第1話 友達と電話するとついつい長話になっちゃうこと、あるよね?



 私はスマホを操作して、着信に応答する。

 すると、すぐに電話口から真奈羽まなはの声が聞こえてきた。


『おうおう、もう着いたんすかー。早いね』

「あー、まあね」


 電話越しでも、聞き慣れた真奈羽の声が聞こえることにホッとする。


「電車止まったって、なんかあった?」

『いやーそれがさー、ちょっと事故ったみたいでさー。たぶん人身事故、みたいな』

「あー、マジか」


 あらま、向こうも向こうでアクシデントか。


『だからさー、たぶん待ち合わせ時間には遅れるわー。すまんー』

「いや、別に謝る必要はないけどさ」


 うーん。出来ればすぐにでも会って話したい気分だったんだけど、仕方ないな……。


「今どこにいるの?」

『なんか、駅と駅の途中のところ。そっちまでは、あと一駅とちょっとくらいだったんだけどね』

「え、で今どうしてんの?」

『電車降りて歩いてるよ。どっちにしろ進めないみたいだからさー。もう歩いて行くしかねーみたいな』

「マジか、大変だね」

『ホントだぜー。てかさー、その、かれた人のさー、アレがさー、アレでヤバいんだよねー……』

「アレ?」

『いやー、だから、体がさ、バラバラに吹き飛んで辺り一帯に散らばってる、みたいな』

「あー」

『でも、そこ通らないと進めないワケだからさ、いや、マジ勘弁ですよ』

「どんまい」

『うへぇー、せっかくの休日がのっけから最悪のスタートなんだが』


 真奈羽の方もだいぶヘビーなことになってるみたいだね。

 でもヘビーといえば、こちらもヘビーだったんだけど。いや、電話でそれを話すのもなぁ。どうしよう。


『ま、そんなわけで、着いたら連絡するからさー、そっちはそっちで先に行動しといていーよ』

「いいの?」

『うん。だってずっと待っといてもらうのも悪いし』

「私は別に、ずっと電話しといてもいいけど」

『何でだよっ。……いや、私もずっと電話は出来ないぞ? 次の駅着いたら電車乗るし』

「ああ、そーか」

『それまでなら話しててもいいけどね。こっちも歩いてるだけで暇だしさ』

「そう? それなら話そうか」


 電話しながら、私も移動することにした。

 さすがにこのまま、駅の前で突っ立ったまま電話し続けるのもアレだし。どっかに座れそーなベンチとかないかな。


「いやさ、私の方もあったんだよ、アクシデントが」

『ほーう、何があったん?』


 結局、さっきのマゾオについて真奈羽にも話すことにした。

 普通ならこんなこと話しても信じてもらえないだろう。それどころか、からかわれてると思われるならまだいいが、最悪、頭がイカれてしまったと思われても仕方がない。

 ただ、真奈羽が相手なら問題なかろうと私は判断した。真奈羽は私にとっていわゆる親友と呼べる相手で、それだけ信頼しているということなのだ。


 彼女とは——私がおかしなことを言っても、それですぐに関係が悪くなったりするようなことはない——と確信出来るほどの仲で、それだけの付き合いがある。

 マゾオのことを話しても、たぶん普通に、からかってきてるんだなと思われるだけだろう。最悪、私の頭がおかしくなったと思われても、それでも見捨てず付き合いを続けてくれるのが私にとっての親友マナハスなのである。

