第11話 アーリー視点
私の名はアーリー・ハルベルト。
歴史あるハルベルト侯爵家の当代当主にして、アーセナル王国冒険者ギルドの代表を務めている。
「よし。ではこの書面を本部へと届けてくれ」
「確かにお預かりいたしました。では早速出発いたします」
「うむ」
我がアーセナル王国は小国ながらも1000を超えるギルド支部を抱えており、そのトップに立つのがこの私という訳だ。
当然下に任せっきりに出来るような仕事ではないので、私は毎日激務に追われている。
冒険者ギルドと言うのは複数の同盟国内で組織された巨大組織であり、単なる仕事斡旋や問題解決を司る組織に留まらず、国家間を繋ぐパイプ役としての役目もある。
そのため国王陛下から直々に他国へと派遣され、そのお言葉を伝える重要な外交官の一人でもあるのだ。
「お疲れ様でございます旦那様。お夕食の準備が出来ておりますので、お持ちしてよろしいでしょうか」
「ああ。頼む。ところで――
私は最も信頼している執事のクライムに、つい先月娶ったばかりの我が妻、ルイナ・ハーキュリーのことを訪ねた。
いや、今はルイナ・ハルベルトと呼ぶべきだったな。
「奥様でしたらお変わりなく過ごしておられます。どうやら先代様の蔵書に強い関心がおありのようで、毎日のように読み漁っているとメイドたちが申しておりました」
「そうか。それは何よりだ。くれぐれも丁重に扱うようメイドたちに徹底しておいてくれ」
「かしこまりました。しかしながら、奥様はメイドたちとすでに馴染み、親しくしていただいてるご様子ですので、ご心配には及ばないかと」
「分かった。では食事の用意を頼む」
私がそういうと、執事は極まった美しい所作で一礼し、部屋を後にした。
妻の身を案じるならば直接足を運び確かめるべきだろうと多くの者は口にするだろうが、私にそのような資格はないのでな。
私は激務に加えスケジュールが全くと言っていいほど安定しないので、妻とのまとまった時間を取るのが極めて難しい。
そのため妻との関わりを一切断ち、別宅にて暮らしてもらっている。
中途半端な関係を望まない、私なりの誠意のつもりだ。
そもそも何故今になって妻を娶ったのか。
それは私がまもなく30を迎え、そろそろ跡取りについても考えなくてはならない時期となったのもあるが、こうして多くの貴人と関わる身であるとそういった話題について触れられることが少なくないためでもある。
だが生憎と、今より7年ほど前に先代――父を亡くし、若くして当主と代表の座を継いだことで20代のほぼ全てを仕事に捧げた私に意中の相手などを作る余裕はなく、見合いのリストもいくつも私の下に届いたが、どうにもピンとくる相手が見つからなかったのだ。
そうこうしている間にあっという間に時は流れ、周囲のプレッシャーが増していき、どうしたものかと頭を悩ませ、昔の縁で繋がりがあった神父バークスの下へと尋ねたある日のことだった。
町はずれのぼろ教会で幼い子らの面倒を見ながら暮らす彼は、清廉な心と広い見聞を持つとギルド内でも噂で、私も当主の座に就いたばかりの頃は身分を隠し、具体的な内容は避けつつも話を聞いてもらいに行ったことが何度かあった。
ここへ足を運ぶのは久しいが、そこには見慣れない少女が一人、子供たちと楽し気に遊んでいるのが見えた。
鮮やかな浅緑の髪を長く伸ばし、穏やかな藍色の瞳には何か強い信念を感じる奥深さがある。
か細い少女の身でありながら、どこか力強さと強い存在感を覚え、その所作には隠し切れない美しさと繊細さを兼ね備えていた。
その少女はこちらの視線に気づいたのか、一瞬こちらへ振り向き、少々照れ臭そうに可愛らしい笑顔で会釈してきた。
「おや、これはこれは
「久しいなバークス殿。ふと近くまで来たので立ち寄らせていただいた」
「そうでしたか。さ、こんなところで立ち話も何でしょう。温かいお茶でも用意しますので中へどうぞ」
「バークス殿。子供たちと遊んでいる彼女は一体?」
「おや、ルイナさんのことですか。彼女はですねえ……」
彼曰く、
