第20話 餅投げ本番
店のおっちゃんのかけ声と共にクラッカーが鳴らされて、一斉にお餅が投げられた。
広範囲に散らばるように降ってくる餅に対し、老若男女関係なしに人間が群がっていく。俺もその中の一人だ。
足元に落ちた餅を素早く拾う。誰かに取られる前に素早くジャンプして空中でかっさらう。
卓球で鍛えた動体視力をなめるんじゃない。軌道を見極めることなんて簡単なことだ。
「うおっ!?」
ただ、たまに飛んでくる弾丸は恐ろしい。
大人に混じり、多分お店の人の子供さんたちも一緒になってお餅を投げている。
が、大人たちがふわっと広範囲に散るように投げているのに対し、子供たちはそういうのお構いなしに全力投球だ。硬い餅がまぁまぁ速度を出して飛んでくるから当たると結構痛い。
誰が投げたのかを上手く見極め、明らかに危ないやつは一旦地面に落とすことで威力を低減させる。そこからガチで拾いに行くのだ。
安全を確保しつつ、餅をかっさらっていく。順調すぎて楽しい。
そう思っていたけど、盛り上がってきた男の子が結構強い力で餅をぶん投げるのが見えた。
そして、なんとも不運なことに餅のコースにはちょうど白田先輩が立っているのが見える。
「危ないっ!」
「え……」
気付いた時には体が動いていた。
餅から先輩を守るように左腕を伸ばす。届くかどうかはもはや賭けだが、果たしてどうだ?
左手に鈍い痛みが走った。
指とかじゃないだけまだマシだけど、かなり痛い……。
でも、痛みがあるってことは先輩を餅から守れたって事ではなかろうか? それなら報われるんだけど。
ある程度餅は拾えたことだし、もみくちゃ状態の人混みから離脱する。これ以上あそこにいたらさらに腕を負傷しそうなことだし。
会場からちょっと離れた練り物屋さんの前まで避難。
と、どうやら先輩も抜けてきたようで、心配した表情で俺の腕を見つめている。
「結翔くん大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよこのくらい……って」
「やっぱり痛そう。見せて」
そう言うと、先輩が屈んで手を取り間近で見てくる。
吐息が触れてくすぐったい。ひんやりとした優しい感触に少し意識してしまう。
「ちょっと腫れちゃってる……ごめんね?」
「いやいや。あれは弾丸と化した餅が悪いんで先輩は何も悪くないですよ」
「でも、私がボーッとしてたから。とりあえず湿布貼らないと」
「持ってるんですか?」
「湿布と絆創膏は持ち歩いてるんだ」
さすが先輩、女子力が高い。
女子力が高い人は絆創膏とか持ち歩くって涼華が言ってたけど、本当だったのか……。絶対に嘘だと思ってた。
鞄から湿布を取り出し、餅が直撃した箇所に貼ってくれる。ヒヤリとした感触と、湿布のあの臭いようなクセになるような微妙な匂いが鼻に届く。
処置が終わると、同時タイミングで餅投げの終了を伝える声が聞こえてきた。
「あ、終わっちゃった」
「先輩拾えました?」
「うーん……あんまり拾えなかったかも」
先輩が持ってる袋を見ると、たしかに餅はあまり入っていなかった。
先輩の家族が来てるかは分からないけど、先輩が拾った分だけでは足りないと思う。妹さんたちが食べ盛りの年頃だったのならなおさら。
それなら、どうしたらいいのかは簡単に分かる。
「先輩。よければこれどうぞ」
自分で拾った分の餅を差し出す。
驚いたように目を見開いた先輩は、慌てて手を振って受け取りを拒否してきた。
「だめだよ! これは結翔くんが拾ったものでしょ?」
「でも、俺こんなに食べませんし。二つ三つ焼いて醤油かけるくらいなんで、ご家族と一緒にどうぞ」
「……そっか。うん、じゃあありがとう」
と、先輩は何かを思い出したように手を打った。
餅を一つ取り出して俺の袋にすっといれる。
「先輩?」
「実はね、お年玉入りの餅を拾ってたんだ。まあ中身は大して入ってないと思うけど、結翔くんにあげるね」
それはありがたい!
先輩からもらったお年玉入りの袋を取り出して開けると、雑貨屋にあるような可愛らしい絵柄のポチ袋があった。
中を確認させてもらうと、五百円硬貨が一枚入っている。
硬貨って危ない気がするんだけど。弾丸餅の威力をさらに向上させるだけでは?
ただ、このリターンはありがたいことは事実だから嬉しい。
さて、と。
餅投げが終わってぞろぞろと皆が解散している。
俺も先輩もそろそろ移動するかな。
途中で見つけた水産屋さんを次の目的地としたい。もう既に海鮮丼を楽しんだことだけど、今晩は刺身とお酒を並べて適当に動画サイトで配信でも見ようかな。
◆◆◆◆◆
結局、マグロとサーモン、ブリの柵を買ってしまった。お酒は……スーパーで買おう。
残念なことに、先輩はそろそろ帰らなくてはならないらしい。今は二人で電車に揺られているところだ。
うっすらと日が沈んでいく様子を窓越しに眺めていたら、先輩が頭を倒して肩に乗せてくる。
「結翔くん。今日はとっても楽しかったよ、ありがとう」
「こちらこそですよ。おかげで暇せずにすみました」
「ふふっ、そろそろ、駅に着くから私はここで」
頬に柔らかくて湿ったものが触れた。
驚き先輩を見ると、頬を朱に染めて慌てて立ち上がるところだった。
「じゃあねっ。よいお年を! 来年も仲良くしてねっ」
「あ、え、あ! はい!」
駅に着き、先輩が電車から降りていった。
先輩の唇が触れた頬を触る。
なんだろうか。来年は、波乱になりつつもとても楽しく充実した一年になりそうな気がしてきた。
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