第42話「裏の世界」


※黒崎ツカサ


「あれは間違いありません。奴らです。アンチスキルが遂に動き出しました」


 目つきが変わる。

 昔から、この人の怒る瞬間の目つきが嫌いだった。


 何を考えているか分からない人間の沸点は分かりにくい、何よりも怖い。明らかにイラついている表情なのに、口角だけが上がっている。

 

 こんな得体のしれない人間が父親を名乗っていて、心底嫌だった。


 でも、そんなこと、考えている場合ではない。


 アンチスキル。

 それはスキルをアンチするものたち。

 スキルから人々を開放し、今の世界をひっくり返そうとしている者たち。

 

 そして、——


 忌々しい奴ら。

 関わりたくはなかったが、あの時と同じことをしようとしているのならば許すわけにはいかない。


 受け皿になっているだとか、そんなのは関係ない。

 取捨選択を間違っている。


 だからと言っても、何の罪もない人間を殺していいわけが無い。


 だから、私は正規の手段で葬り返す。


 目的の一致。

 それがあったから、私はこの機関に入ったんだ。

 そのために、嫌でも手を汚してきた。

 尋問もしたし、何人もあの世に葬った。


 本来、16歳からしかなれない探索者に、特別に14歳からなり、その一心でここまで上がってきた。


 この汚れた手を引いてくれた國田君には申し訳ないけれど、私は止まれない。

 彼には感謝してもしきれない。


 私を元の世界に戻そうとしてくれて、でも裏ではこっそり仲間にさせろという命令をこなそうと近づいた。


 出会ったのは初めてだったけど、それを利用しようとした私はひどいやつだ。

 でも、それでも。


 私には止められない理由がある。

 

 【HYSSOP浄化する者たち


 HYSSOP、紫色の綺麗な花の名前。

 花言葉で『浄化』。


 私は浄化する。

 そのために入ったのだから。


「あぁ、知ってるよ。でもまずは、君に――本格的に彼を組み入れてもらおうと思っている」


「壊して、引き入れなさい。君の家に」


「彼なら雑魚には勝てる。アンチスキルの持っている増強剤は色々と厄介だが、彼なら大丈夫だろう。色々理由を付けて、説明して、後から行け。彼が勝ちそうなときに横やりを入れて部屋でもぶっ壊して、引き入れなさい」


「……っく、わ、分かりました」


 ごめんなさい。

 國田君。

 私の最低な行いをどうか許してください。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


※國田元春

 


 いつも歩いてくる道をこんなにも急いで走ったのはいつぶりだったろうか。この高校に入学して、友達なんて一人も出来なかった。いつもいじめられ、いないものとされ、一緒に話をするのはずっと雫だけだった。


 悪態をつかれたり、馬鹿にされたり、貶し合ったり、たまには喧嘩だってして一緒に帰らないこともあった。一つ一つが俺との思い出で、大切な日常だった。


 最近は黒崎さんも一緒に登下校してくれて、雫のやつはそんな日常に楽しそうに笑ってくれていた。俺が遅く帰ってきたあの日、浮かれなかった顔がいつの間にか楽しそうに笑うのが増えて、これからもそんな日が進んでいくんだなと思っていた。


 それが、どうしてこうならなくちゃならない。

 どうして、こうなっているんだ。


 なぜ、雫なんだ。

 そんなのフェアじゃない。

 俺は探索者だ。多少の義性だって、自分の身に起きることにだって責任は取れる。

 でも、雫は違う。


 あいつはただの中学生だ。

 まだ14歳。進路だって決めていない。


 そんな雫の未来が今危ない。


 くそ、俺がもっと注意深く見ていれば。

 あの二人ならやらない、だなんて考えていたのも間違えだったのか。見ていないから分からないが、そうならば刺し違えてでもやってやる。


 この前の戦いで2人の強さは分かっているつもりだ。いつも殴ってきてたし、癖だって分かる。


「————雫だけは救い出して見せる」


 そう呟いた瞬間だった。

 ブルルル――と腕に取り付けているデバイスが震え出した。


「っな、なんだ⁉」


 来たのは仁井田ジン君からの着信通知。

 ここまで来て俺に何を。


 ゴクリと生唾を飲み込んで電話に出ることにした。


「も、もしもしっ」


 呟く。

 ブツ――っと音がして、すぐに訊き慣れた男の声がした。


『おぉ、でたかぁF君、Fカップ君よぉ~~?』

『キハハハッ!!! ジン君、話は短く済ませないとって言われてるから早く話さないとぉ~~』


 確実に、仁井田ジン。彼の声で間違えがなかった。

 痛いほど聞いた声だ、間違えるはずがない。


 それに、高笑いが奥から聞こえてくる。そっちはクサビ君――って君付けはよそう。俺はいつまで二人の呪縛に囚われているんだか。


「雫はどうした?」


『あぁ、雫ちゃん? いるいる、ここにいるよぉ? ほら、お兄ちゃん、助けに来てくれてるってぇ?』


「っく、お、お前ら」


『お、おに……お兄ちゃん……っ』


「雫っ‼‼ だ、大丈夫なのか⁉」


『う、うん……ちょっとだけ、脱がされたけど……だい、じょうぶ、だよ……っ』


「っく、あいつら。俺が、すぐに助けに行ってやるから、そこで待ってろよ。すぐ行くからっ‼‼」


 声は震えている。

 やっぱり、殴られていたんだろう。

 それに、脱がせたってなんだよ。あの写真じゃ制服のままだったが、あいつら俺の妹に辱めでもしたのか?


 っく、くそ、まじで許せねえ!!!


「おい、聞こえてんだろ! ジン、クサビ!!」

『タハハハ!!! 雑魚の、Fの妹をちょっと虐めたくらいで何を言っているんだか……』

「ふざけんじゃねえよ、俺の妹は関係ないだろ? 何が目的なんだよ‼‼‼」

『そんなカッカするなってぇ~~、ジン君、もう、俺らで食べちゃわない?』

「た、食べるって——くそ、何する気だ!!」

『あぁ、まぁそれもありだが……クサビ。そんなことしたら意味がないだろ、俺らが話をしたいのはお前、Fカップ君となんだからな?』

「お、俺?」

『あぁ。だから、お前がそのままいうこと聞いてくれるんなら、もちろんこの子には手を出さない。だから早く来い。向かってるんだろ? こっち側にさ』

「言うまでもないね」

『ははっ。いいぜぇ、色々と詰まる話があるし、俺らもリベンジが残ってるんでなぁ……』


 ——ブツ!


 急に電話が切れる。

 ただ、とにかくだ。

 雫は今のところ無事らしい。まぁ、雫の事だ。きっと今にも泣きたいだろうに、俺に心配を掛けまいと虚勢を張っていた。


 このままだと、本気でやられる。

 それに、二人は——黒だった。


 いじめられた借りもそうだけど、俺の妹に手出しするなら絶対に許さない。覚悟して、待ってやがれ。


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