第21話 知らない再従姉弟
「おはよう、トリーチェ。今朝は素敵な方とご一緒なのね」
「おはよう、ヴィヴィアン。あの、こちらは、ええと・・・わた、私の」
もたもたと口籠るベアトリーチェに続き、その『素敵な方』が後を引き受け、口を開く。
「おはようございます。トリーチェの
「まあ、それで馬車もご一緒でしたのね」
「はい。トリーチェが卒業するまでの一年間、ずっと同じ馬車で通わせてもらうんです」
「そうだったの。あ、わたくしったら、まだ名前も言ってなかったわ。ヴィヴィアン・バートランドと申します。どうぞよろしくね、マルケスさま」
「こちらこそよろしくお願いします、バートランド令嬢。トリーチェにこんな素敵なお友だちがいると分かって安心しました。体が弱いせいか、人付き合いに臆病なところがあるから心配してたんです」
「・・・」
すごいわね、この人。こんなにそれっぽく喋れるなんて。
ベアトリーチェは、昨夜初めて顔を会わせたばかりの自称ベアトリーチェの再従姉弟がペラペラと語る様を、半ば感心しながら見守っていた。
「護衛・・・私にですか、お兄さま?」
「ああ。名をマルケスと言う。お前の再従姉弟という触れ込みで側におく事にした」
「マルケスです。よろしくお願いします!」
「はと、こ・・・」
明日から学園での第三学年が始まるという日の夜。
レンブラントに呼ばれ彼の私室を訪れたベアトリーチェは、そこで可愛らしい顔立ちの茶髪の少年と引き合わされた --- 再従姉弟として。
当然ながら、ベアトリーチェにそんな再従姉弟は存在しない。
だが、レンブラントはそんな初対面の自称(他称?)再従姉弟と、明日から同じ馬車で通学しろと言う。
「こいつには新入生として学園に潜入してもらう」
「新入生・・・」
「はい。明日からベアトリーチェさまと同じ学園の一年生として一緒に通わせてもらいます。よろしくね!」
「え、ええ。よろしく・・・」
キラキラした邪気のない笑みを浮かべて明るく挨拶するマルケスに、ベアトリーチェは口籠もりながらコクコクと頷いた。
「マルケスの役目はお前の通学時および学園内での護衛だ」
「あの、でもお兄さま。確か馬車には、御者とは別に護衛が一名乗りますよね?」
「一名で足りない場合もあるかもしれないだろ。それにその護衛は学園内には入れない」
「学園内・・・確かにそうですね」
ベアトリーチェが巻き戻り前の人生を打ち明けてから数週間後、進級と同時に兄が彼女に付けたのがマルケスだった。
ふわふわ巻毛の美少年であるマルケスは、とてもそうは見えないが、兄によれば剣の達人なのだとか。
「今回の新入生の中にはレジェス商会の縁者もいる。マルケスにはお前の通学時の護衛の他に、そっちの調査も頼んだ」
「まあ」
どうやら彼には色々と役目がある様だが、こんな年若い少年に無茶を言い過ぎではないだろうか。
「人使いが荒いなぁ、レンブラントさまは。せっかく二度目の学園生活を送れる事になったのに、そんなに色々と仕事を詰められたら楽しめないじゃないですか」
「・・・二度目?」
思わぬ言葉に、ベアトリーチェが問い返した。
それも仕方がないだろう、目の前の男はどこをどう見ても、十四か十五の少年にしか見えないのだ。
それをレンブラントはふん、と鼻で笑う。
「とっくの昔に卒業した奴が、もう一度学園生活を謳歌する必要がどこにあるんだ?」
「でも、九年ぶりですよ? ものすごく楽しみにしてたのになぁ。ああ残念」
「お前に学園生活をもう一度送らせるためにここに呼んだ訳じゃない。トリーチェの護衛に適任だからだ。分かったら直ぐにその煩い口を閉じろ」
「はぁい、分かりました。レンブラントさまって本当にケチですよね。楽しい仕事かと思って引き受けたのに」
「侯爵家の影のくせに仕事の選り好みをするな、馬鹿者」
「おお、怖っ」
目の前でぽんぽんと進んでいく会話の内容に、ベアトリーチェはひとり唖然としていた。
頭が情報に追いつかないのだ。
目の前の、どう見ても幼なげな印象を与える中性的な美少年が、実は九年前に学園を卒業していると言う。
え? ちょっと待って。
そしたらマルケスって本当は何歳なの?
学園の卒業が十七歳だから・・・
などと全く違う事を、あれこれと考えていたものだから。
それからの兄とマルケスの話など、ベアトリーチェの耳には何も入っていなかった。
そうして今朝、気がつけば制服姿のマルケスが立っていて。
実は護衛だが再従姉弟という仮の姿で紹介した彼は、ベアトリーチェのすぐ横でにこにことヴィヴィアンとお喋りをしている。
・・・護衛、なのよね。
学生だから当たり前なのだが、帯剣はしておらず。
筋肉隆々という訳でもない。むしろほっそり痩せ型だ。身長は平均の一年生より高いけれどそれは当然なのだろう。なにせ彼は九年前に卒業した身、もう立派な大人なのだ。
というか、その歳で学生たちに混じっていても違和感がないとはどういう事なのだろう、ベアトリーチェは不思議で堪らない。
自分の身に何かあるなどと決して考えたくはないが、もし何かあった時に、本当にこの見た目年齢十五歳が自分を守ってくれるのだろうか。
・・・でも、どうして今さら私に護衛なんて。
ベアトリーチェは、まず何よりもそこが気になって仕方ない。
兄は無駄なことは一切しない。なんといっても究極の現実主義者なのだ。
「影」とか言う物騒な言葉が兄との会話で聞こえた様な気がしないでもないベアトリーチェは、どうやらレンブラントが行動を開始したのだろうと思い至る。
そう、きっとアレハンドロ関連で。
「じゃあトリーチェ。僕は入学式だからあっちに行くね」
昨夜は確かに茶髪だった彼は、今朝は鮮やかな赤紫の髪になっていた。
遠縁という設定に信憑性を持たせるために近い色に染めたのだろうか、用意周到な事だとベアトリーチェは思った。
手を振るマルケスにベアトリーチェもまた手を振り返す。そして、今朝の見送り時、ベアトリーチェたちを見送った兄を思い出す。
口をパクパクさせて『頑張れよ』と密やかなメッセージをベアトリーチェに送っていた。
ああそうだ。そうなのだ。兄が動いたという事は。
アレハンドロは本当に何かをやっていた、つまりそういう事だ。
今もまだ、未練がましく心のどこかで願っていた。あのアレハンドロのぶっきらぼうな優しさが本当であればいいと。自分の推測が間違っていればいいと。でもやはり、そうはならなかったのだ。
今の人生では、アレハンドロとはさしたる関わりも持たずに過ごしてきた。けれど前の人生では、ナタリアほどではなくてもかなり仲良くしていたつもりだ。
そのアレハンドロが想定通りに敵だとするならば。
本当に・・・本当に、あの未来を回避するための闘いが始まってしまったのだ、とベアトリーチェは思い知る。
きっと、もう甘いことなど言ってはいられない。
アレハンドロ。
あなたと、そしてナタリアと三人で過ごしたあの時間は、あの時の自分の人生においてかけがえのないものだったなんて。
そんな事は、もう。
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