 それに、割と普段から私は変なことばっかり言ってるので、慣れてるだろうしな、という思惑おもわくもある。


 ——だってアンタって、脳内に変なやつ作って一人で会話するようなヤツだしね。


 うるさい、まだ居たんかお前。自分で自分のこと変なやつって言ってんぞ。


 ——まずワタシの存在がアナタなんだから、そのワタシが変なやつと言うことは、すなわちアナタが自分を変なやつと言っているということで、つまりそれは——


 ああもういいわ。自分でやってて頭がおかしくなりそー。

 混乱してきたので、真奈羽との会話に意識を引き戻す。

 しかし、どうやって切り出したもんかな。


「いや、さっき電車降りる時にさ、ゾンビみたいなおっさんに襲われたんだよね」


 ストレートに言うことにした。迷ったらストレートに言うって、そういうところが私にはある。


『えーっと……?』

「まあ、言いたいことは分かるよ。でもこれは冗談とかじゃないんだよね」

『暇だから適当に変な話でもしようってことじゃないの?』

「まあ、暇なのは暇だけどさ、でも本当なんだよ」

『本当にゾンビに会ったってこと? ゾンビに会ったらどうしよう? って話じゃなくてぇ?』

「うん、ホントホント」


 我ながら説得力ねーなぁ。


『ゾンビみたいなおっさんって、どんな感じだった?』

「あれ、信じてくれるの?」

『なに、やっぱ嘘だったの?』

「いや、嘘じゃないけど、信じてもらえるとは思わなくて」

『……まあ、とりあえず続きを聞いてみようかなって』


 さっすがマナハス。普通の人は乗ってきてくれないよ。


「そんなに長く相対したワケじゃないんだけどね。見た目はまんまゾンビって感じだった。見たら分かるレベルのゾンビ。仮にゾンビではなかったとしても、普通の人では絶対無いでしょうねアレは」

『そんなに酷かったの?』

「肌は青白くて、目の焦点は合ってなくて、口は半開きでよだれ垂らしてて、しかもダサい野球帽被ってたんだよ?」

『別に野球帽は関係ないやろ』


 すかさずマナハスに突っ込まれた。

 まあ野球帽は関係ないけどさ。言ってみただけ。実際、被ってたもん帽子は。どんな帽子かまではあまり覚えてないけど。


「そのおっさんがさ、フツーに襲いかかってくるわけ」

『襲いかかるって、どんなふうに?』

「ゾンビ風に」

『……それはどんな風なの?』

「ゾンビ風だよ」

『だから、それはどんな感じなの?』

「漢字で表すなら、龍の下に衣って感じかな」

『あ? ……あ、漢字? 龍の下に衣って……それただの「襲」じゃねーかよ!』

「そうだね」

『……真面目に話す気ないの?』

「ごめんごめん、ちょっと混乱してんだよ私も」

『むしろ普段より頭働いてるだろ』

「お返しとばかりに辛辣しんらつだね」


 いけないいけない。話してるとなんかふざけてしまうのは私の悪い癖だね。ついつい思いついたことを口に出しちゃうんだよねぇ。……これでよくゾンビの話を信じてもらえると思ったよな、私。


「真面目に話すと、なんかグワーって感じに襲いかかってきたんだよ」

『真面目に話してそれか』

「他に言いようもなくてね。ホント、とっさに避けてなかったらあの後どうなっていたことか……。あの時の私のとっさの素早さをあんたにも見せたかったよ」

『え、そんなにヤバかったの?』

「うん。神回避だった」

『いや、そっちじゃなくて、おっさんが襲いかかってきたのはガチなの?』

「あ、そっち? それはもうガチだよ。ガチガチだよ」

なにがよ』

「ナニって……私に何を言わせる気なの!?」

『お前が何を言うつもりなんだよ!?』


 どうにも話が変な方にいくな。これ私が悪いのか?


 ——オマエ以外に誰がいるのよ。


 っす、サーセン。


『正直、心配したものなのかどうか分からないんだけど』

「それは、私がおっさんに襲われたことを心配するんだよね? 私の頭を心配してるんじゃないよね?」

『自覚してるなら反省しろ』

「サーセン」

『……ホントに大丈夫なの? 変なとこ触られたりしてない?』

「変なとこって……、相手はゾンビだよ。痴漢とかじゃないんだよ?」

『いやー、ゾンビと言われるよりは、ちょっとアレな痴漢のおじさんって方があり得るでしょ。アンタ、美人なんだから』

「見た目は、を強調する必要あるかな?」

『そりゃ必要でしょ。誤解を与えない為にね』

「こやつ、言いおるわ」


 普段通りの会話をしながら歩いていると、心が少しずつ落ち着いてくる。

 こうしてみると、自分が結構動揺していたんだな、ということに気がついた。


『むしろ私としては、どうしてあんたがそこまでそのおじさんをゾンビにしたいのかが分からないんだけど。ただの痴漢だったんじゃないのー? まあ、それはそれで事件だけどさ』

