第8話 平穏はいつまで続くものなのか

初日、アレハンドロと少しの関わりはあったものの、その後は特に二人と言葉を交わす事もなく、平穏無事に学園での生活を送っていた。



もちろんベアトリーチェの体調は相変わらずだ。



何日か調子が良いと喜べば、その体はすぐに悲鳴を上げる。


そして数日学園を休み、体調が戻ればまた通い始める。



来たり来なかったりのベアトリーチェに、ヴィヴィアンがいなければ友人など一人も出来なかっただろう。


それはきっと、巻き戻り前のベアトリーチェが、ナタリアとそしてアレハンドロしか友人と呼べる存在がいなかった様に。



ヴィヴィアンや、ヴィヴィアン繋がりで出来た友人たちに囲まれ、ベアトリーチェはそっとナタリアに視線を送る。



人懐こく、明るいナタリアは、クラス内の誰とも友好な関係を築いている。

でも、やはり特に仲が良いのはアレハンドロだ。


こうして遠くから見ていると、たいてい二人で一緒にいる。


アレハンドロはアレハンドロで、大商会の息子らしく会話にソツがない。口調は多少乱暴ではあるものの、印象は決して悪くないからだ。



・・・前は、あの中に私もいたのね。



椅子に座ったままのナタリアと机にもたれかかる様にして立っているアレハンドロが笑いながらお喋りをしている、そんな風景はこの教室内ではよく目にするものだ。


非常に仲睦まじい。前は何とも思わなかったけれど、よく自分はあそこに平気な顔で混ざっていられたものだと今は感心しきりだ。



現に、今のクラスでは、あの二人はカップルとして認識されている。これは前にはなかった事だ。


巻き戻り前はベアトリーチェも加わって、いつも三人で行動していたからだろうか。二人は噂にもならなかった。



でも実際はどうなんだろう。ナタリアはアレハンドロに特別な感情は持っていない筈だけれど。



それとも、レオポルドと出会っていないせいで、今回はナタリアとアレハンドロが恋人になるのだろうか。



本当ならナタリアとレオポルドは、そろそろ出会う頃だ。

実のところ、二人が出会うきっかけになった例の模擬戦は、来週に迫っていた。



どう、なるのかしら。



ベアトリーチェはぎゅっと手を握りしめる。



レオポルドへの恋心を捨てたベアトリーチェは、来週の模擬戦も無論、見に行くつもりはない。


ただ、今回の自分の行動の変化のせいで、二人の出会いがなくなってしまう事には、やはり少しばかり良心が痛むのだ。


それでも、自分が関わった事で、以前の様に二人の人生を台無しにはしたくない。助けたつもりが恨まれていたなんて、ベアトリーチェにはトラウマでしかないのだから。



・・・そもそも、自分がなんとかしてあげる、そんな考えが傲慢だったのよ。



あたかも最高の案を思いついたとばかりに、意気揚々と二人に契約結婚を提案したあの日の自分を思い出せば胸が苦しくなった。



「トリーチェ? どうかなさって?」



ずっと静かだったベアトリーチェを気遣うヴィヴィアンの声がして、ハッと我に帰る。



「ううん、なんでもないわ。ありがとう」



不安と迷いを押し隠し、ベアトリーチェは微笑んだ。









色々と考え込んだせいだろうか。

屋敷に戻って来たベアトリーチェは、軽い倦怠感を覚えていた。



夕食の時間まで少し横になっていた方がいいかもしれない、そう思いながら、ベアトリーチェはエントランスで彼女を出迎えた侍女に鞄を預ける。


すると、侍女の隣に立っていた執事が、すっと封筒を差し出した。



「エドガーさまからお手紙が届いております」


「・・・エドガーさまから?」



その名前を聞いただけで、少し気分が明るくなる。



隣国ドリエステに留学したエドガーは、約束通りかなり頻繁に手紙を書いてくれていた。


しかも、留学してからまだ半年程度しか経っていないのに、既に一度ベアトリーチェに会いに帰って来てくれている。



部屋に戻ったベアトリーチェは、急いで手紙の封を切り、便箋を取り出した。



すると、便箋と共に、中から一枚の押し花がひらりと落ちて来る。



「まあ、可愛い花・・・」



この国では見たことのない、エバーグリーンの小さな花。



ベアトリーチェは、押し花をそっと机の上に置いてから手紙に目を通した。



読みながら、時折り笑みが溢れる。



「・・・ふふっ、エドガーさまったら・・・」



怠さはそのまま変わらずあるが、目眩はいつの間にか治っていた。



手紙の頻度は勿論だけれど、その内容もまた巻き戻り前とは全く違う。



研究レポートの様な難しい文章の羅列だった前の手紙は、ベアトリーチェが読んでもあまり意味が分からず、どう返事を書いたらいいものかいつも悩んでいた。


それが今回は、いかにも普通の手紙なのだ。



時節の挨拶から始まり、ドナステラでの生活について、例えば街並みや流行りの食べ物や菓子、ファッションなど、ベアトリーチェにも理解できる事が書かれている。


もちろんエドガーの研究内容についても書かれているにはいるのだが、それもほんの少し、そう「参考文献が少なくて困る」とか「実験で失敗した」とかその程度だ。


そして最後にはいつも「身体に気をつけて。無理はしないで。じゃないと心配で研究に差し障りが出るから」という何ともユーモアと優しさに溢れた言葉で締め括られているのだ。



そして、今回の手紙にはもう一つ、嬉しい知らせが書いてあった。



「来月にまた帰って来て下さるの・・・?」



行ったきり会えなかった前回とは全く違うエドガーの行動は、ベアトリーチェにとって不思議でしかない。だけど。



エドガーから手紙が来るたび、そしてまだ一度だけだけれど帰国して会いに来てくれた時に感じた深い安堵は、ベアトリーチェをこの上なく落ち着かせてくれる。



もう八か月近くレオポルドの顔を見ていない。



そんな事実を、あたかも当たり前の様に、そして心が波立つこともなく受け入れられるくらいには、ベアトリーチェは二度目のこの時に満足していた。

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