第2話 新店

「ねえ、蓮美。

さっき後輩からあんたの名前聞かれたんだけど、苗字だけ教えちゃった。

ごめん。」


「え、何それ怖い。

私、後輩なんか知り合いほぼ居ないよ?」


「大丈夫。大丈夫。

その子いい子だから、誰かに言いふらしたり悪用するような子じゃないよ。」


「ほんとに〜?」


「ほんとほんと。

なんかあったら私に言って、その子を問いつめてあげるから」


「ん〜。わかった。」


なぜか後輩に名前を聞かれたという友達は

気さくでこうゆう範囲も広い

その子が言うんだから大丈夫な気もしてくる


遊び疲れて

さすがにエネルギー切れだ

フラフラな私とまだまだ元気ハツラツな友達

私にあわせてまだまだ時刻は真昼間だが

今日は解散することになった


電車に乗り

眠気に襲われるも

いつも降りる駅の手前で友達が起こしてくれた

友達は別の駅なので

ホームで別れて駅前に降りてきた

あのコーヒーショップの近くに

足が自然と向いていた


いつもより少しカジュアルな服装で

メイクも少し服にあわせてアレンジしている

遊び疲れて気分も晴れたことだし

久しぶりにあの飲み物を飲める気がする

この疲労でぼんやり気味な頭に

たくさんのエネルギーと覚醒を与えてくれるだろう


店に着くと客足は少ない

それもそのはず

平日の真昼間だ

レジに並び

あの呪文のような飲み物を注文した


ご年配で

おそらくこの店舗の

責任者であろう

落ち着いた雰囲気で渋みのある方から

飲み物を受け取る


久しぶりで

かつ内装の雰囲気も秋仕様

椅子などの配置も少し変更されているので

ぼんやりとした頭では情報量が処理しきれない

ガランとした店内でよりどりみどりな席定めをする

いつもは空いていないソファ席が

今日は選択肢に入っていた


だけど

ぼんやりとしたまま

自然と入口側のあのカウンター席に腰掛けていた

空いていることの多かったあの席だ

今日は特に講義の課題もない

飲んで帰るだけなのだから

カウンター席でいいのかもしれない


少し高めのカウンター席

飲み物を置いて高めの椅子に腰掛ける

そういえば

あのご年配の方は

この飲み物を手渡してくれる時

何か言っていたような

よく思い出せず

1口飲んでみると

あつっ

舌を火傷しそうになった

そうだ

たしか


「こちらはあなたにだけの

スペシャルビバレッジでございます


どうぞお熱いので

お気をつけてお飲みください」


そう言っていた

いつも注文していたのはアイスだったけど

今日はなぜかホットにかわっている

季節的なものかもしれない

注文する時

特に指定していなかったし

ボーッとしていたから

アイスとホットを聞かれたのかも

よく覚えていない


それにしても

どうして私だけのスペシャルなビバレッジ飲み物なんだろう

味はあたたかいこと以外は特別あの味との違いはない

いや

暖かいからかいつものより少しだけ甘さが増量されている気もする

それでもあまり違いがある感じはしない

不思議に思って容器をよく見てみると


『来月新店OPEN!!

このスペシャルな容器を

オープン3日以内に店員に見せると

お店のおすすめを1杯サービス!!!

ご来店をお待ちしております!


