第18話 市場にお出かけ
待ち合わせ場所に指定された駅前の銅像前で先輩を待つ。
なんか、動きやすい服できてほしいと言われたけど、果たしてどこへ連れて行ってもらえるのか。
そんなことを考えながらスマホを弄っていると、視界の端に先輩の姿が映った。
「あ、ごめんね結翔くん! 待たせちゃった?」
「全然。今来たところですよ」
本当はちょっと待ったけど、それを言うのはマナー違反というもの。待ち合わせの常套句である今来たを使おう。
先輩の今日の服装は……ダメージジーンズに薄手のTシャツ。その上に一枚上着を羽織っているらしい。見た目は少し寒そう。
でも、いかにも若者といった感じで先輩によく似合っている。
「先輩今日の服装似合ってますね」
「ありがとう! いやー、実を言うと汚れてもいい服がこれしかなかったの。似合ってるのならよかったよ」
「汚れてもいい服……?」
ほんと、どこに行くのだろう?
やはり疑問に思って首を傾げると、先輩が俺の手を引いて歩き出した。
「さっ、早く行こう?」
「あ、はい!」
言われるまま先輩について行く。
電車の切符を買い、改札を抜けて駅のホームへ。
年末ということで帰省した人が多いのか、なんだか人が少なく感じられた。普段はもっとギチッと人が詰まっている気がする。
やがて来た電車に二人で乗った。席が偶然空いていたから並んで腰掛ける。
「そういえば先輩」
「ん? どうしたの?」
「俺たち、どこに行ってるんですか?」
気になっていたことをここで聞く。
ハッとした表情を浮かべた先輩がスマホを操作した。
見せてくれた画面には、美味しそうな海鮮料理やイベントの情報などが記載されている。
「市場に行こうと思って。ここ、実は毎年行ってるんだよね」
「市場? あぁ、ここは美味しい海鮮丼が有名ですもんね。それを目当てに?」
「それもあるけど、一番はお餅投げかな」
餅投げ。だから動きやすい服装なのか。
というか、なんか意外だった。先輩と餅投げってあまりイメージが結びつかない。
「もしかして毎年餅投げに参加してるんですか?」
「あー! 意外って顔してる! 私、そんなにイメージない?」
ないですねぇ。
そんなことを正直に伝えてみたら、先輩が笑い始めた。
「あははっ! 結翔くんには話したっけ? 私、実家暮らしで下に妹二人と弟が一人いるって」
「そうなんですね。だから年末にこっちにいたんだ」
「そうなの。で、人数が多いから年明けにお雑煮を作るとなったらお餅がたくさん必要になるんだ。この機会に無料の餅をたくさんもらっておかなくちゃね!」
さすが先輩しっかりしてる。
「でも、ダメージジーンズとか履いてきて大丈夫ですか? 危ないと思いますけど」
「これ以外に動きやすいのってジャージしかなかったからね。ボロボロだし捨てようと思ってたやつだからいいの」
「普通に破れたジーンズだった!?」
そういうファッションかと思ってしまった。動きやすいというよりダメになってもいいものだったとは。
電車は進み、目的地まであと少しというアナウンスが入る。
ないと思うけど一応忘れ物がないか身の回りを軽く確認して、席を立つと車両が駅の構内に入った。
周囲の人も同じ目的だったようで、これまでの駅よりも多くの人が降りていく。その中に混じり、俺たちも電車を降りた。
駅を抜けた先の市場は大盛り上がりだった。
あちこちから年始の料理に使う食材のお買い得情報が聞こえてきて、多くの人がそれらを買い求めている。新年最初の贅沢として高級肉や高級魚介を売る声も混じっていた。
特に多く聞こえるのが蟹だ。水炊きにして食べたら美味しいけど、残念ながら一人暮らしの我が家にはそんなに大きな鍋はないし一緒に食べる相手は現在里帰り中だ。
いろんな所をじっくり見て回りたい。買うかどうかはさておいて。
まぁ、市場に行くと思わなかったからそんなに現金は持ってきてないんだけどね。クレジットカードが使えたら助かるんだけど。
餅投げのイベントチラシもそこらで貼られていた。開催まではまだ時間がある。
「結翔くんはどこか行きたいところある?」
「そうですね……プチ贅沢のためにお刺身とか買いたいですけど傷んじゃいますからね」
「そうね。それは餅投げの後で買った方がいいと思う」
「ですよね~」
「よければさ、腹ごしらえをしておかない? 腹が減ってはなんとやらだよ」
先輩がお財布から格好よくクレジットカードを取り出した。
「名物の海鮮丼を先輩がご馳走してあげよう!」
「マジすか!? ごちになります!」
人のお金で食べるとなるとさらに美味しいと感じられると思う。
その誘惑には抗えず、先輩の後に付いて海鮮丼の店に向かおうか。
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