怪獣の出る国 ─アンノウンヒーロー─

逆脚屋

怪獣と解体業者

 帝歴1898年、極東は秋津国において、世界初の怪獣の出現が確認される。

 時の指導者は、この怪獣に対して迷わず軍による討伐を指示、48時間超に及ぶ戦闘の末、怪獣〝イ─1〟の討伐に成功する。


 帝歴1923年、旧帝都に〝ロ─2〟が出現。これを討伐せしめるが、〝ロ─2〟が残した毒により秋津国は歴史上三度目の遷都を余儀無くされる。


 帝歴1999年、新帝都近郊に〝ロ─3〟が出現。

 軍による討伐作戦が決行されるが、〝ロ─3〟の討伐には至らず、未曾有の被害が出る事になる。

 しかし、天は人を見捨てず救いをもたらした。

 それは、人々の希望となる英雄達の登場であった。















「おい、急げ。まだ仕事は山のように残ってる」

「スンマセン、班長」


 帝歴2000年、国は正式に対怪獣機関〝怪獣対策異能研究所〟、通称〝対怪研〟を設立。それに伴い、怪獣と唯一対等に渡り合える存在〝異能者〟の保護と育成を目的とした〝異能者保護法〟を成立させた。

 これにより、秋津国において怪獣を倒す異能者はヒーローと呼ばれ、怪獣を倒す権利と義務を得る事になった。


「しっかし、ヒーローってのはスゴいッスね」

「新入り、口だけじゃなく手も動かせ。まだ、次の現場があるんだ」

「うへぇ……、貧乏暇なしとは言え、流石に働かせ過ぎでしょ」

「だったらヒーロー様に、解体までやって貰える様に投書でもするんだな」


 赤い血とは違う異質な生臭さの海で、頑健な皮と殻を肉から引き剥がしながら、橙色の作業着の女は男に言った。

 〝異能者保護法〟により、差別を受けていた異能者は一定の人権と、特異な特権を得た。

 怪獣を倒せるのは異能者だけ、だから異能者に対しての差別は許されない。

 そういった風潮が生まれたのだ。

 だが、産まれた異能者全てがヒーローになれる訳ではない。


「あーあ、俺も異能がもっと強けりゃヒーローになれたのにな」

「なら、その弱い異能を使え。早く終わらせんと、また給料が未払いになるぞ」

「うわ、それは勘弁!」


 ヒーローになれる異能者は全体の半分に過ぎない。

 人格や体質、その異能の強弱によって、ヒーローになれない異能者の方が多い。

 そうしたヒーローになれなかった異能者は、一般人と同じ様に職に就く。

 だが、人という生き物は自分と違う者を忌避する。法により差別が禁止されたとしても、人はその本質から逃れられない。

 ヒーローになれなかった異能者は、義務を果たせぬ半端者として差別され、一般の職に就く事すら出来なかった。

 そして、そこに目を付けた者達が居た。


「うわ……、班長。最悪ですよ。あのヒーロー、〝芯核〟を割ってやがる……」

「……マジか? マジだな……。はぁ、白波。私は上に苦情を伝える。拡散防止剤を撒き直して、〝芯核〟周りをシートで覆え」

「他はどうします? この割れ方なら足とかの肉は大丈夫だと思いますけど」

「〝芯核〟に割れが見られた以上、肉は安く買い叩かれる。……お前、あの除染作業したいか?」

「したくありません……!!」

「なら、言う通りにしろ。ああ、無線で磯部も呼んどけ。あいつは背中の殻を剥がしてる最中だ」

「うっす!」


 差別を受ける弱い異能者、しかしその能力は一般人の常識を覆す。

 異能者は産まれながらに、一般人の十倍近い身体能力を持つ。その上、異能という特殊能力まで有る者達を使わない手は無い。

 ヒーローは怪獣を倒すまでが仕事で、倒した怪獣の死骸の処理はヒーローの仕事ではない。

 だが、倒した怪獣の死骸は残る。ならどうするか。

 対怪研からもたらされた情報を元に、そこに目敏く商機を見出だした起業家達は、怪獣の死骸処理事業を始めた。


「まったく、稀に見る金山かと思ったらこれか」


 唾を吐き捨て、女は無線機を片手にシートに囲われた現場の隅に置かれたボックスに腰を下ろし、一人愚痴る。

 怪獣は未知の資源の塊だった。皮は処理次第で様々な分野で使え、殻は希少金属を多量に含み、骨と血は医療分野に革命を、肉は種類によるが十分に食用足り得るものだった。

 そして、怪獣の内臓の内、心臓に当たる〝芯核〟は大型のものとなれば、首都一年分の電力を賄えるエネルギーを有していた。

 だが、怪獣の死骸は一般人が解体するには強固で、未知の部分が多く危険を伴う。

 ならば、差別され居ない者とされている者達を使えばいい。

 幸い奴らは強い。多少乱暴に扱っても目減りしない。

 だから、半端者達を使えばいい。今はまだ研究段階の分野も多いが、この金脈を逃す手はない。


「おい、区長さんよ。東区に出た怪獣討伐担当のヒーローは居るか」

『…………』

「んな事どうでもいい。わざわざご丁寧に〝芯核〟を割ってくれやがった能無しは居るかと聞いてんだよ」

『…………!』

「ならどうする? 〝芯核〟は見事に二層までばっくり割れて、一番高値で売れる腹肉はおじゃんだ。他も腹や胸辺りの皮や殻も怪しいな」

『…………!!』

「だったら、対怪研に責任取らせろ! 馬鹿で能無しの力バカを寄越したのはテメーらだろってな! これ以上無駄口叩くなら解体作業は中止するぞ!」

『…………』

「ああ、その条件にプラス私の班全員に特別手当だ。文句を言うなら、破損した〝芯核〟を取り出せる他の業者に頼むんだな」

『……………………』

「なら、その条件で作業は続行する。……反故にしたら庁舎にカチコミかけてやるからな」


 女は言い切ると、無線を切った。

 弱い異能者は怪獣の死骸解体の仕事にしか就けない。

 溜め息を吐いて、愛用の解体工具を肩に担ぐと、汚染拡大防止シートで覆われ始めた死骸を眺める。

 臭い、汚い、危険の3Kの怪獣解体業者、いつ死ぬかも分からない仕事で、せめて自分が面倒を見る班員達の安全と補償は確保したい。


梅花皮かいらぎ班長! 汚染拡大防止作業済みました」

「よし、一気に進めるぞ! この仕事が終われば特別手当が出る! 各自気を引き締めろ!」


 区に雇われた半端者の怪獣解体業者、梅花皮は小山程の錆びた宝の山を眺めながら、班員達に指示を飛ばした。


 これは誰もが憧れるヒーローの話ではない。

 蔑まれ疎まれ、それでも生きようと抗う誰も知らない知ろうとしないヒーロー達の話だ。

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