第35話 立ち回り



「本当によろしいのですか? 儲けからこちらの取り分を得なくても」


「ああ」



アレハンドロは頬杖をついたまま、ザカライアスに頷きを返した。



「横流しが発覚した時、うちが関わってることがバレても困るからな。換金した金が全部あいつらの懐に入ってれば、調査もそこで終わるだろ」


「承知しました。では換金した金は全て好きに使って良いと伝えておきます」



ザカライアスが差し出した報告書を一瞥したアレハンドロは、そのままその紙を暖炉に投げ入れ、火をつけた。


夏でも冬でも、気候気温に関わらず、アレハンドロは裏の仕事に関する書類は、必ず確認したその場で燃やす事にしている。


そして今回も、きれいに灰になった事を確認してから、再び口を開いた。



「やっぱり盗る数がそれなりでないと額も大したものにはならないな。まあ、嫌がらせが目的だから仕方ないか。ああ、そうだ。ライナルファ家の裏帳簿を作っておいてくれないか」


「裏帳簿、ですか」


「そう。経理担当の机の引き出しの底に忍ばせておくんだ。調査が入って発覚しても、経理担当者も管理責任者も、もちろん侯爵家当主もその帳簿の説明ができない。そんな事態になったら、王家の税収担当部はどんな判断を下すかね。面白いと思わないか?」



ザカライアスは顎に手を当て、少しの間思案してから口を開いた。



「・・・畏まりました。直ぐに作成いたします」


「ああそれと、その帳簿には、例の沈没した商船や強盗に襲われた荷馬車に積んでいた商品の名前を書いておくといい。ライナルファ家は、被害に遭ったと主張しておきながら、陰でこっそり売り捌いていたんだ。ふふ、悪質だよな?」



ザカライアスはそれに答えようと口を開きかけたところで、外が騒がしいことに気づき背後を振り返る。

アレハンドロも気がついたようだ。怪訝な表情を浮かべた。



急ぎ扉の向こうを覗いて戻ってきたザカライアスは、「すみません。奴隷の一人が粗相したらしく、躾をしているようです」とアレハンドロに報告する。



「ああ、奴隷か。そう言えば最近、新しく何人か入れたな。お前のところにも一人、使ってたんだっけ」


「ああ、レオンですね。なかなか使い勝手のいい奴ですよ。口がきけないから余計な情報を漏らす心配もありませんし」


「ちゃんと管理しておけよ。出入り時の身体チェックもな」


「勿論です・・・あの、アレハンドロさまは、今日もナタリアさまのところには行かれないので?」



退室間際、ドアノブに手をかけ、ザカライアスは振り返ってそう尋ねた。



「・・・今日は止めとく。明日か明後日にでも顔を出そうかな」


「それがよろしゅうございます。きっと寂しがっておられますよ」


「・・・だといいけど」



扉が閉まる音。

ひとり部屋に残ったアレハンドロはぽつりと呟く。



「ナタリアは、俺じゃなくてもいいんだよ」



暖炉の中、燃え尽きて真っ白な灰になった報告書の束を見つめながら。



「俺は、ナタリアじゃなきゃ駄目なのに」








「何の騒ぎだ。まだ躾をしてるのか」


「あ、ザカライアスさま。いえ、そちらはもう終わったんですが、今度はこいつが」



ザカライアスに見咎められた使用人の一人が、慌てて床に転がる男を指さす。


近くには空のバケツと雑巾、そして濡れた床の一面に紙片が散らばっていた。



「ザカライアスさまの仕事部屋に届ける書類を運んでいたところにぶつかってきやがって、お陰でほら、みんな水浸しになっちまいました」


「これは酷いな・・・しかも処理前の書類か」



見たところ、掃除前か後、用具を手に歩いていてぶつかった様だ。



「アレハンドロさまに報告を上げる前となると勝手に破棄する訳にもいくまい。一枚一枚丁寧に拾い上げて乾かせ」



口早に使用人に言いつけた後、次にザカライアスの視線は床に蹲る奴隷へと向けられる。



「お前には、こんな面倒を起こした罰を与えねばならんな」



ぎろりと冷たく見下ろしながらそう言った時、背後から見知った声がした。



「ザカライアスさま、何事ですか? そちらの奴隷が何か粗相でも?」


「・・・テセオスか。いや、こいつがな」



目線で床の上に広がる惨状を知らせる。


水浸しの床に転がるバケツ、蹲る奴隷。


使用人は、床に張り付いた紙を一枚一枚丁寧に剥がしている。


テセオスは察した様にああ、と頷いた。



「なるほど、これはいけません。きちんとした罰を与えなければ。二度とこの様な粗相があってはなりませんからね」


「・・・お前に頼めるか? 私は今から急ぎやらねばならない仕事がある」


「勿論ですとも。私からきっちりと教えておきます」



ザカライアスには先ほど任された裏帳簿偽造の仕事がある。



濡れた書類の保全は使用人に任せ、テセオスには奴隷の処罰を任せ、ザカライアスは仕事部屋へと戻って行った。



「ほら立て、こっちに来い」



テセオスは、自らもびしょ濡れになった奴隷の手を掴み、乱暴に立たせると、自分の部屋へと連れて行った。



部屋に入ると後手に鍵を閉め、鞭を手に奴隷に近寄った。



そして、奴隷の目前で鞭を振り下ろして音を派手に響かせた。更に二度、三度と振り下ろす。その音はひどく大きく、部屋の外、あるいは廊下の先にいる者にまで聞こえたことだろう。


だが、その鞭が奴隷に当たることはなかった。



「外の奴らに聞かせる分は、このくらいで良いだろう」



それからテセオスが鞭を床へと放り投げると、奴隷は深々と頭を下げた。



「間に入って頂いたことに感謝する。ウヌカン殿」


「ここではテセオスと呼んでくれ・・・やはり、ライナルファ家より送られた影だったか」



誰に問うでもなく溢れたテセオスの言葉に、全身びしょ濡れの奴隷は頷いた。



「バルテと申します。少々時間稼ぎが必要となりあの様な事態となりました」


「分かってる。あの方なら、バルテ殿が足止めしている間に部屋を出て行きましたよ」


「そうですか。良かった。予定外の男が部屋に向かっていると連絡が来たから、私もレオポルドさまも慌ててしまいまして」



またストライダム家に借りを作ってしまいましたね、とバルテは苦笑した。





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