GodPeaceMail ~亜種系少女をチームに入れたら新時代の幕が開けた~

Emotion Complex

第1話

 映画で例えるならば、

 周りの雑魚を倒し終え、今まさに最後の一騎打ちが始まる――というシーンだ。

 乾いた土が所々覗く原っぱで、クンフーの技と技がぶつかり合う死闘が、これから始まるのだ。

 分かりやすく言うならラスボスとのバトル直前。


 いきなり冒頭からクライマックスかよ……と思うだろうが、オレも思ってる。


 少し戻って、放課後――

「アカシア・キリ。何度来たって、答えは変わらんぞ」

 メガネをハイライトに光らせ、生徒会執行部長が冷徹に言い放った。

 オレの要求も変わらない。

「アクション同好会を作れ」

「なぜだ」

「世界がそう望んでいるのだ。オレをアクションスターに――」

「断固断る」

「早っ」

 このやりとり、毎日の定例行事だ。

 結局オレは生徒会室を追い出された。

 時間で言えば五時頃。

 夕焼けも薄くなり、空には紫色がたなびいていた。

 土手上の歩道は自動車は通れず、この時間は通行人もめったに通らない。

 イメージトレーニングに使えるため、少し遠回りだが、駅から家へのルートにしている。

 オレはじいちゃんのアカシア・イナギより、サルノベ柔術を指南されている。

 サルノベ柔術は戦前に生まれた格闘術だ。

 柔術と銘打っているが、打撃にも重きを置いており、更に大陸系拳法の流れも汲み、身体の内部に沸き上がるエネルギーを力と変えることが出来る。

 ――命ある者にとって最強の奥義だ――

 これはじいちゃんの見解だが、オレもそう思う。

 創始者のサルノベ・ハスリの失踪により廃れ、今やじいちゃんが唯一の後継者だ。

 息子夫婦――つまりオレの親父とお袋に反対されても柔術を教えたのは、サルノベ柔術がこの世から消失することに憂えたからもしれない。

 それは分からないでもない。だが、厳しい。じいちゃんは厳しすぎるのだ。

 普段でも怖いじいちゃんが、鍛錬中は鬼でも泣き出しそうなほど恐ろしくなる。

 幼い頃は何度も泣いた。擦り傷も絶えたことがないのに、不思議とやめたいと思ったことはなかった。

 じいちゃんが何度目かの武者修行の旅に出ている今も、自主練は欠かさない。

 サルノベ柔術は、打撃で狙う点と投げで狙う点を瞬時に見極めるため、将棋やチェス、囲碁などを推奨している。しかも考える時間はなく、数秒で指さなければならないのだ。

 おかげで思考は速くなったが、まだまだじいちゃんの領域には達していない。

 本当に速く的確なのだ。

 少しでもじいちゃんへ追いつくように、こういう時間も無駄には出来ないのだ。

 将棋などの盤を頭の中で立体に投影し、次手の更に次手を読んで、攻撃するポイント、防御するタイミングを頭で思い描くのだ。

 これがイメージトレーニングである。

 相手は海賊のローや悪党のキム。

 別名妄想バトルだ。

 鍛錬し、得た力を使うためにイメージする――これは大事なのだ。

 しかも相手は香港映画で良く見て覚えた強敵である。シミュレーションにはもってこいだ。

 そのおかげで技量はぐんと伸びた気がする。自己基準の自己採点ではあるが。

 しかし、これには難点がある。

 思わず身体が動くことがあるのだ。通り過ぎざまに驚かれ、生暖かい目で見送られたことが何度かある。

 そこで人目を避けるように道を選択した結果、このルートになったのだ。

 さてさて、今日のお相手は?

