毎日俺だけダンジョン生活

上本利猿

序章 歩きスマホをしただけなのに

菊花賞。それは日本競馬に於いて「最も強い馬」が勝つレース。



そして俺にとっても「最も重要な」レースでもある。

何故ならば……このレースに俺は全財産を賭けているからだ。


勝てば天国負ければ地獄。全財産を失えば今持っているスマホも家賃1万1000円の事故物件も、年金も保険も同時に全て失う事になる。


まあ、このレースで負けたからって職を失う訳ではないが、残念ながら一週間前会社が潰れたのでそもそも失う職が無いのだ。


「ダあああああああああ!!!!差せオ゛ラ゛ッッッッ!!!゛」


レースは終盤に差し掛かり、俺の人生と騎手を背負いし競争馬は、ライバルたちと勝つか負けるかのデッドヒートを繰り広げる。


そんな白熱した勝負に乗せられ俺の思わず叫んでしまう。


街中で叫んだせいで、道ゆく人々が一斉にこちらを振り返るがそんなことはもうどうだっていい。


そもそも散歩しながら競馬を見てる人間に世間体があるわけがないだろ。


そしてゴール直前に差し掛かった瞬間、俺の体に衝撃が走った。

衝撃とは言っても軽いもので……ぶっちゃけ壁にぶつかっただけなのだが……。


その後がやばかった。


「えっ」


足に、着くべき地がなく、そしてビル群の窓に強化ガラスに反射した太陽光もない、真っ暗な「空間」とも言えないどこかにいた。


そして感じる浮遊感。


この感覚は覚えてる。小さい頃乗った絶叫マシンと同じだ。という事はつまり……。


「ちょっっちょちょ!! ヤバイヤバイ落ちてる!!落ちてるって!!!!」


俺は暗闇を高速で落ちていたのだ。


「あああああああっっああっあっあっああああああ!!!!」


いくら地に足つけて生きられない社会不適合者だからって、こんな自由落下フリーフォールを味わう覚えは無いぞ!


「ダメダメダメダメ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!」



「うひいいいいいいいいいいい!!………うっ!?」


数秒間感じた浮遊感と同時に、俺の足は地面に着いていた。


「お? ……え? 俺生きてる? 夢?」


土の地面、閉鎖空間に、壁に据え付けられた松明。


それはまるで名探偵コ○ンのcm前後のアイキャッチのような空間だった。

違いは無駄に軋んだ音を立てるドアが無く、その空間は永遠にどこかに繋がっているように見えた。


周りを見回しても特に変わりはない。


「何だ……ここはよ……!」


ひとまず歩こうとした瞬間、首筋に冷たいものが触れた。


「お前……何者だ? どこから現れた?

180度の視野にはっきり映る鋭い剣。


「え、いやこっちが聞きたいンすけど——あ痛!?!」


冷たく鋭い痛みが走り、直後生暖かい感触が首筋を伝う。


模造刀の可能性は消えた。

今俺の後ろにいる何者かは…‥本気で俺を脅してるんだ。


「あまり舐めた口を聞くなら、首ごと切り捨てるぞ? もう一度言うから質問に答えろ」


「お前は、何者だ? どこから来た?」


何故……こんな事になったんだ、ただ……ただ……!




歩きスマホをしただけなのに————。

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