待ち続けて

一宇 桂歌

第1話

 未来には、おそらく日本で一番有名になるであろう、今はまだ省線の小さなこの駅に、わたしを慈しみ、主人あるじであり父親代わりでもあり、そして最愛の家族である、あのお方の姿をひたすらにお待ち申し上げて、もう何年になるでしょうか。

 きょうもまた、わたしの姿を楽しみにしてくださるあのお方をお迎えに、ここへやってまいりました。


 わたしは、秋田の小さな片田舎の家で、それは寒い寒い、厳冬の日にめいを受けました。兄弟は八人おりましたが、幼いころはやんちゃざかりで、兄弟げんかをしては、よく母に叱られたものです。各々おのおのは、今はどこでどうしているのやら、きっと幸せに暮らしているに違いないと信じて疑いません。

 物心がつく頃、わたしはこちらへ引き取られました。

 秋田から東京までの遠路、勢いよく銀鼠ぎんねずの煙を吐き出す汽車に揺られながらまいりました。

 そこには、新しい土地への希望を抱く人、未だ見ぬ行き先を案ずる人、わたしの未来を想像するかのようにこちらをじっと見る人、母親の腕のなかでむずかる赤子を、あやすようかのようにのぞき込む人など、狭い鉄の塊の中にたくさんの物語が刻まれておりました。

 どこへ連れていかれるのか。どんなお方が待っているのだろう。なんだかこわい。できることなら、今すぐにでも母のもとへ帰りたい。考えれば考えるほど息がつまり、不安にかられますが、わたしに選択肢などはございませんでした。


「おお、やっと来たか。待ちかねたぞ。長旅でさぞ疲れたであろう。どぉれ、このこか」

 何もかもが銀世界だった情景を、流れる煙が一枚一枚めくるように、初めて踏むこの土地は穏やかな緑色でございました。

 じっとみつめるその高潔なお顔にこわばりながらも、無邪気にごあいさつを申します。

「うむ、なかなか利発そうないい顔をしている。いいか、これからはここがおまえの家だ」

 主人となるそのお方は瞳を輝かせながら、そばにおられる奥様とともに、笑顔で受け入れてくださいました。

 わたしをここまで連れてこられた方は広い庭を見て、感嘆します。

「こりゃ、また見事な庭だっす。特さ、あの老松おいまつなんて、庭の主はおれだといっているなっす。奥の百日紅さるすべりやゆずり葉もでっけえこと。どっかあぎたと似て、おめも、これだば寂しくねえ」


 新しい主人は、その方にお茶とお菓子を差し出し、世間話に花を咲かせます。

「長旅だったな。秋田は雪深いと聞く」

「へえ。そりゃもうっす。冬はいつだって死と隣り合わせだで。だども、家についてからの温ったけ、しょっつる鍋や、きりたんぽ鍋どごめさしたときは、これはもう格別で、ああ、ありがてえって、生きていることを実感させてけるんだっす」

「そうか。私も元気なうちに、一度訪れてみたいものだ」

 その方は、主人との楽しい世間話で長旅の疲れを癒しているようでございました。

 こうして屋敷ここで、わたしの新たな生活が始まりました。







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