第49話 花火

 夏の風物詩の1つである花火。

 打ち上げられた丸い種が爆音とともに花を咲かせるその様は、いつも多くの人を魅了する。


 ***


 夏休み最後の日曜日、拓真は両親と一緒に穏川おだがわの土手に来ていた。


「昨日の夜のほうが人が多かったらしい。今日来て正解だったな」

「そうね〜」


 この土日、穏川の土手に来る人々の目的と言えば、そこから見える扉田橋とびらだばし花火大会の花火だ。


「そろそろ時間だからどこかに座ろう」

「あの階段近くは人が少なそうだよ」

「じゃあそこでいいか」


 3人は階段近くの空いているスペースに座った。


「何時に始まるの?」

「確か19時からだからもうすぐだな」

「ワクワクするわね〜」

「そうだなー。埼玉で花火見るのっていつぶりだ?」

「もう覚えてないわよ(笑)」

「転勤する前に栃木行ったのが俺が小学校に入学する前なら5、6年前とかじゃないの?」

「あー、確かそうだ。あの時は拓真も米粒みたいに小さかったのにな」

「そうね〜」

「いや、小さすぎでしょ(笑)」


 ——ボーーーン……。


「おっ、始まったぞ!」

「綺麗ね〜」

「結構遠くだけど、遮るものがないから穴場だね」

「ピューっていう音が聞こえないのはちょっと寂しいけどな」

「贅沢言わないの!」

「ほーい」


 3人はしばらく黙って数キロ先の花火を見ていた。

 土手にいる人たちも同様に夜空に咲く大輪を眺めている。


 ——ボーーーン……バチバチバチ……。


 *


 10分ほど経った頃、ふと目線を下げた拓真は、8メートルくらい離れたところで目を閉じている人を見つけた。

 なんとなく見たことがあるシルエットだと思った拓真は、薄目で見てそれが誰だか気がついた。


「島田先生がいたからちょっと挨拶してくる」

「あら、じゃあ私たちも行きましょ」

「そうだな」

「2人はゆっくり見てなよ。ちょっと挨拶するだけだから」

「そう? じゃあお言葉に甘えるわね」

「先生の邪魔にならないようにな」

「うん」


 拓真は立ち上がり、担任の島田に近づいた。


「島田先生」

「ん? おう、間瀬じゃないか。親御さんと来たのか?」

「はい」

「そうか。ちょっと遠いが、ここは穴場だろ?」

「そうですね。先生は何か考えごとでもしてたんですか?」

「えっ?」

「いや、花火が上がってるのに目を閉じていたのが見えたんで」

「なるほどな。だから声を掛けてきたと」

「まぁ、そんな感じです」

「はぁ……まぁ別に隠すようなことでもないんだが、花火を見るとどうも昔を思い出してな」

「それって嫌な思い出ですか?」

「ああ」

「じゃあ見なきゃいいじゃないですか(笑)」

「そうなんだが、いつまでもとらわれたくないからな。毎年こうして克服しようとしてるんだよ」

「そうなんですね……なんかすみません」

「気にするな」


 2人の間に微妙な空気が流れたが、拓真は戻る前に思ったことを言った。


「先生、本当は花火見なくてもこの時期になったら思い出してるんじゃないですか? じゃなかったらそもそも克服しに来ないですよね?」

「ふっ、なんでもお見通しか(笑)」

「目を閉じて音を聞いているよりも、しっかり見たほうが花火そのものに集中できると思いますよ」

「……そうだな」


 島田は花火のほうに目を向けた。


「……やっぱり綺麗だ」

「そりゃそうですよ。花火に罪はありませんから」

「大人だね〜(笑)」

「まだ子どもですよ! じゃあ戻りますね」

「おう。親御さんによろしくな!」


 拓真は両親の元へ戻った。


「遅かったわね」

「ちょっと挨拶するだけじゃなかったのか?」

「ちょっとしか経ってないよ」

「えー?」

「そう?」

「夢中になってたからでしょ。あの咲き乱れる火の花に」

「どうした?」

「小説のタイトルみたいなセリフね(笑)」

「いいだろ別に」


 拓真は少し照れながら元のところに座った。

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