楽しいがいっぱいっぱい
それは俺がずっと見ていた光景だった。
パソコンの画面越しにトコアイの世界は展開され、白雪と翡翠に洋介でありプレイヤーがとことん愛される光景だ。
だが、当然のように毎回毎回ノイズが現れる。
『あ、あんな奴とだなんて許さないぞ! 俺の方が白雪のことを愛してるんだ!!』
奴は……嵐は何度も同じタイミングで白雪に襲い掛かり、その度に洋介に阻止されて警察にお世話になってフェイドアウトしていく。
物語がこの先も続くのであれば、悪役としてもう少し嵐は登場しても良かったものの、最初から居なかったかのように姿を消すので嵐というキャラは本当にただただ二人の仲を進展させるための着火剤でしかない。
「……………」
だからこそ、俺はまた不思議な夢を見ていた。
「嵐……君?」
俺は今、白雪を押し倒していた。
白雪や翡翠と体を重ねた不思議な夢と同じ感覚の中で、俺は本来の体ではなく嵐の体だった。
まるで彼女に対して嵐がアクションを起こした結果、阻止されることなくそのまま進んでしまった錯覚を俺に感じさせる。
「……白雪」
おかしい、どうして俺の体は動いてくれないんだ。
俺は嵐になってしまったがだからって彼と同じ道を歩むつもりはないし、何より白雪を襲うなんてそんなことは夢であってもしたくないことだ。
(……久しぶりにまた良い夢を見れるかと思ったらこれかよ。結局俺は嵐だから白雪を襲えってか?)
まるでお前は嵐なんだから物語の通りに動けと、白雪に襲い掛かって完膚なきまでに嫌われてしまえ、その上で洋介との仲を後押ししろとこの夢は俺に暗示しているのだとしたらとんだ迷惑だ。
「良いですよ?」
「……え?」
動かない体を何とかしたいと思いながら、白雪にしてもこんな巨体に押し倒されたら怖いだろうと考えていたその時だ。
彼女の声に俺は目を丸くした。
白雪は決して嵐に向けるような視線とは思えないほどに優しく俺を見つめ、両手を伸ばして抱き着いてくる。
「嵐君がしたいのなら……良いですよ?」
「何を……」
「いいえ、違いますね。嵐君の中に居るあなたなら良いですよ?」
「っ!?」
その言葉に俺はドキッとした。
それはまるで胸に秘めていた秘密を言い当てられたかのようでもあるが、それ以上に嵐の中に居る俺に彼女が気付いてくれたからだ。
「ずっとあなたを待っていたんです。私も母も……小泉君じゃない、私たちはあなたを求めているんです――愛しています」
そこで俺は彼女とキスを交わし……そして目が覚めた。
「っ!?」
ハッとするように体を起こした俺は辺りを見回した。
本来であれば夢がくっきりと記憶に残ることは珍しいことのはずなのに、俺は彼女たちのことに関しての夢は全て覚えている。
白雪とのこと、翡翠とのこと、二人とのこと……そして今のことも。
「いや、あんな未来はないんだけどさ」
俺が彼女を襲う未来は絶対にない、何故なら俺は俺だからだ。
……まあでも、眠っていた彼女を胸を触るなんていう行為自体が最低なことに等しいけど、それでも白雪は許してくれた……それどころか凄く優しかった。
「……あんなことを言われると、ちょっと期待しちゃうよな。でもそれは俺のことを信頼してくれているのか、それとも男として見ていないからあんな風に言えるのか」
前者だと嬉しいし後者だと寂しい。
期待……そうだな、ハッキリと言おう――俺は期待してしまっている。
嵐だからと諦めた彼女たちへの想いが再燃し、嵐だということを忘れて動いても良いんじゃないかと何かが囁いてくるようだ。
「くそっ、白雪のことが頭から離れねえぜ……」
翡翠もそれは同様なのだが、やっぱり学校でのこともあって白雪の方が圧倒的に一緒に居ることが多いからなのか、彼女のことばかり考えてしまう。
どれだけ白雪のことが好きなんだよと自問自答しつつ、俺は学校に向かうための準備を終わらせてアパートを出た。
「……あ」
そんな風に白雪のことが頭から離れない中で、彼女はまた通学路に居た。