 頭に思い浮かぶ好敵手が一瞬で霧散する。

 現実に引き戻されていた。

 足も止まっている。

 土手の先に、《あいつ》がいたのだ。

 纏っている黒いマントは、何十年も旅してきたかのようにくたびれている。

 消え入る寸前の太陽をも拒絶し、目深にかぶったマントの内側は深い闇のようだ。

 二メートルを超える身長とそれに見合った肉厚は、攻撃的な体型といえる。

 じいちゃん以上の強さを、オレはそいつに感じていた。

 正にラスボス感。無論直感だが、間違ってはない。

 ここでじいちゃんの特訓の成果が現れていた。

 足を止めて数秒で、意識外に身体が警戒していた。

 体重をつま先へ移動し、第一体勢を取った。

 これで相手がどう出てきても対応できる。

 次に一呼吸で第二体勢へ。

 全身が固まらないように弛めつつも緊張感を持たせる。

 これが出来ないと、じいちゃんの不意打ちを食ってしまうのだ。

 マジでありえない。鍛錬中の不意打ちとかさ。

 ……まあ、本人には言えないので、これは心だけの声。

 戦闘態勢に入ると、五感が一割増す。

 もちろん感覚的なものだが、これがバカにしたものではない。

 相手の情報がもっと分かってくる。

 息が荒い。呼吸が乱れてるわけじゃなく、熱い風呂を我慢している時のようだ。

 マントの頭部が歪だ。前屈みなのに、突き出るように盛り上がっている。

 角?

 兜とかの発想がなぜか浮かばない。

 それどころか、相手が人間じゃないという思念を振り払えずにいた。

 戦いを避けるのが最善であるのに、頭の中では《マント男》との戦闘シミュレーションが繰り広げられていた。

 《マント男》の能力値は、じいちゃんの1.2倍。体重は2倍強。パワーは1.5倍と見積もった。

 つまり圧倒的ということだ。

 まいった――……。

 どうにかして勝つ可能性を見出そうと、オレは頭を捻る。

 左は草に覆われた堤防がゆったりと下り、河川敷を経て川までが見える。

 右側も青々とした草の堤防だが、勾配が急で、アスファルト道を見下ろせる。

 共通しているのは、人の姿がないことだ。

 土手上に、オレと《マント男》だけ。

 もう何らかの力が働いてるとしか思えない。

 気付くと、《マント男》との距離が縮まっていた。

 あの巨体であの足の運び。武道に秀でているに違いない。

 ますます勝てる見込みが減っていく。

 このまますれ違うことはない。

 溢れるような闘争心を隠そうともしていないのだ。

「やるしかないのか」

 オレは腰を深く落とした。

 両手を軽く開いて右腕を額に、左腕を下ろす。サルノベ柔術の基本型だ。

 こうなったら、攻撃を受ける前に地面へ叩きつけてやる。あの体重ならダメージは推して知るべしだ。

 もう五メートルの距離だ。

 蒸気が漏れるような呼吸が肌身に感じる。

 斜陽を篩い払うように右へ左へ動かしていた上半身が止まった。

 闘志が一点を貫くように収束してオレを射る。

 来る!

 あいつの攻撃が最高速に達する前に腕を取るんだ。

 オレは一歩踏み込んでいた。

 ――が、《マント男》は動いていなかった。

 距離は全く変わっていない。

 何?! 誘われた?!

 これはサルノベ柔術の高度な誘引術、いわゆるフェイントだ。

『タイミングを制する者が投げ技を有する』

 じいちゃんの言葉だ。

 このままじゃ、投げられない――

 オレは頭を切り替えた。

 なら打撃だ。

 身軽さを駆使し、トリッキーに攻めて勝機を見出すしかない。

 ここまでまだ一秒と経っていない。

 踏み出した足が地につくかどうかだ。

 開いていた両腕を腰へ据えた。

 サルノベ柔術の打撃の型だ。

 ふっ――と、あいつが笑った。

 そんな気がした。

 マントで顔も見えないのに。

 だがあいつは笑った。

 しかも嫌な感じはしない。

 たとえるなら、初めて会ったおじいちゃんが、上手く挨拶をできた初孫に見せる笑みだ。

 つまり、じいちゃんには出来ない笑顔だ。

 本人には言えないことを思っている間に、距離は詰まっていた。

 体勢低く右腕を引く。

 指を折り曲げ手の平を向ける。

 打撃の基本である掌底打ちだ。

 これで向こうのバランスを崩し、相手の攻撃を誘い、その力を利用する。

 狙いはあくまで――投げ――だ。

 右腕を放つ寸前、やつが動いた。

 マントがはだけた。

 蒼いプロテクターに両手両腕が包まれていた。

 特撮ヒーローのようだ。

 かっこいい!

 そんな思念は一瞬で吹っ飛ぶ。

 《マントを着たヒーロー》は、軽く握った両の掌を見せながら上下に構えた。

 腰をすっと落とし、向かってくるキリへ左脇を見せた。

 サルノベ柔術の構えの一つ――防御七割、残りの三割で攻撃に転じる《いすか》だ。

 やはり同門かよ?

