第51話 あり得ない


そうか。


ライナルファ侯爵家当主は、ナタリアを息子の未来の嫁として認めなかったのだ、レンブラントはそう結論づけた。



レオポルドは、レジェス商会に潜り込むと決めた時、許可と協力を求めて父トマスに話を持っていった。それにレンブラントも同行したのだ。

もちろん時間の巻き戻りについては知らせていない。それはレオポルドも知らないことだから。



当主の後継者が潜入調査に加わる事にトマスは難色を示したが、レオポルドは自分の恋路が招いた事だとして主張を曲げなかった。

そんな息子に、最後は当主の方が折れ、ライナルファ侯爵家の暗部の者を数名、彼に付けて送り出した。



ナタリアに警護を付ける、レオポルドにその発想はなかったらしい。

騎士訓練科に在籍していてそれかと言いたくなるが、そこはそれ、単純思考のレオポルドが状況を深読み出来なかっただけの話。

そもそもレオポルドは自分の弟でもなんでもない、そこまで躾けてやる義理も義務もなかった。


だがトマスはそうではなかっただろう。彼は絶対にその必要に気づいていた、にも関わらず意図的に付けなかった、それだけだ。



これら全てはそのナタリアに執着する男が引き起こした騒動が発端だ。彼からすれば、ナタリアそのものが元凶と映っても仕方ない。


爵位も低く、財産も影響力も名声もない貧乏子爵家の娘。

トマスにとっては、ただただ憎らしく邪魔なだけの存在だったのだろう。


正直なところ、ナタリアがどうなろうとレンブラントの知ったことではない。

けれど、今回のこれは悪手でしかないとレンブラントは思う。



ライナルファ侯爵家のお家事情に口を挟むつもりはないが、こんなやり方でレオポルドが考えを変える事はないだろう。

むしろ余計に意地になってナタリアを守ろうと動くだけだ。


無謀に、後先も考えず。


そう。たとえば今のように。



眼前で繰り広げられる光景。

止めようとするバルテたちを怒鳴りつけ、今にもどこかに飛び出して行きそうな勢いの幼馴染みを前にして、レンブラントはのんびりとそんな考察をしていた。



・・・あとは、マッケイ・レジェスに息子の犯罪の証拠を突きつけて、商会の権利を丸ごと貰い受ければ終わりの筈だったのだが。



協力条件として手に入れた偽造裏帳簿に目を落としながら、レンブラントはこめかみを指で揉んだ。



ライナルファ侯爵家の暗部であるバルテたちからすれば、当主の命令なしで動くことは許されない。しかも、ナタリアを守ることはトマスの意に反することだ。むしろ彼女には死んでほしいとすら思っている筈。


