超短編⑥ 「オリーブ」

「処女って、どうでもいい見ず知らずの男に、さっさと奪わせるものだと思うの。」

グラスに入った氷が、溶けて形を崩し、コロンと音を立てて僅かに傾げた。

「ほう…」

男は言うと、オレンジの照明で鼈甲色に艶めくウィスキーを、喉へ流し込んだ。

 女はグラスに口づけをして、しかし飲まずに唇を離すと、

「女の子って、馬鹿だもの。」

と呟いた。

「愛したら愛した分だけ、裏切られた時辛いだけなのにね。しかも、そういう奴に限って、口が上手いのよ。」

「それが初めてだったら、なおさらじゃない?」

男は少し口をつぐんだ後、わずかに間を置いて

「男にとっては、好都合かもね。」

と女に向かって微笑んだ。

「だから言ったじゃない。馬鹿なのよ。」

女はグラスの中のカクテルを空にすると、男のグラスを一瞥して、マティーニお願いします。と、マスターに二本指を立てた。

「それなら、ぼくはどっちなの?どうでもいい方?」

グラスを持った手首を回して、氷が滑るように回転するのを眺めながら、男は訊いた。

女は程よく酒が回った、婀娜けた視線を男に向けると、

「あなたは素敵よ?口下手だもの。」

と微笑を浮かべた。

 カクテルグラスには、仕上げにオリーブが添えられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る