第30話 優羽さんとデート その3 彼女の部屋
優羽さんの部屋は先日訪れたときと変わらず大人っぽい印象で、こういう状況だとなかなか緊張感があった。
「よいしょっと」
優羽さんは自分の部屋に入るなり、持っていた大きなボストンバッグを部屋の隅に置いている。
そして彼女のあとに続いて部屋に入った俺を見て、笑顔を浮かべた。
「ねえ、ナオ君。ちょっと着替えたいから、後ろ向いててもらえない?」
「……部屋出ようか?」
「ううん、後ろ向いてればいいよ。あ、もうちょっと左に移動してね。もう1歩だけ左。そう、そこでしゃがんで」
なぜか場所の指定までしてきた。
しかも結構細かい。
とりあえず指示に従い、正座で待機した。
いや、正座しろとは言われなかったが、なんとなくそうなった。
……背後から聞こえる、衣擦れの音。
優羽さんが俺のすぐ後ろで着替えている……。
心臓が破裂しそうなほどバクバクと音を立てていた。
優羽さんを意識しないようにとは思うが、そんなこと無理に決まっている。
せめて気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返す――と、目の前に縦長の物体があることに気付いた。
姿見だ。
カバーが掛かっているようだが、ズレている。
そのズレた箇所に、なにかが映っているような……。
ジッと見つめ、不意に理解した。
――着替えている、優羽さんの姿。
鏡に反射している……!
そう気付いた俺は、慌てて姿見から目を逸らした。
見ちゃダメだ!
こんな覗きみたいなことをしてはいけない!
……だが、そう思うと同時に疑念も湧いた。
俺が今座っているこの場所は、優羽さんが指定したのだ。
しかも微調整までしてきた。
この部屋の主である優羽さんが鏡の位置を知らないわけがない。
そして姿見に掛けられたカバーの絶妙なズレかた、優羽さんが映る素晴らしいアングル。
これは――「見ていいよ」ということなのでは?
けれどそれでも鏡に目を向けないよう、ぐっとこらえた。
どうも、からかわれている気がするのだ。
「着替える姿を俺に見せようとしている」という発想は、いくらなんでも俺に都合が良すぎて妄想としか思えなかった。
だから実際は着替えるフリをしているだけで、俺がうろたえる様子を眺め笑いものにしようとしているのではないか、という疑心暗鬼的な発想がどうしても消えない。
……けれどやっぱり気にはなる。
優羽さんは俺をからかって楽しむような人ではないという気持ちと、それはそれとしてとにかく彼女が着替えるところをみたいという下心。
そしてこれがエッチなご褒美だといいなという期待。
そんな様々な感情が俺の中でだんだん膨らんでいき、理性をどこか遠くに追いやってしまった。
……さりげなく、本当にさりげなく、鏡を横目で見る。
そこには――
――こちらをニッコリと見ている優羽さんが映っていた。
「ちくしょう!」
思わず声が出た。
やはり罠だったのだ。
彼女は俺をからかっていた。
文句を言おうと振り向く。
純真な覗き魔の心を弄ばないでほしい!
けれど……。
俺の目に飛び込んできた優羽さんの姿に、思わず息を呑んだ。
彼女は見覚えのある服を着ていた。
全体的に黒色でフリフリとしていて可愛らしい装飾のついた服。
――ゴスロリメイド服だ!
以前ヒヤヤッコが試着していたゴスロリメイド服を、今は優羽さんが着ている!
あまりに予想外で正直混乱してしまったが、そんな中でも分かったことがある。
ボストンバッグの中に入っていたのはこのメイド服で――。
そして優羽さんは実際に俺の背後で着替えていた!
それも鏡に自身の姿が映っているのを理解した状態で!
つまり先ほどのあれは俺をからかってもいたのだろうが、同時に着替えを見たければ見ても良いよという、そういう凄まじいアピールでもあったのだ。
なんだか頭がくらくらしてきた。
優羽さんもさすがにこの行動は恥ずかしかったようで照れたように微笑んでいる。
「えっと、この前ふがふがで新しい制服の試着をしたでしょ? でも、私の制服が地味だったなあって思って」
「……可愛かったよ、あの服を着た優羽さんも」
「うん、ありがと。でも、普通の店員の制服でしょ。そうじゃなくてなんか、ナオ君を悩殺したいなあと」
「の、悩殺……?」
「うん、だからこの服は私が個人的に買ったんだよ。ナオ君に喜んでもらうためにね」
「え!? 買ったの!?」
てっきり試着品をここに持ってきたのだと思っていた。
けれど買った? わざわざ、この姿を俺に見せるために?
