第6話 入学前日


ナタリアとは、どう接したらいいだろうか。



明日の入学式を控え、ベアトリーチェはその事を考えた。


巻き戻り前と同じならばクラスは一緒になる。


必然的に、毎日顔を合わせる事になる筈だ。



前の時は、式の途中で具合が悪くなったベアトリーチェを保健室に連れて行ってくれたのがナタリアだった。

それがきっかけで、二人は直ぐに仲良くなった。



「・・・狭い教室でまったく関わらないというのも難しいわよね。アレハンドロもきっと同じクラスだろうし。当たり障りのない関係でいられるかしら」



欠席しがちな私には、ナタリアとアレハンドロ以外に友人と呼べる人はいなかった。



可愛らしいナタリア。

天真爛漫で、明るくて、ちょっと涙もろくて。


意地っ張りで皮肉屋のアレハンドロといいコンビだった。



ナタリアがレオポルドと恋に落ちてからは、アレハンドロとあまり一緒にいる事はなくなったけれど、アレハンドロは別に気にした風もなく、飄々としていた。



そしてナタリアは、蕾が花へと咲き誇る様に、日に日に綺麗になっていく。


レオポルドの隣で、ナタリアはいつも幸せそうに笑い、そんなナタリアを、レオポルドはまるでお姫さまのように守り、大事にしていた。



ずっと続くと思えたその幸せそうな光景は、第三学年の終わり近くになって陰りが見えてきたのだけれど。




--- アンタが何をしようとしまいと、アイツらが結ばれることはないだろうがな ---




そう言ったアレハンドロはきっと、あの二人の結婚について単純に予想していただけだった。



でも、小賢しい私が、レオポルドに契約結婚を提案した。


自分の恋心を満たしつつ、友人のために動く優しい自分に酔いしれて、そして愛する人に恩を売る、そんな最低な行為を。


数年後には結ばれると、二人にそう囁いて。




--- 大丈夫よ。私はあと数年しか生きられないと診断されたの ---




--- 私が死んだ後、後妻として入れば家格の違いを揶揄されることはないわ ---




--- 私との結婚で、ライナルファ家に資金援助をする事が出来るのよ ---




--- 愛さなくていいの。書類上だけでも私を妻としてくれれば ---




--- だから、ね・・・?




ああ。


汚い。

汚い。

汚い手口。




資金繰りに喘ぐライナルファ侯爵家を、家格が低いナタリアを、助ける振りをして自分の恋を叶えた。



一番汚いのは、私だ。

あの人を愛してしまった私。


不安を感じつつもレオポルドと結ばれる日を待ち続けるナタリアの前で、私はどんな顔で笑っていたのだろう。


結婚適齢期を過ぎ、行き遅れと揶揄される年齢になっても、まだ婚約者すらいない立場に甘んじるしかなかったナタリアに。



そんな疲れ果てたナタリアのもとに、隣国の治療薬の知らせが届いたら。



当たり前だわ。


だから殺されたの。

私は、憎まれて、殺されて、当然だったの。




「・・・駄目よ。もう一度ナタリアにあんな顔をさせては駄目」



自分を幸せにしてくれたお礼に、あなたたちも幸せにしてあげたかった。それは本当。



でも、ナタリアとレオポルドの運命を狂わせるのが自分なら、必要以上に近づかない方がいい。



学園時代の懐かしい思い出と、自身を貫いた痛み、入り混じった叫び声に、今も眼に焼きついているナタリアの泣き顔。

それらがベアトリーチェの頭の中でぐるぐる回る。


只のクラスメイトとして距離を保つ、恐らくはそれが、ナタリアにとってもベアトリーチェにとっても、もちろんレオポルドにとっても最善の選択なのだ、そうベアトリーチェは結論づけた。



「・・・きっと私がいなくても、二人はどこかで出会えるわ」



そもそもは、ベアトリーチェをきっかけとして二人は出会う。


ならば、ナタリアと距離を置くことで二人が出会わない可能性も出てくるだろうか。少し考えた後で、いやきっとそれはないだろうとベアトリーチェは考える。


棟は異なれど、所詮は同じ学園内。

遅かれ早かれ二人はどこかで出会う筈。


前のように、模擬戦の見学で知り合うかもしれないし、中庭や校庭ですれ違うかもしれない。ベアトリーチェ以外の知り合いから偶然に顔を合わせる機会だってあるかもしれない。



そして、きっとまた、あの二人は一瞬で恋に落ちるのだ。



そうよ。

私は出しゃばらない方がいい。


運命の恋に悪戯に手を貸そうとしたから。

だから私は罰を受けたのだ。



今回は遠くからそっと見守る。何もしない。助けない。邪魔しない。それで良い。きっと、それが良いのだ。



あの日、二人の未来が絶望のうちに閉ざされたのは、自分の命が少しだけ早く終わってしまったのは、自分ならば彼らの境遇を何とか出来ると自惚れたから。



--- アンタさぁ、あいつらの邪魔したいの、それとも応援したいの、どっち? ---



アレハンドロの呆れを含んだ視線を今更ながらに思い出し、苦笑した。



人好きのする笑みを浮かべているようで、実はその瞳の奥にベアトリーチェへの嘲笑の色が滲んでいたと今なら分かる。


あの時は、そんな事にすら気づけなかったけれど。



そうね、アレハンドロ。


あの時のあなたの言葉を、もっと真剣に聞いておけば良かった。


今になってやっとあなたの言いたかった事が理解できた気がする。


結局、ただの自己満足だった。

二人の恋を応援しているつもりで、結果的には何の助けにもならなかった。



最初から最後まで、自分は、自分の想いは、二人にとって邪魔でしかなかったのだ。



「でも今回は大丈夫。だって・・・」



私はもう、レオポルドさまを追いかけるのを止めたもの。


もう彼を求めたりしない。

彼の姿を探したりはしない。

愛されたいとは願わない。

勘違いもしない。


友人面をして側に居ることも、もう二度と。



「そうよ、もう間違えないわ」



ベアトリーチェは胸元でぎゅっと手を握りしめた。

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