでお前に手を貸すことにしたのか、もう忘れたのか?」



レオポルドは戸惑いながらも暫し黙考し、やがてハッと顔を上げた。



「まさか・・・ベアトリーチェ?」



レンブラントが頷く。



「前に言っただろ。お前の家を潰そうと狙ってる奴がいる、それはアレハンドロという男だと。ストライダム侯爵家が全く関わりのない話であるにも関わらず、俺が手を貸す事にしたのはひとえに」



言葉を切り、レンブラントが肩を竦める。



「トリーチェに頼まれたからだ」


「・・・」



レオポルドの身体が、わなわなと震えた。


馬鹿馬鹿しい話、ただの戯言、妄想にも似た与太話、そうとしか思えなかったあの、あれらの言葉が。


自分の名誉を著しく傷つける中傷とも取れたあの話が。



「まさか、本当に・・・俺が白い結婚を、そんなことをベアトリーチェに・・・?」


「今のお前ではなく、あの時のままのお前だったなら・・・かけられる言葉も物事も全て額面通りに受け取っていたお前のままだったなら・・・」



初めてベアトリーチェから話を聞かされた時にはレオポルドの横っ面を張り倒してやりたいと思った。


だが、それはその時のお前にだ、今のお前ではない。そうレンブラントは心の中で呟く。


少しずつ変わることが出来ているお前なら、これもまた踏み台として上れるだろう。いや、上ってほしい。


蹲るよりも前に進め。



「・・・あの時・・・のお前はそうしたんだよ、レオポルド」



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