「ナオ君は玲香ちゃんの脚に強い執着心を見せてたから、私もチャレンジしようかなって」
「……俺、そんなだった?」
「そうだね、あの玲香ちゃんが脚を見ないでってわざわざ言っちゃうぐらいだから。相当だったよ」
軽く笑いながら優羽さんが言う。
「だからデートのときは脚を見せないようにしてたの。全体的に肌の露出も控えめにしてね。そこから急にこういう恰好をしたら刺激的かなって」
スカートの裾を持ち、ひらひらと揺らしている。
「う、うん。その目論見は、見事に成功してるよ」
俺の目は彼女のスカートとそこから伸びる綺麗な素足に釘付けだ。
優羽さんは俺の露骨な視線に気付いたのか、ふふふと笑っている。
「それで、ほら」
優羽さんは黒色のニーソックスをこちらに差し出してきた。
そして俺の目を、まっすぐ見てくる。
「履かせて欲しいの」
「俺、優羽さんの中でド変態になってない?」
「イヤなの?」
「イヤじゃないけど」
ここまで優羽さんがしてくれたのだ、俺も覚悟を決めよう。
実際俺にも変態の自覚が出てきていた。
どうせならどんなジャンルを好む変態なのか確認しておこう。
脚フェチでは無い気がしているが、人間には無限の可能性があると聞いたことがある。
もしかすると目覚めるかもしれない。
「……もしかして、これがエッチなご褒美?」
なんとなく気になって聞いてみると、優羽さんは申し訳無さそうな表情でコクンと頷いていた。
「う、うん、そうなの。ごめんね、言うほどエッチじゃなくて」
「いや言うほどエッチだよ」
「えっ……?」
「あっ! いやあ、どうだろう。俺ってそういうのに疎いところがあるから、ちょっと分からないなあ」
思わず本音が出てしまったが、優羽さんが驚いたようにこちらを見てきたので慌てて誤魔化した。
「そっか……。うん、なら良かった」
とはいえ優羽さんが笑顔になっているところを見ると、そもそも誤魔化す必要はなかったのかもしれない。
嫌われなかったことにホッとしながら、優羽さんからニーソックスを受け取る。
意外と手触りが良い。
まあ肌に触れるものだし当然か。
……しかしニーソックスを手にしたのはいいが、いきなり途方に暮れてしまった。
「えっと、どうやって履かせたらいいんだろ」
「どうって? 好きなやり方でいいよ」
優羽さんは適当に言っただけだろうが、やはり変態と思われている気がする。
そもそも女の子に靴下を履かせたいと思ったことが無いのだ。
好きなやり方どころか方法自体が思い浮かばない。
とりあえずニーソックスをジッと眺めながら、頭の中でイメージしてみる。
……パッと思いつくのは5パターンくらいか。
「優羽さんに立ってもらって前から履かせる」「同じく立ってもらって後ろから履かせる」「優羽さんに座ってもらって前から」「同じく座ってもらって後ろから」「寝そべってもらって履かせる」
……まあ、この中なら「立ってもらって前から履かせる」が妥当だろう。
それ以外のものは、いろいろと問題がありそうだ。
例えば、優羽さんに立ってもらって後ろからニーソックスを履かせようとすると、俺の目の前に優羽さんのお尻がくるはずで、それも大変結構ではあるがいろいろとまずい。
座ってもらって後ろからも似たようなものだ。
どうしても、優羽さんの背後から覆いかぶさるような体勢になると思う。
ちょっと俺の理性が死にかねない。
それ以外は優羽さんと目が合いそうなのが厳しい。
照れてしまって、途中でリタイアしそうだ。
やはり、立ってもらって前からにしよう。
一番初心者向けな気がする。
「えっと、じゃあ優羽さんはそのまま立っててください。私が前から履かせます。ご協力お願いします」
「う、うん。なんでそんな口調なの?」
照れ隠しだ。
わざわざ言う気はないが。
優羽さんの前にしゃがみ込む。
「優羽さん、右脚を上げて」
「うん。ごめん、肩借りるね。よいしょっと」
俺の両肩に手を置き、右脚を上げてくれた。
間近で見る優羽さんのきれいな脚。
そしてそんな脚にまとわりつくミニスカート。
なるほど脚フェチも悪くないと心の中で頷く。
「なんかこれ、失敗かも。子どものお着替えみたい」
困ったように言う優羽さん。
俺と真逆の感想を持ったらしい。
こちらは胸を高鳴らせていたのに、彼女はがっかりしていたのだ。
しかし、優羽さんを責めるわけにはいかない。
こういうのは共同作業だ。
俺が彼女の気持ちを盛り上げよう!
