想い
「……誰だこいつ」
その顔を俺は見たことがない。
学生……なのかどうかはともかくとして、見た目的には兄貴と同い年とかその辺りくらいな気がする。
『……おい、出てこいよ。俺の人生を滅茶苦茶にしやがって!!』
「……………」
いや誰だよお前……。
俺は必死に記憶を掘り起こしてみたのだが、やはりこいつに対する記憶は一切残されていない。
そもそも少しでもこいつは……なんて記憶がない以上、本当に俺はこいつと会ったことはないんだろうと思う。
「……流石にマズいだろ」
こいつのことは知らないが、少なくともこの言い方だとここがどこか分かっている奴の言葉だ。
『出てこいよクソ野郎! 白雪ちゃんは俺のモノになるはずだった! てめえみてえなのが何様の分際でそこに居座ってんだよ!? 俺の家族まで滅茶苦茶にしやがってこのゴミ野郎が!!』
「……………」
あ~はい、納得しましたよっと。
まさか自分の家族による逆恨みなんかじゃなくてこっちとはな……初めて見たけどこいつが二階堂の坊ちゃんってわけか。
しかしこいつがなんであれ、俺はすぐにスマホを取り出した。
警察への連絡と白雪と翡翠に危ないからまだ帰って来るなと伝えるために――ただそこで翡翠から電話が掛かってきた。
『もしもし斗真君? そのまま家から出ないようにね』
「翡翠?」
『言ったでしょう? どんなことがあっても万全の体勢を整えているってね。まさか本当に来るとは思わなかったけれど』
……何だろう。翡翠の言葉一つで一気に安心出来た。
どんな状況にでも対応できるようにはしていると翡翠は言っていたが、奴の動きも掌の上だったのだろうか。
『おらあああ! 出てきやがれ!!』
そう言って映像に映る男はナイフを取り出した。
それなりに刃の長いナイフだったので、確実に持ち歩いていたら警察の厄介になるものである……え?
俺は映像を見ていて目を丸くした。
何故ならいつの間にか二階堂の背後に一人の女性が立っており、振り向いた二階堂の腹に蹴りを入れた後、ナイフを蹴り飛ばして拘束したのだから。
「……これ、ドッキリじゃないよね?」
『ドッキリじゃないわよ。ちゃんとそいつは犯罪を犯す一歩手前だったわけ。その子はよっちゃんって言ってね。私の右腕で武道の達人なのよ』
「……ほえぇ」
よっちゃんと呼ばれた女性が男を取り押さえてから一気に騒がしくなった。
元々待機していた数名の人たちと、遅れるようにやってきた警察官の姿。どうやらカメラの映像でもそうだけど決定的な瞬間を待っていたんだろう――この場合は奴がナイフを取り出すかどうかと言ったところだ。
周りの迷惑を考えることなく叫び続けながら警察に連れて行かれる彼だが、既に戻ってきた翡翠と彼を取り押さえた女性が警察と話をしていた。
「……本当にビックリしましたよ」
「白雪は知らなかったんだな?」
白雪も戻ってきて彼女はずっと俺の傍に居てくれた。
今回のことはそもそも最初から分かっていたことでもないので、白雪が何も把握していなくても仕方のないことだ。
翡翠が言うには俺だけでなく白雪の安全も確約されていたようだし、こういうことについては大人である自分たちが万全に対応すれば良いという考えだったらしい。
「……そこはやっぱり、大人というわけですか」
「ま、守ってもらった側だから何も言えねえよ」
こうやって振るうことが出来る力があってこその翡翠なんだろう。
鳳凰院の力は大きく出来ないことの方が少ないとされているほど、人生を二度も経験しているとはいえ流石にこれほどまでの力を持った人を俺は知らない。
改めてこの家の大きさと、翡翠の振るう力の偉大さを思い知った気文だ。
その後、警察が居なくなったことで俺は彼女と挨拶をすることになった。
「改めまして、あなた様が翡翠様のおっしゃっていた愛おしい方なのですね……なるほど確かに良い方のようです」
「あはは……どうもです」
ウルフカットの茶髪で中性的な顔立ちの女性――彼女が翡翠の右腕と言われていた
