記憶の移植に愛情は苦甘い

ぞぞ

第1話

 何の脈絡もなく、唐突に「推しアイドルとデートできます」と言われたくらい、信用のできない話だった。駅前を歩いていたら、急に呼び止められ、一枚の紙を手渡されたのだ。そのペラペラのコピー紙には「治験協力で最大十万円」と印字されている。顔を上げれば、滑らかな肌をした色白の男――いや、少年にまだ片足突っ込んだくらいの青年と目が合った。

「ご協力、いただけますか?」

 『捨てられた子犬のような目』というのは、こういうののことを言うのだろう。いや、待て、こんな場面で『捨てられた子犬のような目』を使うな。

「あの、不審に思われるかもしれませんが、きちんとした研究なんです」

 彼はそう言い、有名大学の名前を出して続けた。僕はこの大学で脳科学に関する研究を行っている学生です。それで、ちょうど記憶障害に苦しむ人に電子データ化した記憶を移植するための様々な治験を行っているところなんです。今回は過去の出来事のうち、不明瞭な部分をデザインしたデータを記憶として移植し、人格に影響が出ないかどうかを確認したいんです。そのための治験にご協力を――

「それって、私の人格に影響が出るかもしれないってこと?」

 つい説明を遮っていた。けれど、さすがに怖い。

 少年にまだ片足突っ込んだくらいの青年は、鳩尾に一発食らったかのように眉間を歪めた。

「いえ、その可能性は極めて低いです。ほぼないと思って貰って大丈夫なくらいです。というのは、今回の治験は聞き取りした記憶に、ほんの少しのデザインした記憶を追加移植し、その記憶に違和感がないかどうかを確認するだけなんです。例えば、夕飯のおかずにめかぶを一品追加する、くらいです。その記憶が馴染めば、問題なし、ということです」

 なんでめかぶ? という思いもあってか、SFチックな話の割に、内容が随分小さく感じられた。脳をいじるのだという大きな不安と、その程度かと肩透かしを食ったような気分の両方が胸を漂った。けれど一方では、ようやく追いついてきた好奇心が、物語のページを開きたがってもいた。それに、苦労せず僅かなリスクだけで十万円も貰える、その甘い誘惑にも後押しされた。気づけば、チラシを持つ手に、ギュッと力が入っていた。

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