ラベンダー色のフランス人形

くもまつあめ

ラベンダー色のフランス人形

 これは、私がまだ幼い頃の話です。いくつだったか覚えていませんがおそらく五歳くらいだったと思います。

私は二階建ての公営住宅に家族四人で暮らしていました。

父と母と私と弟。

夏は暑く、冬は寒い家でした。

当時、保育園に通っていた私は、おとなしい部類で強くは言えない弱気な女の子だったと思います。

おもちゃを取られても、横入りされても文句も言えず、給食では量を減らしてもらうことばかり。お昼寝の時間もなんだか怖くて眠れません。

大変だったことばかりで、楽しいことはあまり記憶にはありません。

 そんな中、祖父がどういう理由かはわかりませんが、ラベンダー色のフランス人形をプレゼントしてくれました。

誕生日だったからか、クリスマスだったか、どこかへ行ったお土産だったのか・・・。

髪が長くてフワフワヒラヒラのドレスを着ていて、クルクルの金髪。

横にすると長いまつげを閉じて眠ります。体を起こすと目をぱっちり開きます。

当時、私はリカちゃんやジェニーちゃんやバービーちゃんが欲しかった記憶があるのですが、祖父にはわからなかったのでしょう。

人形ということで、フランス人形を私にプレゼントしてくれたのだと思います。

最初はがっかりして気に入らなかったのですが、次第に気に入りよく一緒に遊ぶようになりました。

おままごとをしたり、私がおねぇさんになるために妹の役をやってもらったり・・・。

いつも一緒にいるようになるまでに、時間はかからなかったと思います。

本当は着替えさせたりお風呂に入れたりも一緒にしたかったのですが、ドレスは縫い付けられたようで、着替えをさせることはできませんでした。

 

 人形とは関係ないのですが当時、私がやっていた習い事にピアノがありました。

うちはピアノを買う余裕がなかったようで、古いオルガンを二階に置いてもらってそこで練習していました。

体験の時は楽しかったのですが、いざ初めてみると大変です。

当然ですが、練習しないと上達しません。上達しないとレッスンの時に先生に何度も注意されるのです。そしてその曲が上手くできるようになるまで、翌週もその次の週もその曲を先生と一緒にやる羽目になるのです。

楽しくて始めたはずのピアノが、苦痛になるのに時間はかかりませんでした。

毎日練習するコツコツ努力することも、「ピアノを練習しなさい」と母に言われて遊びが中断されるのも嫌でした。

また、オルガンがおいてある部屋もよくありません。

二階の子供部屋に置かれたオルガンは夏は暑く、冬はとても寒い部屋でした。

あまり人が出入りする部屋ではなく、おもちゃや子供服のタンスがある部屋でした。

人がいないので夜カーテンを閉めたら日中はそのまま・・・なんてこともあったと思います。父や母や弟は主に一階にいるため、練習するとなるといつも一人。

怖がりな私が一人でその部屋でシーンとした中、一人で何かすごすのは大変に勇気がいることだったのです。

・寒い(もしくは暑い)

・めんどくさい

・怖い

この三拍子がそろったピアノの練習は私にとって大変嫌なことだったのです。



 ある日、土曜日か日曜日だったと思います。

その週のピアノのレッスンの日が近づいてきたのでしょう。

私は母に練習していないことを注意されました。

練習していない自覚はあったのだと思います。怒られたように感じた私は泣きたくなりました。

私は叱られたので、イライラしながら、ドスドスと階段を上がり二階でオルガンで練習することにしました。

二階に上がりオルガンのある部屋に行くと、オルガンの椅子の上にフランス人形が座っていました。オルガンを弾くには、フランス人形が邪魔でした。

私はイライラしていたのだと思います。

「もう、邪魔!!!」

私は座っているフランス人形の手を掴んで床に投げつけました。

それから荒々しく楽譜を広げて、数回練習をしました。


それから同じ日だったのか、数日たったのかは覚えていません。

父と母と弟は買い物に出かけると言いました。

私はまだいじけていたのか、気分じゃなかったのか・・・・。


「いかない」


と返事をしたのだと思います。

近所だったのか何なのか・・・

すぐに帰るつもりだったのか、三人は買い物にでかけていきました。

家に一人になった私は急に心細くなったのか、ヒマになったのか二階におもちゃか絵本を取りに行こうと思いました。


オルガンやおもちゃのおいてあるあの部屋に階段を上がっていきました。

部屋に入ってすぐ私は体が凍り付いた・・・というか金縛り・・・というのか、動けなくなりました。

部屋の奥、オルガンの前辺りにあのお気に入りのラベンダーのフランス人形が立っているのです。

私のフランス人形は一人では立つことができません。

クニャっとしていて、座るか寝かせるかしかできないはずなので、一人で立つなんてありえないのです。

体は動かないのに、フランス人形から目は離せません。

フランス人形の後ろに、白いモヤみたいなのが見えるのですが、それが何なのかわかりません。白いタバコの煙みたいな、そこだけとても濃い霧のような・・・・

モヤモヤしているのだけは確かですがそれが何かはわかりません。


(あッ・・・)

と思ってなんとかしないといけないのはわかるのですが、体を動かすことができません。

フランス人形は立ってゆっくり一歩前に足を出します。

私はそれから目を離せずにいるだけです。

人形はまた、一歩反対の足を前に出します。

背後のモヤモヤも一緒についてきます。

(・・・どうしよう)

本当に心はこの言葉しかでてこないのです。


近づいてくる人形に言葉を出すこともできません。

逃げたいけど、体がうごかない。

一歩・・・・また一歩。


ゆっくりゆっくり近づいてくるフランス人形。

(・・・もう・・だめだ)


そう思った時、


「ただいまー」

階下の玄関から母の声がしました。

パンっと弾かれるように途端に体が動くようになって、転げるように私は階段を駆け下り母に飛びつき泣き叫びました。

「お人形が!お人形が!!!」

家族は目を丸くして驚き、私を慰めるのに必死になりました。

ブルブル怖がるただならぬ私の様子に、父も母もどうしたもんかと思ったようです。


事情を聴いた母は、

「あなたが人形を大事にしないから、怒ったのじゃない?」

と言いました。

それから母と二階にビクビクしながら向かいました。

フランス人形は立っていたはずなのに、いつもの場所にちゃんとありました。

母は私にむかって、

「ほら!なんでもないよ」

と言いました。

だけど、私は確かに立ってこっちにきたのだとまた説明しました。

母はわかった、わかったと言っていたような気がします。

私は母とフランス人形に心から謝りました。

だけど、翌日から二日間熱を出して寝込みました。

夢の中でもフランス人形が歩いてきて私に近づく夢を見続けました。


怖くて怖くて本当に恐ろしかったので、フランス人形は母にしまってもらうことにしました。それから、私はそのフランス人形を見ていません。

そしてぬいぐるみを含めて人形を粗末にすることはなくなりました。


フランス人形は大人になって父と母に頼んで人形供養に出しました。


一体あの体験はなんだったのか、今でもわかりません。

ただ、自分の気持ちをそのまま物や人にぶつけるものではないという戒めの経験としています。











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ラベンダー色のフランス人形 くもまつあめ @amef13

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