お飾り妻生活を満喫していたのに王子様に溺愛されちゃった!?

あかね

第1話

 私は知っている。

 自分が出来損ないだって言うこと。

 両親が求めるような娘になれなかったことを。


「ルイナ。お前の嫁ぎ先が決まった。お相手はハルベルト侯爵殿だ」


 だからあの日、お父様が私に望まない政略結婚を求めてきた時もなにも不思議に思わなかった。


「分かりました。お父様」


 だからこそ笑顔で頷いて見せた。

 それが私にできる、両親へのせめてもの恩返しだから。


 父は喜んでいた。

 お父様が私に笑いかけてくれるなんていつぶりだろう。


 アーリー・ハルベルト侯爵様。

 先代の御父上が急遽され、若くして当主となったお方で、厳格な目つきと長身が特徴的。

 しかし鮮やかな黄金色の髪を靡かせる様は物語に登場する王子を連想させ、その端麗な容姿から学院の女子からも多大なる人気を得ていたのを覚えている。


 でも私は会ったこともない人に恋に落ちるだなんて経験はない。

 というか、19歳にもなって誰かを本気で好きになったことがない。

 もう周りには嫁いで子供を設けた女の子もいるというのに。


 だからもう、いいの。

 私の名はルイナ・ハーキュリー。

 ハーキュリー伯爵家に生を受けた貴族令嬢だ。


 貴族に生まれた時点で恋愛結婚に至る女の子はほとんどいない。

 多くの子は好きでもない相手と結婚させられ、嫁ぎ先の人間としてそのまま一生を終える。

 そんなことは昔から分かりきっていた。


 だからせめて――これから旦那様になる人を精一杯好きになろう。

 どんな人で、どういうものが好みで、どうすると喜ぶのか。

 一生懸命調べて、全力で私のことを好きになってもらって、そうして私も彼を好きになろう。


 それくらいの自由は――許されるよね?


 そんな想いを抱きながら。

 私はまだ会話すらことのない、10も年上の男性に想いを募らせながら、その日は眠りについた。


 そして翌日。

 もう既に決定事項として裏である程度の段取りをつけていたのだろう。

 私は早速アーリー様とお会いするべく、早朝からハルベルト家へと向かうことになった。


 ハルベルト侯爵家は我が国の重要な産業である冒険者ギルド及びそれに関連する商工業の元締めだ。

 冒険者ギルドは未開拓の地や様々な秘境を求めて旅する旅人や、魔物と称される危険な生物を討伐する戦士、あるいは町中至る所に存在する困りごとの解決屋なんかをまとめる組織。

 要はなんでも屋さんの冒険者にあらゆる仕事を割り振る斡旋屋さんだ。


 我が国の同盟国の全ての町村に必ず1つは存在する大組織。

 その常任理事を代々務めているのが現当主であるアーリー様という訳だ。

 そんな大物に自分の娘が嫁ぐことで関係を持てるというのだから、そりゃあお父様も笑顔になるに違いない。


 でも、数多くいる未婚の令嬢たちの中から、どうして私を選んだんだろう。

 私の容姿は自分でいうのもアレだが決して悪くはない。

 お母さま譲りの鮮やかな緑色の髪が自慢で、お世辞だとしても学院に通っていた頃は褒められることも少なくなかった。


 だけど私よりももっと美人で、もっと多才多芸で、家柄も良い女の子はたくさんいた。

 はっきり言って両親からも期待はされていなかったし、アーリー様のようなお方の眼中にも入らないはずなのに……


 馬車に揺られながらそんなことを考えていた私だが、その答えは意外にもあっさりと知ることができた。


「よく来てくれた。ルイナ・ハーキュリー嬢。ハルベルト侯爵家当主、アーリーが君を歓迎しよう」


「お初にお目にかかります。アーリー様」


 我が家よりも数段豪華な屋敷に通され、様々な調度品がずらりと並べられた廊下を通って通された当主アーリー様の部屋。

 そこで私は丁重にもてなされた。


「早速だが私と君は結婚をすることとなった。事前の付き合いもなく困惑しているだろうが、安心してもらいたい」


 目つきは少し怖いけど、最初に見た時と比べると少し穏やかな表情をしている。

 だけどその言葉にはあまり感情がこもっていないような、冷たい何かを感じてしまった。


「君は我が妻として存在してくれているだけで良い。他は何も求めん。近くの別荘を与えるから、そこで暮らしてくれ。不自由はさせん」


 あぁ。そういう事だったんだ。

 そりゃあ冷たく感じるわけだ。

 アーリー様は書面上の妻が欲しいだけで、私のことが気に入ったわけではなかったんだ。


 告白したわけでもないのに、ちょっとフラれた気分。

 なのにそんなに悲しくならない自分がむしろ悲しいなぁ。


「分かりました。旦那様。これからよろしくお願いいたします」


 だから私はそれを受け入れて笑顔で頭を下げた。

 これから旦那様となるお方と愛を育むことは出来ないのだろう。

 だって私がそういった瞬間、アーリー様の口角が上がるのが見えたから。


 こうして私のお飾り妻生活が幕を開けることになったのだ。

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