両想いの幼馴染に突然告白するだけの話

いぷしろん

両想いの幼馴染に突然告白するだけの話


「好きだなぁ、詩海うみのこと」



白い吐息と共に僕の口から言葉がこぼれた。



「……ふぇ?」



 と立ち止まったのは隣を歩く幼馴染。それに文字通り引っ張られて僕も歩みを止める。

 陽が落ちるのも早くなった晩秋の夕方。辺りに人影は見当たらない。



「あ……いや、その、つい出ちゃったというか……」



 こちらを向いた詩海の端整な顔立ちが驚きで支配されているのを視界におさめながら、僕は言い訳ともつかない口上を述べていた。



「へ? 今……好き、って……」


「……うん、まぁ、言ったね」


「わたし、のこと……?」


「そう、だね」



 そこで詩海はこの状況に脳が追いついたのか、頬が赤くなり始めた。



「え~っと……突然どうして?」



 満更でもなさそうな顔で告げられた「どうして?」には少々普通とは異なった意味が含まれているのだろう。


 ここでひとつ確認しておくと、僕と詩海はだ。

 今だって、寒いからと二人で手を繋いでいるんだし――それもいわゆる恋人繋ぎで――さすがにこれで詩海が僕を好いてくれていなかったら、僕は女性不信になる自信がある。


 だから、詩海は僕に“どうして今伝えてきたのか”と訊いたのだと思う。

 僕はその答えに見当はついてるけど、言うにはちょっと、というかかなり恥ずかしい。


 考えながらもとりあえず止まっていた足を動かし始めると、詩海から口火を切ってきた。……いやまぁ、確かに火が出そうなほど顔は朱に染まっていたがそういうことではない。



「……ううん。その前に……知ってると思うけど、わたしも水樹みずきのこと、好きだよ?」


「そか、ありがとな」



 改めて言葉にされると想像していたよりもうれしくて、詩海もこんな気持ちだったんだな、とわかる。きっと僕の顔も詩海のように赤くなっていることだろう。



「うぅ……そ、それで! どうして突然? てっきり水樹はまだ関係を進めたくないんだと思ってたんだけど」



 平生へいぜいとは違うことを誤魔化すように早口で言う詩海。

 もっとも、話を戻された僕にも余裕はなくなって、心の中は混乱気味だったが。



「あー、言わなきゃダメ?」


「ダメ」



 間髪入れずに答えられた。

 自分が押しているこの状況で羞恥心を忘れようというのだろう。僕でもそうする。

 でも、これを言ったら僕も、そして詩海にも結構な精神的ダメージが入ると思うんだよな。



「あの、あんまり口を挟まずに聞いてほしいんだけどいい?」


「うん」


「……僕はもう、だいぶ前――小五ぐらい? から詩海のことが好きだったと思うんだけど、まぁ、最初はよくわかってなかったんだよね」


「確か、水樹が変な行動を繰り返してたのもあの頃だったけ?」



 「好き」というのがわからなくて、詩海に付きまとったり、逆に離れてみたりととにかく詩海に対して何かをしていた記憶がある。……黒歴史ってやつだ。



「そう、で、中学のうちには感情もはっきりして、卒業式には告白しようと思ってた。詩海も同じ気持ちなんじゃないかって薄々気づいてたからね」


「え、そのときからバレてたの?」


「……割とわかりやすかったと思うよ?」



 中学生にもなって僕と一緒に帰ったり、休日に出かけてたらそりゃそう思う。しかもこの頃から自然に手を繋いでたし。

 というかめちゃくちゃ口はさんでくる。別にいいけど。



「それで、恥ずかしいから詳しくは言わないけど、どうやって告白しようかと考えてたときに思ったんだ。『好き』ってどういうことなんだろうなって」


「はい?」


「ああいや、哲学的な話じゃないよ。単純に僕は詩海のことは好きだけど、どこが好きって訊かれたら意外と困るなぁっていうこと。好きになった理由がわからなかったんだよ」



 顔はちょっと童顔で小動物みがあって好みだけど、それはたぶん順序が逆だし、そもそも顔が好きというのもいかがなものか。

 もちろん性格の面でも良いところはいくらでも挙げられる。でも、僕は「詩海だから」っていう特別な理由が欲しかったんだと思う。



「だから告白してこなかったの?」


「うん。でも高校入ってからは僕も隠そうとしなくなっただろ? 距離を縮めれば何かわかるかと思ったんだよ」



 告白はまだできなかったから、他のやり方で詩海に気持ちを伝えた。それこそ今のように、積極的に手を繋ぎにいったりだ。



「……それで、わかったの?」


「それ訊いちゃう?」



 詩海はこくり、と頷く。

 本当に恥ずかしいんだけどなぁ……。



「まぁ、わかったと言えばわかった感じかな。詩海の少し子供っぽいところが好きだし、こうやって、何も言わずに僕に付き合ってくれるところも好きだ。手がちっちゃくて温かいことも、笑った顔も――」


「そ、それはわかったから!」



 もうなるようになれと気持ちのままに話していたら、詩海に止められた。

 とはいえ、僕もここでやめてはもう二度と伝えられなくなる気がしたので、聞かなかったことにして話を続行する。



「……突然だったんだよ。今、詩海とこうやって手をつないで歩いてて、隣に詩海がいることがどうしようもなく幸せに思えて、勝手に言葉がこぼれたんだ」



 だからさ、と言葉を続けた。



「もっと、詩海を好きにならせてくれませんか。僕と、付き合ってくれますか」



 いつの間にか足は止まっていた。人通りのない夜道の真ん中。情緒もへったくれもない場所での告白。

 恐る恐る詩海のほうを盗み見る。


 ――視界いっぱいに詩海が現れた。



「ぁ…………」



 最初に冷たいものが当たったと思った次の瞬間には温かさを感じていて、でもそれもすぐに離れてしまった。詩海の匂いが鼻をくすぐる。



「う、詩海!?」


「言っておくけど。水樹のこと、逃がすつもりないからね?」



 そう言う詩海は自分の発言に悶えながらも笑っていて、僕はきっと一生忘れないだろう。


 こうして、また詩海のことを好きになる。


 ――詩海のことで知らないことはきっとたくさんあって、それを知るたびにが見つかる。まだまだ、繋いだ手は離せないな。


 雪が降りだしそうな寒さの中、僕はそう思った。


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