「でもアレは明らかにゾンビだったよ。私のゾンビ知識からは間違いない」

『何よゾンビ知識って。だいたい、ゾンビかどうかなんて分かるワケなくない? 何を根拠にゾンビだって言ってるワケ?』

「見た目」

『めっちゃあやふや。てか相手に失礼じゃん』

「ゾンビ相手に失礼も何もない」

『まあ、襲われてるわけだしね……。つーか結局、根拠は無いってことでしょ』

「存在しないものの根拠とか言われてもね……」

『自分で存在しないとか言ってるし……』

「昨日までは存在しなかったかもしれないけど、今も存在しないとは言い切れないでしょ」

『なんかカッコいい感じのセリフ言ってる。そこまで言うなら、ゾンビについては強い確信があるってこと??』

「いや、専門家では無いので断定は……」

『いきなり弱気になるし』


 私は電話しながらも街中を適当に歩き続けて、ついに公園みたいなところを見つけた。

 あんまり人気ひとけもないし、ベンチもあるし丁度いい。

 さっそくベンチに座る。


「やっぱり、ゾンビって言われても信じられないか。まあ、根拠が何かあるわけじゃないし。私だってこんなこと言われても普通信じないけどね」

『信じられないけど、でも嘘じゃ無いんでしょ?』

「ゾンビかどうかはともかく、見た目がゾンビっぽい人に襲われたのは事実だよ」

『それは信じるよ。あんたは普段からバカみたいなことばかり言うけど、こんなわけ分かんない嘘は言わない人だもん。……だよね?』

「いい感じのセリフなんだから最後まで自信持って! そこで揺れると余計私の印象が良くない。ガチの奴みたいで」

『ごめんごめん。信用は一日にしてならず、ってね』

「それフォローになってるのかなぁ?」


 マナハスも結構、大概だと思うけどなぁ。


 ——だから気が合うんでしょ。類友ってやつよ。


 変な奴の周りには、変な奴が集まるってか。やかましいわ。


「でも普段なら、もっと軽く流されるかと思ったんだけどね。今日はなんか普段とちょっと違うんじゃない?」

『あー、そうかもね。実際に人身事故の現場とか見たら、普段とはちょっと違う感じにもなるよねー』

「あー、そうだよね」

『なんかちょっと、日常とは違うような感じ。元々、今日は春休みで遊べるってことで普段よりもテンション高めだったけどー、そこになんか事件とか起きてー、なんかメンタルも普段とは違う風にもなるよ』

「それはあるね。むしろそれでも平常運転の方が異常でしょ」

『だから、なんかゾンビとか言われても、あーあるかもなぁー今日なら——みたいな感覚はある』

「非日常ってことだね」

『ほーんと。まず駅までこんなに歩くことになるとか思わんからね。一応、電車降りてから街を歩くと思って動きやすい格好してるけどさー』

「まあ、私は今ベンチで座って休んでるけどね」

『えーずりぃー! 私と変わってくれよー』

「私と変わるってことはゾンビに襲われる方になるってことだけど、そしたら多分マナハスは生き残ってないよ。神回避できないから」

『はぁ? 私だって神回避できないとは限らないでしょ』

「そのデカい胸が邪魔になるから」

『なんでいきなり私の胸をディスってくるんだ?』

「私よりデカいからだよ」

『なるほど』

「なるほどじゃねーよ」


 なるほどじゃねーんだよ。


 ——いや、なるほどでしょ。


 だまれ。お前もだろうが。


 ——そうとは限らないでしょ。どうせ空想なんだから、見た目なんて盛ろうと思えばいくらでも……


 絶対やらせねー。むしろマイナスにしてやる。


 ——胸マイナスってなんだよ。穴か、コラ。


 穴は一つで十分なんだよ。


 ——何言ってんだコイツ。


 じゃあ棒にしようか? その穴に基礎工事して棒を建てようか?