かと言って、主の息子であるレオポルドを放っておく訳にもいかない。


今ここでレオポルドが暴走したら、どう動くのがバルテたちには正解なのか。彼らは今、相当に苦悩していることだろう。



「・・・くだらない。実にくだらない」



ぽつりとレンブラントは呟いた。


小さな声だが、あちらで揉めている男たちに聞こえたかどうかは定かではない。聞こえても構わないし、むしろトマスには報告してもらいたいくらいだ。



トマスも大概レオポルドに甘い。扱いも詰めも見極めも、何もかもが甘すぎる。



「レジェス商会を丸々貰うくらいでは足りないな。交渉し直さないと割に合わない」



多少の怒気と呆れを滲ませながらそう自分に言い聞かせると、レンブラントは渋面を隠しもせず、一歩前に進み出た。









そのレンブラントがストライダム侯爵家に戻って来たのは、昼もだいぶ過ぎてからのこと。



慌ただしく父ノイスの執務室に入って行ったかと思えば、その後すぐに自室に向かい軽く身を清め、着替えをしてまたすぐに外に出て馬に跨った。



そうして再び出発しようとした時、彼の前に飛び出したのはベアトリーチェだ。



部屋の窓から兄の姿を認めたベアトリーチェが、兄と話すために慌てて階下に降りていたのだ。


その傍らには、彼女を止めようとして止めきれなかったエドガー、そして少し離れたところに、呆れ顔のマルケスが待機していた。



「お兄さま」


「屋敷で大人しく待っていろ、トリーチェ」



前に立ち塞がったベアトリーチェを、レンブラントは馬上から見下ろす。



「私だけ何も知らずにのんびり過ごせと、そう仰るの? 私が病持ちで役立たずだから?」


「・・・何を馬鹿な」


「アーティ、そんなことは」



問いかけを慌てて否定しようとする二人の言葉を、ベアトリーチェは勢いのままに遮り、言葉を続けた。



「いいえ、そういう事だわ。マルケスやお兄さまが動いているという事は、つまりアレハンドロが関わっているのでしょう? いえ、それともナタリアかしら。どちらにせよ、お兄さまが忙しくしてらっしゃるのは私のせいでもあるんです」


「トリーチェ」


「お願い、お兄さま。私のことを心配してくれるのは嬉しいの。また私に何かあったらって気を遣ってくれてるのでしょう?

でも、これは違うわ。何も知らせず、ただ待っていろなんて言わないで」


「・・・」


「連れて行ってとまでは言わないわ。でもせめて、何が起きているのかは教えてほしい。全て私がレオポルドさまを愛したせいだと後悔するのはもう嫌なの」


「・・・トリーチェ」


「だって私は、あの時のことを振り切ったわ。今の私は、レオポルドさまを愛していない」


「・・・っ」



僅かに目を瞠るレンブラントは、一瞬言葉に詰まる。



「そうか・・・そうだったな」



レンブラントは大きく息を吐くと、頭をがしがしと掻いた。



「悪かったな、トリーチェ。良くない知らせだったから、解決してから話そうと思っていた・・・だが、何も知らなければ却って不安が増すのは道理だ」



そう言うと、馬上から真っ直ぐに妹の眼を見つめた。



「アレハンドロの犯罪の証拠を押さえた。だが、肝心のあいつが見つからない。行方をくらませた様だが、その時にあの令嬢・・・ナタリア・オルセンを連れ去っている」


「・・・え」


「今、情報を集めている最中だ。俺は、その間に父上に報告と着替えをしに来た。そろそろ結果が出る頃だと思う。分かり次第、そちらに向かう予定だ」


「アレハンドロと・・・ナタリアが」


「レオポルドの要望で、警察には知らせていない。ライナルファ侯爵家も非協力的でな。レオポルドと俺、そして我が家の影と兵たちで動くことになった」


「それは・・・」



『非協力的』という言葉に、ベアトリーチェは巻き戻り前のことを思い出す。


そう言えばあの時も、ライナルファ侯爵はナタリアとレオポルドとの結婚に反対していたのだ。



だが、そんな回想も、レオポルドの続く発言で雲散する。



「助け出すつもりではいるが、保証は出来ない。アレハンドロは・・・ナタリア嬢を殺す可能性もあると俺は思っているから」


「え?」



ベアトリーチェは、目を瞬かせた。


意味が分からなかった。


アレハンドロがナタリアを?


ナタリアに近づく男性を攻撃する程に執着してるとして、でもだからと言ってナタリアを殺すなんて。



「あり得ないわ。アレハンドロはナタリアが大事なの。

ナタリアを笑わせたり、困らせたりするのが大好きなの。

アレハンドロは、ナタリアだけは守ると思う。他の全てを攻撃したとしても、ナタリアのことだけは・・・」



殺さない、そう言おうとした。



だが、それよりも早くレンブラントが口を開く。



その事件に関して、アレハンドロ以外の関係者全てが事実と信じて疑わない、彼の妹ミルッヒの死に関する情報を。



「あり得ない話ではない。事故として処理されてはいるが、過去にあいつは自分の妹すら殺しているのだから」


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