3-3


 夜中のひっそりとしたラウンジで、子供を泣かせているところを見られたら、変に誤解されてしまうだろうな、とラジは思った。


 幸い、2人以外には誰もいない。それでも、明々と灯るランプの光が、キトの頬を光らせた。


 いつマリが帰ってくるか分からないので、ラジは要点だけを実直に語った。


 マリの尾行をし、着いたのは畑。幻想花の栽培地。


 ラジは声を知られているので、町を歩いていたバックパッカーを買った。


 マリに向かってこう言え、と教えた。


 彼は自分でも何を言っているか分からなかっただろうが、よくやってくれた。


 謝礼に、モンフルールの離れた裏通りに建つ、小さなホテルを紹介してやった。


 この金で泊まれ、と、たしょう多額の紙幣を渡して。


 そのあとマリを追いかけて、町役場へ来たラジは、役場の受付でマリを案内する職員の声を聞いた。


「ああ、こんばんは、マリさん。奥の応接間でお待ちください。すぐ町長をお呼びしますね」


 それからラジはホテルに帰った。


 これだけの証拠をつかめたのは、幸いだった。


 あとは町長を狙い、吐かせればいい。


「ありがとう、ラジ。マリを変な花から引き離してくれて」


 涙を拭いながら、キトはお礼を言った。


「いつから、お祖母様が怪しいと思っていたの?」


「月曜の朝に、臭うんですよ。洗ったあとの、薄れた匂いが。嗅いだことのある人間にしか、分からない花の香りです」


「嗅いだことのある……? ラジ、あなたはいったい……」


 その時、ラジは椅子から立った。


「いったん本土に戻ります。明日の朝、フェリーの中で捜してみるつもりです。すぐに届けさせるようにと、言いましたからね。目に見えませんが、分かるはずです」


「ラジ、分かったよ。あなたは警察官なんでしょう」


 キトも立ち上がり、不安そうにラジを見上げる。


 ラジは少し笑ってやった。


「いいえ、違います。じつは、組織の一員でした。牢獄との交換条件に、インタビューに答えたり、こうしてデラを追っていたりしているんです。本土で嗅いだ香りをつけたら、この島にやってきました。それから、あなたのお祖母様を嗅ぎつけて……でもこのことは、内緒ですよ」


 キトはまっすぐな瞳で頷いた。


「お祖母様に近づくために、僕のボディーガードとして、雇われたんだね?」


 この坊やは賢いな、とラジは思った。


 マリ自身のボディーガードになっては、マリは警戒して思うように動いてくれなかっただろう。


 そのために、キトを利用した。


 突然のことで、まだよく分かっていないかもしれないが、彼はほっとした顔をしている。


 だが、まだ、まだだ。事件には、動機がいる。


 この町の町長が巻き込まれた理由も、キト、きみのお祖母様がさせられているそのわけも、俺がこれから、あばいてみせよう。


 幻想花のラインを消して、世の中のために、この身をつくそう。


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