03 ユートゥルナ
ところで、このカトゥルスとファルトの新生ローマ艦隊は、コルウスを装備していない。
「
とは、艦隊建造時のカトゥルスの意見である。
「それに、
ファルトも同意見で、もはやローマの国庫は尽き、ローマ市民の篤志によって船を作る以上、出費は抑えたいというのが本音だった。
だが、そう思いつつも、やはりコルウスが必要なのでは、という意見が
彼ら
カトゥルスとファルトは、彼らと大いに話し合った。
そして最終的に、カトゥルスの次の主張が通った。
「……今後、ローマは、この地中海を
でなければローマは沈む、ファルトが付け加えた。
シチリアに到達したローマ艦隊がまず目指したのは、リルバイウムとドレパナである。
この両都市はシチリア島の西部にあり、島内に盤踞するハミルカルに対し、カルタゴ本国からの輸送の経路であり拠点である。
流れる潮のように速やかに、ローマ艦隊は両都市を囲んだ。
「それ見たことか」
ハミルカルは本国へ使者を送った。
「われ、ローマ艦隊に包囲さる。救援ありたし」
実際、ハミルカルはドレパナにてローマの攻囲を破るために戦いを仕掛けている。
これにはハンノも艦隊を派遣せざるを得なくなり、急ぎ二百五十隻もの艦船を用意させた。
だが。
「乗組員が足りない?」
ハンノが海軍国家カルタゴの威信にかけて集めた艦船ではあるが、相次ぐ戦いのため、カルタゴにも
「海軍を解散した時の兵はどうした? 傭兵は?」
当然の疑問をハンノが口にすると、それを雇うだけの金銭が無い、という答えが返って来た。
ハンノは
それこそが、彼が海軍を解散した理由だからだ。
「ええい! ならば集められるだけでいい! とにかく集めよ!」
ハンノとて、ハミルカルがドレパナでローマ軍と戦っているその後背から、攻撃した方が良いぐらいのことは分かる。
とにもかくにも、急造されたカルタゴ艦隊は、こうしてシチリアへと向かった。
そしてカルタゴにとって有利な風、西から東へ向かっての風を待つことにした。
シチリア西方、アエガテス諸島にて。
カルタゴの動きは、だがローマには知られていた。
ドレパナ沖。
ローマ艦隊の、今はまだ名の無い旗艦にて。
「
この時カトゥルスは、ドレパナにおける包囲戦において大怪我をしていた。
「やはりハミルカルは一筋縄ではいかなかった。おかげでこのざまだ」
「…………」
ファルトは意気消沈した。カトゥルスはしかし、そこまで落ち込んではいなかった。
「だから
「私が……ですか」
「そうだ。まさか与えられた
「いえ……しかし」
ファルトは
それでも、これまでカトゥルスが営々とお膳立てをしてきたカルタゴとの決戦において、その指揮をカトゥルスから譲られるというのには、
「ファルト」
カトゥルスはファルトの肩を掴んだ。
「
そしてそれこそが、ローマが世界に、未来に誇る財産だと思うと、カトゥルスは語った。
「素晴らしいことではないか。ひとりでできなくとも、別のひとりが。そもそも、ひとりでできないからこそ、こうして組織で、集団で戦っている」
任せる。
それは戦争に限らず、何事においても、例えば商いなどの営みにもそうできる。
「これあればこそ、ローマは伸びた。そしてこれからも。そして仮にローマが無くなったとしても」
人々の未来へと役立つことだろう。
ファルトは頷いた。
「であれば、私が
「代わりと言うか……君自身の戦いだよ、ファルト。まあどちらにせよ、任せる。
そうでした、とファルトは頭を掻いた。
「では、私は舟を下りる。指揮しない指揮官など、邪魔以外の何物でもないからね」
その際、カトゥルスはひとつだけファルトに注文を付けた。
「この
「私が?」
「そう。今、君が指揮するのなら、君がつけた方が良い」
最後にカトゥルスは片手の親指を立てて、そして去っていった。
それは、古代ローマで満足のいく行いをした者だけができる仕草であった。
この時、ファルトは泣いていた。
「どうして嬉しいのに涙が出るの?」
その自問の答えをファルトは知っていた。
「……それだけの大きさを持つからだ」
そう呟いてから、彼は船長を呼び、船名を告げた。
ローマ艦隊の旗艦は「ユートゥルナ」と名づけられた。
ユートゥルナ。
神話において、剣を落とした戦士に剣を与え、瀕死の戦士を逃がす女神である。
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