@…〜…』


どうやら新しい店舗ができるようだ

少し凝った装飾文字(しかも手書き)で

容器が2枚重ねになっている

外側の容器は汚さずに

お持ち帰りすることができるように

なっているみたいだ

姉妹店のキャンペーンとしてはすごく地味だけど

効果的なのかもしれない

ここの店舗からそれほど離れていない所に

新しいお店ができる

これからは

このお店が混んでいる時は

新しい店舗の方も利用できるだろう

駅前のこのお店は人がよく来るだろうから

少し離れたところに姉妹店ができても

それほど痛手にはならないのだろう


駅前店よりも少し離れた店舗の方が

店内も広くてキャンペーンにも積極的な印象がある

流行に敏感で時間のある大学生達は

きっと新店の方の利用が増えるだろう

私も多分に漏れずそうなりそうだ

なにより

久しぶりにこの店にきてみたけど

まだ少し引きずっているみたい

この店は好きなままだけど

ほんの少しだけ苦身が残っている

近くに姉妹店ができるなら

鞍替えするのも悪くないと思う


スペシャルな容器を手に持ち

飲み終えた容器の方はゴミ箱へ捨てた

今日は飲み干せた

それだけでまた少し気持ちが晴れた気がする

また来よう

そして

新しい店舗ができたらこの容器を持っていこう


お店のドアを出る前

誰かの視線を感じた気がしたけど

振り返らなかった

また来たらいい

素直にそう思えた


──


数週間後

私はあのコーヒーショップに来ていた

ホットのあの飲み物を頼むと

あたたかくて

とても甘くて

そして苦いあの味だ

これがあると講義の課題が捗るのだ

今日も店は込み合っていた

入り口近くのカウンター席がまた空いていた

あれからまた

週に1、2回の頻度でこの店を利用している

来るたびに

あの容器スペシャルな容器はどういうわけか増えていく

描いてあることは同じで

手書きなので少しづつ文字のバランスや改行位置は違う

工場とかで印刷されたものではなく

本当にその場でペンで描きましたという感じなので

それほど大量に配っているわけではないのだろうけれど

すでに5個も家に置いてある

さすがにおかしいなとも思う

たくさんもらったけど

使うのは1つだけにしようと一番きれいな文字のを

出かける前に目にするところに置いてある


容器の@をSNSで検索すると

新店舗の公式らしいそのアカウントに

OPENの日付が書かれていた

それによると

OPENはいよいよ明日だ

OPEN初日はプレゼント企画なんかもしているようで

フォロワーも数十名ほどいるようだ


ちょうど明日は午前中の講義が1講だけなので

11時のOPENには間に合わないが

午後一ごごいちに行ってみようと思う


無事に講義課題を終わらせて

飲み干した容器をゴミ箱に捨て

新しいスペシャルな容器を記念にと鞄にしまう

店を後にする時

あの視線はあれ以来一度も感じていない

たぶん気のせいだったのだろう


それよりも

今日はだいぶ前に予約していた美容室に行く

失恋で髪を切るのが昔は定番だったらしい

今は特にそういう話は聞かないけど

髪を切る度に家族や親戚に

失恋でもした?

とからかい混じりに訪ねられることはある

気持ちの整理とかで形から入るなら

失恋で髪を切るのもいいのかもしれない

男の人は髪の長い女性を好むというし

私も少なからず意識して伸ばしていた節はなくもない

だけど

失恋と言えるほどの繋がりも持てずに終わってしまった

こういう中途半端な気持ちをバッサリと切り替えるには

ちょうどいいのかもしれない

しかも明日は新店OPEN日だ

新鮮な気持ちで新店に行けるのは

なんだか楽しい気持ちになる

明日の新店への期待が半分

期待を裏切られないかという不安が半分

彼のおかげで

私の中であのコーヒーショップは

何でもないただの暇つぶしや適当な課題のできる場所から

『特別なお店』になっていたのかもしれない

それは彼がいなくなってからも

心のどこかで特別が残っていて

とても甘く

そしてかなり苦いけど癖になる

あの味と似ている

髪を切り終わる頃には

きっと今よりもっと気持ちが晴れやかになるだろう


──


講義が終わった

いつものように友達とランチをしながら話し

最寄り駅まで揺られながら話す

降りる駅が違うのでホームで手を振り

1人で駅の階段を降りる

階段を降りながらふと考える

新店

混み合ってるかな

そうだよね

初日は混むよ絶対

明日にしようかな

でも…


鞄の中には1番キレイな文字の容器

今朝は新店に行く気満々だったから

鞄に忍ばせていたのだ

さっきも友達から遊びに誘われたが

新店のOPEN日だからと断ったばかりだ

時刻は13時を回ったところ

近くまで行ってから考えよう

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