第23話 食が繋ぐ思い出
買い物を終えて家に帰ってくると、瀬利奈が早速親子丼を作り始めた。
具材を手際よく切り、鍋でつゆを作ってそこに切った具材を入れる。火が通ると卵を入れて、二重の蓋を形成する。で、俺にはよく分からないけど瀬利奈だけが知っている卵がふわっとするタイミングがあるらしく、その時に火を止める。
それから、ご飯の上にのっけて最後にネギを振りまけば瀬利奈お手製のふわとろ親子丼の完成だ。
二つ分、机に運んでお茶を淹れると、向かい合って食事となる。
一口食べてみて、やっぱり美味しいなと思う。当たり前の話だけど、コンビニやチェーン店で出されるような親子丼など比較するのもおこがましい。
ふわっふわの卵にくるまれた鶏肉に舌鼓を打っていたら、瀬利奈が腕を伸ばして唇横を突いてくる。
「米粒。ゆっくり食べても大丈夫だって」
「あ、あぁありがとう」
えっと……白田先輩と一緒に海鮮丼を食べたときも思ったけど、俺の顔には米粒を引き寄せる磁石か何かが埋め込まれているのだろうか。そんなにガッとかきこんでいるわけでもないのに米粒が引っ付きすぎじゃないか?
しかしまぁ、無意識なだけということも考えられるから少しペースを落としてゆっくりと味わう。
甘味と塩気、柔らかい肉の風味が同時に広がって頬が蕩けそうだった。
あっという間に空になってしまう。お腹も膨れてすっごい満足。
「ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさまでした」
にっこり笑った瀬利奈が食器まで洗ってくれた。
さすがに何もかも任せきりは申し訳ないと思ったけど、手伝おうとしたら瀬利奈に断られてしまった。
代わりに、餃子を作るから具材の用意をお願いされる。そのくらいは任せとけってものだ。
洗い物をしている横で野菜をみじん切りにしていく。
かなりの量があるから大変だけど、これも美味しい餃子のためだと思えば苦ではない。
途中、玉ねぎに目をやられて目に涙が浮かんだら、横から瀬利奈がティッシュで涙を拭いてくれる。
「こうしてると、思い出すね」
「え、なにを?」
「夏の頃。ほら、私が一週間くらい泊めてもらったことあったでしょ」
「あったなそういえば」
あの時も確か、今日みたいに餃子を作っていた気がする。
自家製餃子は初めてな俺がいろいろと失敗をやらかしていた。
野菜が多すぎて。胡椒をひっくり返して瀬利奈のくしゃみが止まらなくて。いざ肉を混ぜるって時になって豚肉と牛肉を間違えて買ってきたことに気が付いて。
結構ドタバタとしていたけど、あれはすごく楽しかった。
できあがった餃子を二人で食べたら、一緒に映画を見て夜は……。
「ねぇ結翔くん。私……」
「瀬利奈?」
「……ごめん忘れて。調子に乗って高望みしすぎた。さっ、早く仕上げちゃおう?」
何かを言いかけたけど、すぐに話題を切り替えられてしまった。
でも、瀬利奈が言いかけたことは分かる気がする。
その気持ちに応えたいのは俺だって同じだ。だけど、その一歩を踏み出すことがどうしてもできない。
恥ずかしい話、まだ油断してるとあの日を夢に見る。
もう絶対にあんなことにはならない、あれは葛谷のせいで瀬利奈は悪くないと分かってはいるんだけど、どうしても、を想像してしまう。
そんな時に決まって涼華と白田先輩の優しさが思い出されて……。
すっごく不純だとは自覚しているけど、自分の中で答えを出すにはまだ少し時間が必要になりそうだった。
「そう、だな。次は調味料と挽肉を混ぜ合わせて野菜と一緒に皮に包むんだっけ?」「うん。皮を出しておくから混ぜたの渡して」
手際よく皮を用意した瀬利奈に餃子のタネが入ったボウルをパス。俺も席に座って一緒に皮に包んでいく。
二人でやるとかなり早い。夏は分量を完全に間違えていたから大変なことになったけど、今回は失敗の記憶と作るのが一人分だから問題は特に起きなかった。
あっという間に大皿いっぱいの餃子ができあがる。あとはこれを焼けば完成だ。
作業を終え、瀬利奈が手を洗った。
そして、鞄を提げると玄関に向かっていく。
「じゃあ、私はそろそろ帰るね。久々に結翔くんの家に来れて楽しかったよ」
「そうか。別にいつでも来てくれていいからな」
「そう? じゃあ、今度連絡するから……その時は、もう少し長くいさせてもらってもいいかな?」
「もちろん。じゃあ、気をつけてな」
玄関で靴を履き、扉を開けて片足分だけ外に出る。
そこで振り返った瀬利奈が視線を下げた。
「結翔くん。あの、岩城さんに伝えてほしいことがあるんだけど」
「涼華に?」
「うん。この前、大学で高圧的な態度を取ってごめんなさいって伝えてほしいの。直接会って謝りたいとも」
「あいつはそんなの気にしてないと思うけどな~。でも、伝えておくよ」
「ありがとう。じゃあ、またね」
またね、という言葉には次もまた会えるというある種の約束のような意味合いもあると考えている。
今となっては完全に繋がりを断ちきりたい相手ではない瀬利奈とその言葉を交わせるだけで、今は満足だと理解して欲しいと思う自分がいた。
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