 ——人の胸で勝手に工事するな。


『胸の大きさはともかく、私もそういえば、気になる事があったんだよね』

「勝手にともかくしないで欲しいんだけど、気になるって何が?」

『いやー、多分、いや絶対見間違いだと思ったんだけどさー?』

「じゃあ見間違いなんじゃないの?」

『そこは「えー見間違いなんかじゃないヨ〜」だろうが。分かんだろ。フリだって』

「分かんないなぁ。私はいつも簡潔に話すからさぁ」

『オマエさ、簡潔の意味知ってる? ……まあ、だからさぁ、見間違いだと思うんだけど、変なの見た気がするんだよねぇ』

「変なの? いつ?」

『ついさっきなんだけど』

「………………ついさっきって、人身事故のこと?」

『まあ、そのあとなんだけど、それにも関係しているというか』

「え、なに、ホラー的な話なの? それともグロ系? あるいはマロ系?」

『おじゃる丸かよ。マロ系なんておじゃる丸しか無いだろ』

「この流れでおじゃる丸のはなしし始めるのも結構ホラーかなって」

『そんな意味不明なホラーの話じゃないから』

「いやてかマロなら他にもいるでしょ! なんかあの画像を欲しがるマロとか……」

『いや別にマロの話広げなくていいから』

「何でだよ!!」

『なんでキレてんの? マロのどこが逆鱗にれてんのよ』

「全部だけど?」

『なんで? ……マロなの?』

「それ、イエスだって言ったらどーすんの?」

『マロって呼ぶけど』

「ならイエスかな」

『マロって呼ばれたいのかよー。アンタさー、勢いだけで変なこと言ってると後から後悔したりしない?』

「いやいや、イエスって呼んでよ」

『……いやそっちかよ。お前マジで適当なこと言い過ぎでしょー。世界最大の宗教に目をつけられるぞ?』

「一人称マロだから大丈夫」

『いやもうなんかお前……。いや、イエス』

「マロになにか?」

『お前これからずっと一人称マロで通せよ。私もこれからずっとお前のことイエスって呼ぶからな。いいんだな?』

「私は一向に構わん」

『お前ってやつは、マジでさ……。つーかそこはマロって言えよ』

「いいんか? 本当に?」

『……やっぱやめとこう』

「そこでイエスと言わないところは、マナハスの優しさだと思ってる」

『二重の意味で了解になっちゃうんだなー』

「んでなんの話だったっけ?」

『しばくぞボケ』

「しばくぞボケの話? ……いやいや、うそうそ。無言でキレんなよー、伝わってるからマロにも。あ、いやいや、私にも、ね」


 加減が大事なんだよね。あんまりふざけ過ぎると仲のいい友達でもキレるんだなこれが。

 なんで知ってるかって、ふ、年の功さ。


 ——ただの経験談でしょ。


 ……まあ、怖い話がきそうな雰囲気があったから、普段以上にふざけた感もあるんだけどね。やっぱこういうのには心の準備が必要だからさー。

 まあ、相手を軽くキレさせたせいで、必要以上に怖がらせてやろうとか思われてないといいんだけどね。自業自得だね。


 さて、心の準備が出来たところで本題を聞くとしよう。


「それでー、気になるものってなんだったの? ホラーなら先にホラーって言っておいてね」

『あんたってホラー苦手だったっけ?』

「そういうわけじゃないけどさ。やっぱなんの話なのか先にジャンルを聞いといた方が理解しやすいからさ。別に怖いとかそういうのは無いんだけど。むしろ好んでたしなむくらいのレベルだけどね」

『めっちゃ早口で喋るやん』

「あ?」

『舌噛みそう。あんたって滑舌いいんだねー』

「褒めてんの? けなしてんの?」

『両方かなー』

「あ、そう」

『ちょっとした仕返しじゃん。何、怒ってんの?』

「怒ってないよ。キレてるだけ」

『アレだけで?』

「だけって言うのはどうだろう。人によっては気にすることは様々なわけだからさ」

『……ごめん。まさかあんたが、ちょっと早口を指摘されたくらいでキレ散らかす奴だとは思わなかったから』

「こんな上から目線の謝罪ってあるだろうか。頭にごめんってつけたら何言ってもいいと思ってるの?」

『ごめんごめん。謝罪にまでケチつけるような心の狭いやつだとも知らなかったからさ』

「なるほど、思ってるようだな」


 全く、話が進まないゼ(本日二度目)。


 ——誰のせいだと思ってるの。


 まあ別に、暇潰しの会話なんだからそれでいいんだけどね。マナハスと話すのは楽しいから、ついつい色々と話しちゃうんだよね。それは二人が仲良いことの証明なのさ。


 ——なんかいい感じの雰囲気にして誤魔化そうとしてる……。


 だけどそろそろ、肝心のところを聞いておかないと何の話だったか忘れちゃいそうだし、本題に入りますか。


「オーケイ。謝罪も済んだところで、本題に入りましょうか」

『そもそも、なんで謝罪しなきゃいけなかったのかが私は不満なんだけどねー。オッケイ。本題に入ろう』


 ——ホント、なんでこんな奴に謝らないといけないんでしょうね。謝らなきゃいけないのはコイツの方でしょ。


 キミ、うるさいよ。


『まあ、そもそもあんたがゾンビの話とかしなかったら、私もこんなこと言おうとか考えなかったと思うけどね』


 そんな風な前置きをして、彼女は語りだす。それも、今までとは打って変わって真面目な語り口調トーンで。


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