さらに類稀なる回復魔法の才を持ち、その才能を磨くべくギルドの治療院での手伝いもしているとのことだった。
「――いったぁっ!!」
二人で子供たちと遊ぶ彼女を眺めていると、はしゃぎ過ぎた男児が派手に転んでしまい、膝を強く打ってしまったようだ。
「ううぅぅぅ……」
大きく擦り剝けて血がだらだらと流れており、男児の目に溜まった涙がこぼれ落ちるのも時間の問題だった。
「ほーら、泣かないの。よしよし、お姉ちゃんがすぐ治してあげますからね」
「うぅ、ルイナねーちゃん……」
「ルード君は強い子だから、ちょっとの間我慢できるよね? ぎゅっと目を瞑って頭の中で5秒数えてごらん。ほーら、1,2,3,4、5! はい、もう痛くないでしょ?」
「う、うん。もう痛くない……」
「よく我慢できたね。えらいえらい! さ、気を取り直してあそぼ!」
「うん!」
バークスの言う通り彼女はあっという間に傷を癒してしまった。
他の子たちも彼女を信頼しているのか、心配そうにしつつもじっと見守っていた。
私は不思議とその光景に目を奪われていた。
「彼女が気になりますか?」
「…………」
否定できなかった。
今はバークスと話をしているはずなのに、目線は常に
私はどうやら彼女に一目惚れというのをしてしまったようだった。
教会を後にしてからの私は、気づけば彼女についての情報を密かに集め始めていた。
王都のギルドで働いていると聞いたので、少々職権を活用して直接顔を拝みに通ったり直接話したりもした。
もちろんその時の私の正体は明かしていないからルイナは今も知らないだろうけど、あの時の私はとっくに恋に落ちていたのだ。
だから彼女を娶った。
言い方は悪いが、彼女の正体がハーキュリー伯爵家の令嬢と知った時、幸運だと思った。
この立場故に縁談話はすぐに上手くいったのだから。
「本当にルイナでよろしいのですか? 我がハーキュリー家には他にも――」
「いえ、ルイナ嬢を我が妻として迎えたい。その意志に変わりはありません」
彼女の父は何故か他の姉妹を勧めてきたが、私が惚れたのはルイナただ一人。
だから他に選択肢など存在しなかったのだ。
そしてあっという間に結婚が決まり、彼女は私の下へやってきた。
前日は柄にもなく気持ちが舞い上がり、なかなか寝付けなかったのを覚えている。
だけど私は彼女を妻に迎えるにあたって、決めていたことがある。
それは我がハルベルト家、そして私自身の手によって彼女を縛り付けるような真似をしないという事。
真剣にまっすぐ愛をぶつける余裕がないのならば、彼女に重荷を背負わせないようにしたいということ。
中途半端な関係は、決して長く続かない。
私の父も複数の妻がいたが、その関係は決して上手くいっていたとは言えなかった。
「君は我が妻として存在してくれているだけで良い。他は何も求めん。近くの別荘を与えるから、そこで暮らしてくれ。不自由はさせん」
己の感情を押し殺し、私はそれを彼女に告げた。
彼女とは事前の付き合いもなく、そして私自身が今後夫婦としての時間を満足に取ることすら難しい状況に置かれている。
ならばせめて、面倒ごとからは切り離して、彼女が自由に生きれるように計らった。
噂によると彼女は貴族令嬢としての才能に乏しく、両親は婚約相手にも困っていたと聞いた。
回復魔法についても満足に勉強できる環境になかったようだ。
だからこそ彼女はそれに思い悩んで教会に通っていたのだ。
ならば私が貰ってしまおう。そして私が自由に生きる環境を与えよう。
そしてその生き様を特等席で眺めたい。それだけが我が望み。
こんな自分を彼女は決して愛してはくれないだろう。
だけどそれでいい。
私が彼女を愛し、彼女を最も近くに置いておく権利を貰えたなら、私はそれで満足だ。
だがいつか、私が己の環境を整え掌握し余裕が持てる日が来た時に、彼女が私の声に振り返ってくれる心が残っていたら、その時は本当の夫婦になれたら良いなと夢に描く私も確かに存在しているのだった。
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