14 明日
表彰式が終わると、僕はスーツのネクタイを緩めた。
定休日なのに、従業員は来てくれた。逆に、客の来ない定休日でないと、開催できない式典だった。
会場となった、デパート最上階のホールで、たくさんの新聞記者、テレビカメラが、僕につきまとっていた。
社長から感謝状を受け取ったあとも、インタビューでマイクやレンズを向けられて、僕はいっときのスターでいなければならなかった。
短い挨拶だけで、あまり話はしなかったが、上司の姿も、そこにはあった。
青村をここの警備に選んだのは私です、と、上司はそばの従業員たちに教えていた。
実際、その選択が、今ではいい結果になったと、僕はポジティブに考えている。
僕は弾ける拍手の中を、礼をしつつ歩き、ホールを出た。そして、ネクタイを緩めた。
「お疲れ様」
ホールから追いかけてきた、秋吉さんが、僕の背中に声をかけた。
キレイな白のワンピースだ。いつも制服姿しか見ていなかったからか、僕は改めて、彼女に見惚れてしまっていた。
何も言い出せずにいる僕に、彼女は笑って、「ついてきて」と言った。
二人で、手を繋いでデパートを出た。
午後三時の、雲一つない空の下。僕たちは弾むような足取りで駆けていた。
彼女が、橋の前まで来て止まった。
「この橋を渡って帰るのも、今日で最後。ここからの景色を、あなたと一緒に見ておきたかったの」
彼女は、今まで住んでいた、橋の向こうのアパートを、竜野の手に渡したと、話してくれた。
彼女の父親、秋吉博士が、十年振りに、ふらりと帰ってきたことで、彼女の意志は固まった。
明日からの住居は、橋のこちら側。海辺の近くに、今でも建っている、古い工場。
そこに建っているのが灯台だと、僕はなぜだか思っていた。灯台は海辺の、別の場所に建っていたのに……変な勘違いをしていたようだ。
修理や引っ越しで、かなりの費用がかかったと思うが、彼女は今までの貯金と、竜野の手助けで、なんとかなった、と言っていた。
橋の上から、水面を眺める。今、二人の周りに過ぎてゆく、時の経過のように、緩やかに流れる海の波。
さわやかな潮風が、彼女の髪を、服を、揺らす。
「また明日ね」
彼女が微笑みながら、手を振った。
「また明日、デパートで」
それから、くるりと背を向けて、一人歩いてゆく。
僕は追いかけたい衝動を抑えながら、見えなくなるまで、そこにいた。
また明日、彼女に会えると分かっている。
何も焦ることはないんだ。
僕らが想いをはぐくむのに、時間に限りはないのだから。
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