第27話 「趣味研」校外活動 テニスその3+撮影会

 活動報告用に集合写真を撮ることになった俺たち。


 前列は俺とマコト。

 ベンチの前でラケットを持ってしゃがむ。

 後列は優羽さん、ヒヤヤッコ、九条さんでベンチに腰掛けている。

 月島先生は入るのに抵抗があったようだが、俺たち全員でお願いしてベンチの横に立ってもらった。


「はーい、撮りますよー」


 撮影するのはテニスクラブの女性だ。

 なんとなくマコトが撮るものと思っていたし、本人もそのつもりだったようだが月島先生に説得されていた。

 たしかに会長であるマコトが写真に残らないのはどうかと思うので、このほうがいい。


「はい、OKです。一応確認お願いしますね」


 慣れているようで、撮影はすぐに終わった。

 何枚か連続で撮ったので、目をつぶっているということもないだろう。

 マコトはカメラを受け取り写真を軽く確認したようだったが、そのままテニスクラブの女性になにやら話し掛けている。


「ところでこの機能って――」


「ああ、それはですねえ――」


 どうも、カメラの設定を確認しているらしい。

 今使っているのは九条さんの私物のデジカメ。

 もちろんマコトも自分のカメラを所持しているが、学校終わりに直接ここに来たのでカメラを持って来ることができなかったのだ。


 九条さんのデジカメは趣味研に提供してくれるそうで、ありがたく使わせてもらうことになっていた。

 マコトも撮影の機会は多いだろうし、会長として機能を把握しておきたいのも当然ではある。


 ……とはいえ、それにしても話が長い。

 テニスクラブの女性もカメラが好きなようで、カメラトークに花を咲かせている気配だ。

 乱入しに行くか?

 でも雰囲気は悪くなさそうだし、見守るのもいいかもしれない。


 ……ん?

 というか今気づいたけどあの女の人って、ふがふがで貧血になった九条さんを迎えに来た人じゃないか?

