第26話 その時は



「ザカライアス、奪った積荷は全て捌き終わったか?」



自室で茶を飲んでいたアレハンドロは、自分の付き人が部屋に入ってくるなり、そう問いかけた。



「はい。押さえた品は全て買取先に引き渡し済みです。売却額はこちらに」



手に持っていた報告書を差し出しながら、ザカライアスは答える。



「ふうん」



品物名一覧とその隣に書かれた数字とを確認すると、アレハンドロは頷いた。



「商船から奪った荷ほど高くは売れなかった様だが、まあ仕方ないか。外国の品物の方が珍しい分、高く売れて当たり前だからな。うん、いいだろう。悪くない」



確認したばかりのその書類を、アレハンドロはそのまま暖炉へと放り込み、火をつけた。


書類はあっという間に燃え上がり、灰になっていく。


全てが灰と化した事を確認してから、アレハンドロはザカライアスの方に向き直った。



「金はいつもの通りに分配しておけよ。儲けから必要経費をさっ引いた金額の五割を俺、三割をお前、残りを今回働いた奴らで等分だ」


「畏まりました」


「さて、と。次は何をして遊ぼうかな」



頭の後ろで腕を組み、アレハンドロは楽しそうに呟く。



「あまり立て続けに似たような事故が起きると用心されちゃうもんな。次は違う手で行こうか」


「それが良いかもしれませんね。下手に対策を取られても厄介ですから」



背もたれにより掛かり、ギシギシと音を立てながらアレハンドロは思いついた事を口にする。



「今度は内部からこっそりと貰おうか。横領とか商品の横流しとかなら地味で気付くのにも時間がかかりそうだ。何名か潜り込ませた奴らがいたよな、使えそうか?」


「勿論です。アレハンドロさまのご指示があればいつでも動かせます。多少なりとも被害を与えるには十分かと」


「そこら辺の人選はお前に任せる。俺の玩具ナタリアに手を出した不届き者はしっかり懲らしめてやらないとな」


「承知しました、お任せを」


「卒業前には、あれとの結婚なんか無理だってなる程度には追い込んでおかないとな・・・まあ今回・・は、横から助けの手を差し伸べる奴も現れないだろうけど」



付き人が一礼して部屋を出て行った後、アレハンドロはぼんやりと天井を見上げ、暫し思案に耽る。



「・・・ナタリアもいつまで経っても学習しないよなぁ。今さらあいつの手元に何か残る訳もないのに、まだ夢を見てるなんてさ。まあ、そんな馬鹿なところがまたイイんだけどさ」



猫、小鳥、プレゼントで貰った髪留め、母親の形見のブローチ、数少ない親子の写真、大好きな花の鉢植え、そして友達。それは男も女も。



きっと自分がナタリアから奪ったものは他にもあったろう、けどアレハンドロは、それらをいちいち覚えていない。


だって覚える意味なんてなかった。


あれナタリアに必要なのは自分アレハンドロだけ、それでいいのだ。


それでも、時間潰しにもう少し思い出してみようと、戯れに記憶を掘り起こしてみる。



「あとは・・・なんだっけ。押し花にレースのリボン、人形・・・う~ん、駄目だ。沢山ありすぎてキリがない・・・あ、そうだ。最初はアレだ、絵本だ」



そう、あれはナタリアのお気に入りの絵本だった。


アレハンドロが最初にナタリアから奪ったものだ。真正面から取り上げてみせた。あの時はまだ子爵の娘と知らなかったから。


目の前でビリビリに破いたら、大泣きされて。

信じられないと目を大きく瞠り、それからポロポロと涙を流していた。その姿はまるで妹が生き返ったみたいで、見ていてゾクゾクした、とても嬉しかった。そこまでは良かったのだ。



でも、その後が面倒だった。


それから少しの間、近寄ろうとすると逃げられてしまう。しかも、その玩具ナタリアが、下級ながらも貴族である事を知った。

まあその父親は、ナタリアが泣いても別に気にも留めない様な人だったが。


そこが妹の時と違っていた。ナタリアは逃げようと思えば簡単に自分から逃げられるのだ。本人なり周囲なりに気がつかれて仕舞えば。


そこに気づいたアレハンドロは、それからやり方を変えた。


当人の目の前で直接手を下さない。


誰も見ていないところで実行するか、もしくは周囲を動かすようにした。



ちょっと手間がかかって、正直言うと最初は面倒くさく思えた。だけど人を操るのは面白く、そして意外と効果的だった。



手にするもの全てを、手にするたびに失っていくナタリアは、やがてそれを自分の非だと考えるようになっていく。


家庭でも十分な愛情を受けたとは言えなかったナタリアは、だんだんとそれに慣れていき、愛に憧れつつもどこかで諦めの念をちらつかせて。


そして、ひとり変わらず傍に居続けるアレハンドロを心の拠り所にする様になった。



アレハンドロ自身は、ナタリアの前では思い切り彼女を甘やかす。


求めていた温もりを得て、安堵して笑うナタリアは可愛かった。


だがその眼差しは親兄弟に向けるそれと同一で。


そんな顔も見ていて悪くないとは思った。けど。


信頼に満ちる頼りきったその視線が、アレハンドロには嬉しくもあり、物足りなくもあり。



もっと確実に自分の手に絡め取りたい、絶望と諦めとで全身を染めたいと、そう願うようになっていく。



「あの女・・・ベアトリーチェ・ストライダム。あれは意外と使い勝手が良かったから、ナタリアの側に置いといたんだが」



なにせ前の時・・・はすぐに体調を崩しては学園に来れなくなっていた。


寂しがるナタリアを慰めれば、やがてまたベアトリーチェが学園に通い出す。だがまた直ぐに倒れて、ナタリアを不安がらせた。



アレハンドロが何もしなくても、ベアトリーチェが勝手にナタリアの側に現れたり消えたりして、面白い様にナタリアの感情を上げ下げしてくれたのだ。

そしてあれは必ず最後には死ぬ女。あの女がかかっている病に当時は特効薬がなかった。


アレハンドロはただ面白がるだけでよかったのだ。一緒にいて、心配するフリをするだけで。



それが狂い始めたのは、あの時から。

そう、あの男レオポルドが俺の玩具に手を出した時から。



アレハンドロに依存し、ベアトリーチェの存在にもまた依存していたナタリアが、少しずつ二人を必要としなくなっていく。


高位貴族で、手を回すにも時間がかかった。



だがそれでも、あの時だってしっかりと手は打ったのだ。なのに。



よりによって都合のいい駒だった筈のあの女ベアトリーチェが邪魔をした。いや、結婚したのは別に良かったんだ。だが、その後の援助がいただけない。


しかもあの家ストライダム侯爵家がなかなかに厄介で。間抜けなベアトリーチェと血が繋がっているとは思えないほど、父親と兄貴は強かだった。


かなり手こずって、逆に追い詰められそうになって、結局はナタリアを動かすことにしたんだっけ。


だが、ナタリアが予想外の行動に出た。ちょっと量を間違えたかもしれないが、あの時は本当に驚いた。


危うく俺の大切な玩具が永遠に奪われるところだったのだ。今思い出しても腑が煮えくり返りそうになる。



「・・・ベアトリーチェ・ストライダム。今回は大人しくしてるみたいだから見逃してやるけど」



アレハンドロ一人しかいない部屋でこぼれ落ちた呟き。それは誰に聞かせるものでもなく。



「もし、もう一度俺の邪魔をするようなことがあれば」



微かな、だが確かに紡がれたのはこんな言葉。



「その時は」



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