 じいちゃん以外に後継者はいない。

 これは絶対ではない。

 オレみたいに技能を繋げている人がいる可能性はあるのだ。

 思考を麻痺させるほどじゃない。

 相手がサルノベ柔術の使い手だからといってやることは変わらない。

 手加減なしで右腕を突き出した。

 ヒーローの手が攻撃を弾き飛ばす。

 防御行動さえダメージを与えるのがサルノベ柔術だ。

 通常なら、攻撃の軌道を変えつつ、相手の腕の骨を打つが、オレは自ら方向を逸らした。

 踏み込みを深くして、相手の大外へ廻ったのだ。

 あいつの掌底はオレの腕に触れられもしなかった。

 リーチは向こうの方が長いが、《いすか》は構えた側へ廻られると弱い。

 オレを追いきれないのだ。

 『マントヒーロー』は向きを変えた。

 右脇を正面にする。

 《いすか》が持つ三割の攻撃の型で対応するつもりだ。

 さすが同門。型の弱点は周知で、対応も知っている。

 だけど!

 通り過ぎると見せかけ、オレも身体を捻っていた。

 あいつは反円を描き、その足先でオレは円を描く。

 交差するように、『マントヒーロー』の背後を取る。

 被り物の奥の目はオレを追ってきているが、動きには反応できていない。

 じいちゃんが今度この型で来た時に使おうと暖めていた手だ。

 遠心力を活かして跳ね上がり、ハンマーを振るように踵をあいつの背中へ叩きつけた。

 ゴン――と、生身を蹴ったとは思えない音と共に、壁に当たったように足が跳ね返った。

 宙に浮かんだままのオレの襟首をあいつが掴んだ。

 不安定なくせに、力で強引に引き寄せられた。

 このままでは地面に叩きつけられる――!

 身体を捻って肘を突き上げた。

 普通に掴まれたら外せる気はしないが、幸い向こうは無理な姿勢だった。

 『マントヒーロー』の真正面で開放された。

 身体を小さくして足裏で着地すると、大きな音を立てて土煙が舞った。

 その薄膜の中、顔を上げると、あいつは投げのバランスを崩されたまま前に傾いていた。

 ここだ!

 オレはあいつの腕を掴みにいった――

 ――はずだった。

 視界が旋回した。

 どさりと落ちたのは草。しかも斜面だ。

 土手に投げられた?

 理解が追いつかないまま、殺がれなかった勢いで下まで転がっていた。

 湿り気を帯びた土の香りがする。

 意識が飛びそうになるのを必死に堪える。

 まだ戦いは終わっていない。

 身体を起こす――のが、精一杯であった。

 四つん這いの姿勢で動きが止まってしまった。

 そうか。あれは《こげら》だ。

 サルノベ柔術の技の一つ《こげら》は、相手の軸足を蹴り飛ばし、同時に上半身も捻って錐のように回転させながら投げる技だ。

 この時、相手の腕を押さえたまま投げると、捻れの力は逃げ場を失い、更に腰を内部から痛めさせられる。

 どうやら、投げられただけだったようだが……。

 立ち上がろうと足を動かした所で力が抜けた。

 仰向けに倒れてしまった。

 紫煙のような空を背負いながら『マントヒーロー』が斜面を降りてくる。

 簡単に負けてやるもんか。

 オレは反撃のチャンスを狙う……まあ……指一本も動かせないんだがな。

 川風があいつの布をはためかせた。

 被り物の中で尖っていたのは、本当に角だった。

 なんだ、そのままじゃないか。

 薄れていく意識の中、思考も麻痺しかけていた。

 そんなことをツッコんでいる場合じゃない。

 青黒い角と一体の頭。赤い目が脇についている。触覚は無いし、口はスリット状になっていて、カブトムシのような顔をしていた。

 人ではなかった。

 その勘も当たっていたのだ。

 青黒い装甲が全身を覆っている……いや、全身じゃない。

 右側の胸、左腰、右の二腕部分の鎧が無く、筋肉組織が痛々しく露出している。

 呼吸が荒かったのは、このダメージのせいかもしれない。

 何のダメージだ――?

 意識が沈んでいく。

 『カブト』が懐から何かを取り出し、オレの傍らへしゃがみこんだ。

 それが気を失う、最後の映像だった。

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