 あの時はスーツだったから気付かなかったな……。


「ナオ君。私の写真、撮ってくださいよ」


「写真?」


 そんなことを考えていると、優羽さんが背後から声を掛けてきた。

 彼女も待っていて退屈になったのだろう、笑顔でこちらを見ている。


「テニスウェアを着た私の写真、個人的に欲しくないですか?」


「もちろん欲しいけど」


 テニスウェア姿だけでも素晴らしいのに、今の優羽さんはポニーテールでもあるのだ。

 そりゃあ撮影したい。

 ただ、問題は……。


 月島先生の顔色を窺う。


「こちらを見られてもな。お互いが良いのなら好きにしろ」


 月島先生は少し呆れていたようだが許可はしてくれた。

 ならば、思う存分撮りまくろう。


「ねえ優羽ちゃん、私も撮っていい?」


「ええ、もちろんいいですよ」


「わ、私も撮りたいです」


「ふふふ、いいですよ」


 カバンからスマホを取り出すあいだに、ヒヤヤッコと九条さんも撮影者に名乗りを上げていた。

 しかしライバルが何人いようと関係はない。

 写真撮影は自分との戦いなのだ。


 ――そう思っていたのだが。


「うわー、かわいい! すごくかわいいよ優羽ちゃん!」


「優羽さんこっちも見てください! 絶対ステキに撮りますから! 私を信じてください!」


 まずい。

 優羽さんはヒヤヤッコに笑顔を見せたあと、九条さんにウインクし、そのあとヒヤヤッコに手を振ってと、2人にだけサービスがいい。

 俺のほうをまるで見てくれない。


 このままでは俺の写真フォルダは、優羽さんの目線が来ているものが1つもない、盗撮写真集になってしまう。


「ゆ、優羽さん! こっちにも目線お願いしまーす!」


 勇気を出して声を上げた。

 すると。


「ふふ、ナオ君やっとだねー。――ちゅっ」


「ぐうっ!?」


 優羽さんは投げキッスをくれた。

 動揺してうめき声を上げてしまったせいで写真は撮り損ねたが、それでも嬉しい。

 なんていうか、俺だけ特別扱いだ。


「あ! 贔屓はだめだよ優羽ちゃん!」


「そうです! ファンは公平に扱ってください!」


「あははっ! たしかにそうだね」


 扱いの違いはヒヤヤッコたちにも分かったらしく、抗議されていた。

 優羽さんもテンションが上がっているのか、普段よりフランクに返事をしたあと、2人にも投げキッスをしている。

 俺もシレっと撮らせてもらった。

 ヒヤヤッコや九条さんに投げキッスする優羽さんの写真。

 うん、これはいいものだ。


「さて、皆さんも満足できたようですし、そろそろ私の撮影会は終わりにしましょうか」


「ありがとうございました!」


 他の2人は恍惚の表情を浮かべてぼんやりしていたので、代表して俺が頭を下げた。

 そして頭を上げたとき、俺の目に入ってきたのは優羽さんのニヤニヤとした顔。


「じゃあ次は玲香さんの撮影会ですね」


「えっ⁉ わたしっ⁉」


 ヒヤヤッコは衝撃で正気に戻っていた。

 しかし、ヒヤヤッコ撮影会か。

 俺も引き続き参加させてもらおう。


「いやいや、私なんか撮ったって楽しくないよ」


 わたわたと慌てているヒヤヤッコ。

 優羽さんはからかうような笑顔を浮かべ、そんなヒヤヤッコに近づいていく。


「あれれ? 玲香さん私のことあんなに沢山撮影したのに、自分が撮られるのは拒否するんですね」


「う、ううっ⁉ それとこれとは話が別っていうか……」


「私も玲香さんの写真撮りたいです。ダメですか?」


 可愛らしく小首を傾げながら、九条さんもヒヤヤッコに迫る。


「ヒメルちゃんまで⁉ いやでもよく考えてよヒメルちゃん。この流れだとヒメルちゃんも撮られちゃうよ!」


「私はむしろ撮ってもらいたいです」


「え⁉ そんな⁉」


 ヒヤヤッコのリアクションは今日も絶好調だ。

 そりゃ、からかわれるよ。


「なるほど、そうだったんですねヒメルさん。では撮ってあげますね」


「はい、ぜひぜひ」


 パシャっと優羽さんが撮影。


「ナオさんもどうぞ」


「え? あ、うん」


 俺も撮ったほうがいいらしい。

 九条さんから催促され少し慌てたが、パシャっと撮影。

 ラケットを胸元に抱きかかえた、ふわふわ笑顔の九条さんが写っている。


 いやこれすごいな。

 撮影した角度的に上目遣いになっていて、可愛さと同時に色気を感じる逸品である。

 ホントに俺が持ってていいのだろうか。

 まあ削除しろとは言ってこないだろうが……。

 というか間違って消したら後悔しそうだな。

 …………。


「玲香さんも是非どうぞ」


「うー、うー」


 ヒヤヤッコはしばらく唸り声をあげていたが、観念したようで九条さんを撮り始めた。


「……あ、ごめんヒメルちゃん、もう少し撮らせて」


 けれどすぐに開き直ったようだ。

 撮影に熱が入っている。


「あー、やっぱりかわいいなー! どう撮っても天使っ!」


 最終的には叫びながら撮影するヒヤヤッコ。

 テンションの上がり方が凄いが、気持ちは分かる。

 俺もあんなに雑に撮影したのに、たしかに写真には天使が写っていた。


「はーすごいなー、なんでこんなに可愛いお顔なんだろう。おめめも、おはなも、おくちも、全部可愛い。ずっと眺めていたい……」


「えっと、さすがにそろそろ……」


「あっ! ご、ごめんね、そしてありがとねっ!」


 間近でうっとりと見てくるヒヤヤッコに恐怖でも覚えたのか、九条さんが伏し目がちに終了を宣言していた。

 こうして九条さんの撮影会も終わり。


「あ、あの、優しくお願いします……」


 ついにヒヤヤッコの撮影会だ。

 恥ずかしがり屋なので、激レアイベントといえる。


「…………」


 パシャ!


「…………」


 パシャ!


「…………」


 パシャパシャパシャパシャ!


「な、なんでみんな無言で撮るの?」


 ヒヤヤッコは困惑していた。

 可哀想なので、俺が説明しよう。


「いいかい、ヒヤヤッコ。カメラマンっていうのは狩人なんだ。獲物が一番魅力的な状態になった瞬間をカメラで切り取らないといけない。集中力が必要で、だから声なんて上げてる場合じゃないんだよ」


「えぇ……。じゃあなんで優羽ちゃんのときは、あんなにわーわー騒いでたの……」


「…………」


 パシャパシャパシャパシャ!


「あとナオ君撮りすぎじゃない? 1人だけシャッター音の回数が違うんだけど……」


「ごめん」


 パシャパシャパシャパシャ!


「別に謝らなくていいけど……。でも、やめる気はないんだね……」


 俺のような素人カメラマンの場合、とにかくたくさん撮って幸運の到来を待った方がいいと判断したのだ。

 あと、ヒヤヤッコは困り顔がかわいい。

 今の表情をたくさん撮りたい。


 他の2人が無言で集中しているのも、そのあたりが理由だろう。

 というか、無言で写真に集中する2人も恐ろしく可愛いな。

 なんとか3人とも同時に映るアングルを探したいところだが……。


「う、うう……」


 あ、ヒヤヤッコが恥ずかしがってる!

 真っ赤な顔で俯いたぞ!


「今だ!」


「ここですっ!」


「玲香さん、可愛いぃぃぃっ!」


 パシャパシャパシャパシャ!


「うー、もうダメっ! 終わりっ! これ以上はムリだからね!」


 接近して撮影する俺たちの熱気に恐れをなしたようで、ギブアップするヒヤヤッコ。

 こうしてヒヤヤッコ撮影会も、盛況なまま幕を閉じた。



「じゃあ、次はいよいよメインディッシュ……」


 優羽さんは、どこかイヤらしい笑みを浮かべている。

 とはいえ俺も似たような表情かもしれない。


「月島先生だね」


 マコトはまだテニスクラブの女性と話しているようだが、これは本人のミスだ。

 彼のことは気にせず、みんなで先生を撮りまくろう。


「いや、私は参加していないぞ」


「え?」


 いつのまにかベンチで休んでいた先生の、素っ気無い返事。

 周囲を見回すが、みんな頷いていた。

 なるほど、思い返すとたしかに先生は撮影会に参加していなかった。

 誰も撮っていないのだから、誰からも撮られる筋合いはない。

 当然の話だ。

 となると……。


 頬が引きつるのを自覚しながら、女性陣の顔を見回す。

 ああ、やはりだ。

 3人とも――


 ――俺にニッコリと笑顔を向けていた。



「……いや、お前らなにやってんだ」


 ようやくマコトが戻ってきた頃には。


「あ、ナオ君目線くださーい!」


「す、すごいのが撮れちゃった……。バックアップしておかないと……!」


「ナオさん、投げキッスお願いします! カッコイイ感じと可愛い感じの2パターンで!」


 テニスコート付近ベンチ脇において、やぶれかぶれになった俺の撮影会が開催されていた。


 こうして――。

 趣味研の記念すべき校外活動1回目は、テニスに始まり写真撮影で終わった。

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