第2話 店主ユキさん

 商店街の一角に『喫茶ふがふが』はあった。

 今の時代としては賑わっている商店街だが、ふがふがは外れの方にあり通行人の数もかなり減ってしまう。

 それでもふがふがが営業できているのは、常連客を繋ぎ止めるだけの魅力があるからだ。


 大きな窓ガラス越しにお店の中の様子がなんとなく見えたが、昔と変わらない落ち着いた雰囲気で、少しホッとする。


 隣に立っていた美人局のお姉さんは、そんな俺の様子を無言で眺めていたようだ。

 目が合った瞬間、こちらに微笑みかけてきた。


「どうですか、素敵なお店だと思いません?」


「そうですね、思います」


 それに関しては異論が無いので、素直に認めた。

 彼女はウフフと笑いながらお店の中に入って行く。

 カランコロンというドアベルの響きに懐かしさを感じつつ、彼女に続いて店内へ。


 やはり記憶にある昔の姿とほとんど変化がない。

 木目調の落ち着いた雰囲気で、カウンター含めて30席ほどあるが、既に半分ほど埋まっていた。

 以前よりお客さんが増えたようで、そこが昔との違いと言えるかもしれない、


 とはいえ年配のお客さんが多いのは相変わらずのようだ。

 奥の席にいつもいた飴をくれるお婆さんは姿が見えないが、これまた毎日のように出現していた三人組のお婆さんは今日も来ている。


 そして。

 カウンターの奥から顔を出したのは、この店の美しき女性店主。


「いらっしゃいま……」


 彼女と目が合った。

 驚いたような表情が、すぐに笑顔に変わる。


「ナオ君? ナオ君でしょ。へー、ちょっと見ない間にずいぶんカッコよくなったじゃない。でも、そっかー、もう高校生になるんだもんね」


「お久しぶりです、ユキさん」


 霧島ユキさん。

 喫茶ふがふがの店主で、俺の幼馴染の母親でもある。

 年齢は知らないが俺と同い年の子どもがいることを考えれば若くても30後半ぐらいだろうか。

 もっとも見た目だけなら20代前半と言われても信じただろう。

 黒髪ショートカットが良く似合う美女だ。


 ちなみに『カッコよくなったね』は彼女の口癖というか、俺をからかう、いつものフレーズなので深い意味はない。


「ふふ、見た目だけじゃなくて中身も男前になったみたいだね。昔は褒めるとすごく照れてて可愛かったのに、今じゃ聞き流すようになっちゃったか」


「からかわないでくださいよ。内心はすごく照れてますから」


 久々に見たユキさんは昔の印象と変わることなく素敵なままだった。


 ユキさんの魅力は1つ1つの仕草が上品な所だろう。

 柔らかな微笑みからも気品を感じる。

 パッと見ただけでは少しサバサバした印象を受けるかもしれないが、実際はすごく優しくて冗談好きで料理上手、性格は良くそれでいて小悪魔的なところもあって胸も豊かで……と続くのだから大抵の男は彼女のことが好きになると思う。


 俺だってユキさんが幼馴染の母親でなければ、彼女目当てでこの店に通いつめたかもしれない。

 別に変な意味ではなく彼女を見ているだけで幸せな気持ちになるのだ。

 このお店が長年続いているのは彼女が店主であることも一因だろうと思う。


 などとユキさんに見惚れていたが、ふと美人局さんを放置していたことに気付いた。

 彼女は俺のすぐ隣に立っていて、ユキさんとのやり取りを見守っていてくれたようだ。

 いや、ただ単に俺が店主と知り合いということに驚いて口を挟めなかっただけかもしれないが……。


「ふふっ」


 美人局さんはこちらを見て微笑んでいた。


「…………」


 なにか言おうと思ったが、彼女の笑顔を見た瞬間言葉に詰まる。

 記憶に引っ掛かるものがあるのだ。

 そういえば最初に会ったときも似た感覚があった。


 彼女は出会った時からずっと微笑んでいた。

 けれどこのお店の中で見るその表情は、なにかが少し違うように思えた。


 ……誰かに似ている。

 いや、誰かではない……?


 もしかすると頭ではすでに理解していたのかもしれない。

 俺の視線は店内を彷徨ったが、すぐにカウンターのユキさんにたどり着く。

 瞬間ハッとした。


 ――彼女の笑顔はユキさんとよく似ている……!


 思わずぐったりと肩を落としながら、美人局さん(偽)を見た。


「なるほど、そういうことか。からかってたんだね」


「そんなつもりは無かったけど、ナオくん全然気付かないんだもん。笑いをこらえるのが大変だったよ」


 ユキさんと見比べてようやく気付いた。


 ――美人局さん。

 彼女こそが、俺の幼馴染なのだ。

 ユキさんの娘なのだから似ているのも当然だ。

 しばらく会っていなかったので成長した姿を見ても分からなかった。


 おそらく、なかなか店に来ない俺を迎えに来たのだろう。

 美人局でもナンパでもなかったわけだ。


 とはいえまだ疑問は残っている。

 彼女は姉妹2人の内のどちらなのだろう……?

 こういうのは間違えると尾を引いたりする。


 こんな悪戯をしてくる俺の幼馴染。

 思い浮かぶのは1人だけだ。

 若干、違和感はあるが……。


「えっと、ワルミちゃん?」


「ん? なにって言ったの? ごめんね、良く聞こえなかった」


 伝わらなかった。

 自信が無く小声になってしまったせいだろう。

 しかし彼女を見ているとさらに自信が無くなってくる。

 ワルミちゃんはこんなお淑やかな感じだったか……?

 あれから3年経過したとはいえ、どうもそんな気がしない。


 となれば……。


「えっと、優羽さん、ですか?」


「うん、そうだよ! 本当に久しぶりだね!」


「あ、うん。そうだね」


 優羽さんだったか。

 分かってみれば当然という気がする。

 どうもワルミちゃんに会いたすぎて判断力が鈍っていたようだ。


 優羽さんというのは双子姉妹のお姉さんの方になる。

 子どもの頃から正統派美少女という感じだったので、そのまま成長すればたしかにこうなるだろう。

 とはいえさすがに成長しすぎだ。

 俺と同い年なので4月で高校1年生になるはずだが、女子大生のような大人びた雰囲気があった。


 きっと妹のワルミちゃんも成長したことだろう。

 もっとも双子なので、見た目は優羽さんとあまり変わらないかもしれないが。


「優羽、悪いけどナオ君を家に案内してくれる? 荷物はもう届いてるから、確認もしたいでしょ」


 ユキさんがこちらにウインクしながら言ってくる。

 なぜウインクをしてきたのかよく分からないが、凄く幸せな気持ちだ。


「はいはい、分かってるって。じゃあ行こっか、ナオ君」


「うん、行こうか。じゃあ失礼します、ユキさん」


 ユキさんに頭を下げると、彼女はこちらに軽く手を振ってきた。

 もちろん、いつもの魅力的な笑顔と共に。


「夜には帰るから、またその時にお話しようね、ナオ君」


「は、はい! 楽しみに待ってます!!」

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