第31話 元カノの部屋

 ベルを鳴らしたら瀬利奈はすぐに出てくれた。

 白を基調としたゆったりの上服。胸元の小さなウサギ柄がとても可愛らしい。太ももを大きく見せるもこもこの白いショートパンツ。

 ラフな姿の瀬利奈に思わずドキッとしてしまう。


「いらっしゃい結翔くん。さ、入って入って」

「お邪魔します」


 瀬利奈に招かれて部屋に足を踏み入れる。

 フローラルフルーティーの豊かな芳香剤の香りが鼻孔を癒やして出迎えてくれ、それに混じり美味しそうな匂いが漂っていた。

 靴を脱いで揃え、瀬利奈の後に付いていく。


「晩ご飯まだだよね? ごめん、急だったからあまり手の込んだもの作れてないんだ」

「あ、いや、急に押しかけたようなもんだしご飯出してくれるだけでも感謝しかないって」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 いや、事実なんだが。

 泊めてもらえるだけでも助かるのに、ご飯まで言い出したらただの強欲野郎じゃないか。今回は瀬利奈が自分から言い出してくれたからありがたくご相伴にあずかるけど、普通ならあり得ない。

 リビングキッチンに入ると、買ってきたシュークリームを渡す。


「これ買ってきたんだ。冷蔵庫にでも入れておいたら?」

「シュークリーム! ありがとう! ご飯の後で一緒に食べよう!」


 袋を受け取った瀬利奈はスキップ気味に冷蔵庫を開けていた。

 後ろからチラッと覗かせてもらったけど、誰かさんの冷蔵庫と違って中身が充実している。鏡は見たくないけど、魚の干物や豚バラ肉のパックらしきものがその日使うでもないのに入っているのは言ってた誰かさんと大違い。

 冷蔵庫から視線を外し、次にキッチンを覗かせてもらう。

 手の込んだものは作れていない、と瀬利奈は言うが、パイ生地にビーフシチューというのは手が込んでないと言うのか? これが手の込んでない料理なら俺の普段の自炊は一体何だというのか。

 よく見たら作ってる途中でやめたみたいなものがラップに包まれてるし。


「なぁ瀬利奈。無理してこれ作ってない?」

「無理はしてないよ。でも、結翔くんが来るなら美味しいものを食べてほしいし」

「でもこれ別の料理作ってたんじゃ?」

「冷蔵庫漁ったらビーフシチューくらいしか思いつかなくて。豚の生姜焼きは明日に回すから大丈夫だよ」


 そう言いながら、他にもサラダの用意を始めていた。

 レタスとトマトとキュウリを切って皿に盛り、ある程度砕いた豆腐を乗せてゴマドレッシングをかける。

 鮮やかな手並みに見惚れていると、不意に瀬利奈が笑い始める。


「もうっ。そんなに見られると気になっちゃうよ」

「あ、悪い」

「ううん。……後は放置気味でも大丈夫かな? お風呂湧いてるから、結翔くん入ってきたら?」

「じゃあ、ごめんありがたく」


 断りを入れてお風呂に入らせてもらう。

 着替えなんか持ってきてるはずがないから、今着てるものをそのまま明日も着よう。お願いすれば洗濯機とか乾燥機とか貸してくれるだろう。

 服を脱いでカゴに入れ、整頓して浴室に。

 ふわりとした甘い香り。乳白色のお湯が浴槽に張られていた。

 シャワーで体全体を濡らしてから頭を洗おうとシャンプーに手を伸ばす。

 ごめんな瀬利奈。シャンプーもお借りします。

 以前泊めてもらったときと同じブランドだったから、肌に合うことは分かっている。

 しっかりと泡立てて指の腹で頭皮を擦る。

 普段の瀬利奈から漂うものと同じ心地よい香りが気分を落ち着かせてくれる。ほんの少しだけ違うのは、普段瀬利奈が使っているであろうボディソープを俺が使ってないからか、それとも女子から感じられる何か別の要因か。

 なんてことを考えながらシャンプーが目に入らないように目を閉じて頭を洗っていると、浴室の扉が開く音がする。


「お邪魔します。私も一緒に入るね」

「瀬利奈!? さすがにそれはマズいって!」

「どうして? 今さら私たち裸くらいで恥ずかしがらなくてもいいじゃない。この先だって既に経験してるんだし」


 細くて冷たい指がそっと肩甲骨を撫でてくる。

 瀬利奈の言うことは分からんでもないが、今の俺たちはそういう関係じゃない。

 それに、この距離でそんなことを言われたら、どうしてもお互いに全てをさらけ出して繋がったあの日々を思い出してしまう。

 背中に胸が押しつけられ、柔らかい感触越しに感じられる鼓動が温かい。目を閉じているから今どんな状況になっているかは分からないけど、耳元で優しく息が吹きかけられる。


「ごめんからかった。二人で一緒に入った方が電気代とか水道代とか安く済むと思って」

「ああ、そういうことか。まぁバスタオル巻いてるなら瀬利奈も安心だな」


 なぜか答えが返ってこない。

 どうにも嫌な予感がしたからシャワーの栓を捻ってお湯を出す。

 泡を全て洗い流してやっと目が開けられるようになり、慌てて振り向くとそこにいた瀬利奈は一糸まとわぬ姿であった。


「からかったって言ったじゃん!?」

「裸くらい恥ずかしがらないでーってからかったけど、実は今すっごく恥ずかしい……」

「なんでそんなことしたんだか」


 もう若干呆れるというか一周回って微笑ましいというか。

 瀬利奈の行動が可愛らしくて、ちょっと笑いながら素早く体を洗う。

 それから場所を瀬利奈に譲り、俺は湯船に浸からせてもらって浴槽の端に体重を預けた。

 極楽気分でゆったりのんびりさせてもらっているけど、瀬利奈が自分の体を洗う時に揺れる立派なものを目で追ってしまうのは男の性だから仕方がないとここに言い訳をしておきたい。

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