「そうなんだ? でも俺は結構ドキドキしてるよ」
「え、ほんと?」
「うん、だって、優羽さんのきれいな脚がこんなに間近にあるんだ。優羽さんには想像できないかもしれないけど、男としてはホントにちょっとヤバイよ」
「そ、そっか」
顔を上げて様子を窺うと、優羽さんは恥ずかしそうに目を逸らしていた。
悪くない反応だ。
相乗効果で俺の気持ちもますます盛り上がってきた。
慎重にニーソックスを手に取る。
履かせやすいように、両手でゴム部分を伸ばした。
両手の親指はそのままニーソックスの内側に入れている。
この状態で履かせていくのがいいだろう。
「じゃあ、履かせるね」
「……おねがい、します」
優羽さんはまだ目を逸らしたままだ。
言葉を短く切るように話してきたところをみると、優羽さんも気持ちが高ぶっているのかもしれない。
鼻息が荒くなるのを自覚しながらも、ニーソックスを履かせようとした――そのとき。
「あ、ちょっと待って!」
ストップが掛かった。
いや、それだけではない。
優羽さんは上げていた脚を地面に下ろすと、俺からバッと距離を取った。
「な、なに? やっぱりやめておく?」
それも仕方ないだろうと思いながら尋ねる。
実際俺には、彼女の脚に触れたいという下心しかない。
優羽さんが警戒するのは当然だし、中止のお知らせが来ても俺は受け入れるしかないだろう。
次回の開催を心待ちにしていますとしか、俺には言えない。
優羽さんは、しばらくもごもごとしていたが、やがて諦めたように口を開いた。
「……私さ……汗臭かったりとかしない?」
「…………いや、別にしないけど」
意表を突かれ返事が遅れた。
まさかそんなことを気にしているとは思わなかったのだ。
しかし彼女は俺が気を遣ったと考えたのだろう。
泣きそうな表情を浮かべ、俯く。
「や、やっぱり……。今日結構歩いたから、もしかしてとは思ってたんだけど……。ごめんね、ナオ君。足がクサい女の子なんて、嫌いだよね……」
あ、これはまずい。
彼女から変なニオイなんてしなかったのに、間違った確信をしてしまったようだ。
急いでフォローしないと取り返しがつかない。
「う、ううん! そもそもニオイなんて全然してないよ! 優羽さんは無味無臭だったよ!」
勢い余って、ニオイだけでなく味にまで言及してしまった。
これでは説得力がまるでない……。
「うん、ありがとう。ナオ君の優しさ、五臓六腑に染み渡るよ……」
優羽さんも優羽さんでよく分からないことを言っている。
恐らく動揺のせいだろうが。
……しかし、この状況は良くない。
優羽さんのテンションが恐ろしいほど落ちてしまった。
さっきまであんなにいい感じだったのに、このままでは今回のデートは大失敗に終わってしまう。
しかもその理由が、「足がクサい」という勘違いなのだ。
あそこまで接近していてニオイがしなかったのだから、なんの問題もないと思うのだが、今更何を言っても信じてもらえない気がする。
落ち込んでいる優羽さんを見ながら、思考を巡らす。
……せめて気持ちだけでも立て直して欲しい。
今日という日が悲しい思い出として優羽さんの心に刻まれるのは、俺としてもイヤだった。
なにか良い方法は無いだろうか……。
そんなとき、優羽さんの部屋の机に置かれたウエットティッシュが目に入る。
……よし!
どうせこのままではどうしようもないのだ。
チャレンジしてみよう!
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