桐生さんはそれから翡翠と少し話をした後、白雪を思いっきり抱きしめてから帰るのだった。
「良江さんは変わりませんね」
「ふふっ、あの子は白雪のことが可愛くて仕方ないって感じだもの。それこそ小さい頃からあなたを知ってるんだから」
「昔からああでしたね……本当に良い人ですよ」
どうやら、俺の知らないことが多くあるようだな。
その辺りのことは彼女たちの気が向いたら色々と教えてもらえたら良いなと思いつつ、さっきのことがあって今日が何の日か途中から俺は忘れていた。
「それじゃあ斗真君」
「家に入っても大丈夫なの?」
「あ、あぁそうだった」
まあでも仕方ないって。
こちとらのんびりしていたらいきなりナイフを隠し持った男が現れてこんな騒ぎになったんだからさ。
「……ふぅ」
一息入れて俺たちは家の中へ。
特に飾り気なんてものはなにもなく、テーブルの上に肉と野菜を放り込んだ鍋が置かれているくらいだ。
「お鍋ですか」
「斗真君が用意したのよね?」
「あぁ。その……鍋が食べたかったっていう理由じゃなくてさ。二人とも、俺が何かを企んでいるのは分かってただろ?」
そう聞くと二人は頷いた。
俺は用意していた手紙を二人に手渡すのだが、その時にも感謝の言葉を忘れずに俺は伝えた。
「実は……日頃のお礼をしたかったんだ。それだけじゃなくて、これからの想いも手紙に綴らせてもらった」
「斗真君……」
「そうか……こういうことだったのね」
ちょっと恥ずかしいので手紙は後で読んでもらうことにした。
口にした感謝の言葉のいくつかは手紙に書かれているけれど、実際に言葉にして伝える方が良かったかなと思ったり思わなかったり。
「今まで何度もお礼は伝えたし、多くの言葉を交わしたと思う――だけど、こうして改めてその機会を作ろうと思ったんだ。ありがとう白雪、翡翠も……俺は二人に会えて本当に幸せだ」
慣れない微笑みと共に俺はそう伝えた。
二人はポカンと口を開けて固まり、こう言ってはなんだがちょっと間抜けな表情に見えたのは違いない。
お互いに口数がなくなったので俺はパンと手を叩いた。
「と、取り敢えず飯にしようぜ! いい感じにグツグツいってるし――」
すると、そっと二人が抱き着いてきた。
照れたような嬉しいような、感動したような……多くの感情を混ぜたような白雪と翡翠に逆に俺の方がジッと見つめるように見惚れてしまう。
「……いつだってあなたは私たちを嬉しくさせてくれるんですから」
「本当にそうよ。これ、手紙まで読んじゃったらどうなるのかしらね」
「あ~、あまり凝ったことは書いてないよ。俺の語彙力はそこまでなんで」
さっきも言ったが今までのお礼と、これからのことを……彼女たちへの想いを思い付く限り書かせてもらった。
翡翠が待ちきれずに手紙を開封しようとしたがなんとか我慢してもらい、俺たちは久しぶりにとても騒がしい夕食の時間を迎えるのだった。
「……ははっ、大成功ってことで良いのかな」
そして、夕食を終えた後に俺は自室で満足していた。
二階堂のことはともかく、その後のことは全て俺が考えていた最高の仕上がりになったと思うのだ。
きっと今、二人は俺の手紙を読んでくれていることだろう。
彼女たちがどんなことを思い感じるのかは分からないけど、少しでも嬉しいと思ってくれたなら幸いだ。
「……?」
少し早いけどベッドに横になろうと考えたその時だった。
パタパタと足音が聞こえたかと思えば、トントンとノックをして白雪と翡翠が中に入ってきた。
「斗真君!」
「斗真君!」
そのまま二人は俺に飛びついてきた。
二人ともしっかりと手紙を読んでくれたようで、それからの時間は手紙に対する感想会みたいな形になり逆に俺が恥ずかしさで悶えることに。
(……ま、こんな風にいつまでもみんなで笑っていければいいよな)
俺に抱き着いたまま、笑顔を浮かべ続ける彼女たちを見てそう思った。
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