白雪の友人も洋介すらも傍に見えない……俺と白雪の距離はかなり離れているにも関わらず、彼女はまるで俺が来ることを分かっていたようにこちらを見た。
ひらひらと手を振って来たので俺はすぐに近寄った。
「おはよう白雪」
「おはようございます嵐君」
ニコッと微笑んだ彼女に夢の白雪が重なった。
とはいえ流石に彼女の与り知らぬことで照れても頭がおかしいと思われるだけなので、俺はなんとか表情を取り繕うことが出来た。
「今日も待ってたなんて思わなかったぞ?」
「そうですね。でも、ここに居たら合流出来ると確信していますから」
「……そっか」
「そうですよ」
なんでこの子はこんなにも……。
仕草の一つ一つ、言葉の一つ一つが白雪の魅力をこれでもかと発揮しているし、やっぱり彼女に対してワンチャンないかと期待を抱かせてきやがる。
「一昨日はありがとうございました」
「送ったこと?」
「はい。いくら暗くなったとはいえ歩き慣れた道が、いつも以上に楽しかったです」
「そんなことは……って、送るのは当然だ男として」
「ふふ、優しいんですね?」
「普通だと思うけど……」
絶対普通だと思うんだが……。
そもそもどんな事情があるにせよ、女の子と暗くなるまで一緒に居たら家までとは言わずとも近くまで送るのは普通だろう。
滅多にないとは思うけど物騒な世の中とも言われてるし、別れた後に白雪が誰かに襲われたりしたとかなったら俺は自分のことを絶対に許せないと思う。
「……ふふっ♪」
「どうしたんだ?」
「あぁいえ、ちょっと帰ってから母と言い合いになりまして」
「喧嘩か?」
言い合いってなると喧嘩のイメージだけど、どうも白雪はとても楽しそうなので喧嘩とはまた違うようだ。
「些細なモノですよ。私のことにちょっと嫉妬したんです母が」
「嫉妬?」
「はい。事故でもなんでもなく、故意にあちらからというのを私が最初でしたから」
「??」
「気にしないでくださいね。私にとって嬉しいことが、母にとって羨ましいことがあっただけなんです」
それ以上は白雪も語ることなく歩き出した。
彼女の横に並びながら世間話をしていると、俺は一夜経ったことで彼女に伝えたい言葉があった。
「なあ白雪」
「なんですか?」
「一昨日のことなんだけど」
「胸を触ったことです?」
「違うからね!?」
それは一旦忘れていただいて……お願いしますって白雪さん!
口元に手を当てて笑う彼女にこほんと一泊置き、俺は昨日のことを思い出しながら言葉を続けた。
「一昨日さ、疎外感を感じないでくれとか言ってたじゃん」
「言いましたね」
「どういう意図でそう口にしたのか分からないけど、俺は別に現状に関してそんなことは思ってないよ。家族との仲の悪さはまあ……あるにしても、それ以上に楽しいことが周りに溢れすぎてるからさ」
「楽しいことが?」
「おうよ。違う自分になりたくて動き始めたこともそうだし、何よりこうして白雪と一緒に話が出来たりするのも本当に楽しいんだよ」
「……!」
「そんな風に楽しい日々の中でどう疎外感を感じろって言うんだ? 少なくとも俺はそんなもん感じないよ」
そう、これは俺の正直な気持ちだ。
ダイエットをするのも新鮮だし、違う自分として生きるのも新鮮、そして何より自分が好きだった世界で、自分の好きなキャラたちが意志を持って生きている……まあ嫉妬とかあるけど、それでも楽しいことの方が大きいと思っている今は。
「だからめっちゃ楽しい……って白雪さん?」
「っ……」
サッと白雪はそっぽを向いた。
彼女の耳が僅かに赤くなっていることに気付き、もしかして今の言葉に照れたのではないかと俺は察した。
「……ま、そういうことっすわ。じゃあ途中まで行こうぜ白雪」
「……ひゃい」
すまん、俺まで恥ずかしくなってきたわ。
「……好き」
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