第38話 マジック
ある日のお昼時、
——ガチャッ。
「いや暑すぎ! やっぱ自転車で行こ」
拓真は元々歩いて行くつもりだったが、家を出た瞬間にその気は蒸発した。
拓真の家から川形駅までは自転車で10分ほどだが、強烈な暑さで体感はそれ以上だ。
——10分後。
拓真は駅近くの駐輪場に自転車を止め、駅前広場に向かった。
「平日だからそんなに人いないだろうなー」
マジックが行われる場所には10人もいなかったが、見慣れた顔が1つあった。
「あれ、
「おう拓真! お前も見に来たのか」
「ちょっと暇つぶしと運動を兼ねてね」
「暇つぶしは分かるけど運動って……そんなに運動してないの?」
「馬鹿みたいに暑い日は外で運動なんてしたくないからな。涼しい部屋でゲーム
「運動系のゲームやれば良くね?」
「マンションだから階下の人に迷惑だし、ああいう系のゲームは慣れたら手だけでやるだろ」
「はっ、それもそうだな(笑)」
何気ない会話をしていると、マジシャンが広場に到着した。
「皆さん、お待たせしました! こんな暑い中わざわざありがとうございます。短い時間ですが楽しんで頂ければ幸いです」
マジシャンのシュロサンが軽い挨拶を終わらせ、マジックを始める。
「始まるな」
「だな」
シュロサンは年齢不詳。日替わり特殊メイクをしているため素顔は誰も知らない。今のところ無名だが、技術は一級品。
「まずはこちらの紙袋をご覧ください。何も入ってないですよね?」
「はいってなーい」
「ありがとうございます。こちらは使わないのでここに置いておきます」
「……え?」
観客の冷たい視線がシュロサンに降り注ぐ。
「冗談ですよ! 皆さんそんな顔しないで! とりあえずこれでも見て落ち着いてください」
シュロサンはそう言うと、テーブルに置いた空の袋から、クマのぬいぐるみを取り出した。
「えー!?」
「すごーい!」
「落ち着きました? ではこのぬいぐるみを、そうだな……そこの君! ちょっと持っててくれる?」
シュロサンは5歳くらいの少年にぬいぐるみを渡した。
「後で使うから大事にしてね! じゃあ次はこちらのトランプを使います。今日購入したのでまだ未開封です。どなたか開けますか?」
「はい!」
「おっ、じゃあそこのお嬢ちゃんにお願いしよう」
未開封のトランプが少女に渡され、ゆっくりとフィルムが
「どうぞ!」
「ありがとう。今開けたばかりなので綺麗に揃ってますね? まずこちらをバラバラになるように混ぜます」
シュロサンは華麗にリフルシャッフルをした。
「よし、これくらいでいいでしょう。そしたら、今からパラパラとカードを落としていくので……そこの青いシャツを着た少年、好きなところでストップと言ってください」
「おっけーっす」
豪太が指名され、トランプが滝のように落ちていく。
「ストップ!」
「いい声ですねー。ではこちらのカードを皆さんで覚えてください」
シュロサンが観客に見せたトランプはダイヤの5だった。
「覚えましたか? ではこのカードは戻して混ぜちゃいます」
トランプが混ぜられダイヤの5の行方は全く分からなくなった。
「これでどこに行ったか分からなくなりました。ただですね、こちらのトランプをこんな感じで
「うそだー」
「本当だよー! さっき弾いたからこの中にはもうないんだ。見てみてー」
シュロサンがちびっ子にトランプを渡して確認してもらっている。
「ほんとだー」
「えー、なんで?」
「どこいったのー?」
「気になりますよね? では少年が持っているぬいぐるみを見てください」
「……え、まさか」
ぬいぐるみの背中にはチャックがあった。少年がそれを開けると、なんとダイヤの5が入っていた。
「えー!」
「こわ!」
「瞬間移動したぞい!」
「これがシュロサンパワーです。どんどんいきましょう!」
この後もシュロサンはいくつかマジックをやった。
そして、熱中症対策のため一旦休憩することにした。
「では皆さん、10分後に戻りますのでそれまでしばし休憩を!」
*
「いやー、全然分からなかったなー」
「だなー」
「次のは見破ってやるぜ!」
豪太が息巻いているので拓真は優しく止めた。
「やめとけ」
「なんでだよ!」
「
「楽しみ方は人それぞれだろ?」
「そうだけど、タネが分かったら次からそのマジックは本当の意味で楽しめなくなるぞ?」
「……確かに」
「素直な気持ちで見れば驚きが止まらなくてずっと楽しめるんだよ」
「なるほどな……じゃあ騙されるか」
*
「お待たせしました! では第2幕といきましょう」
シュロサンが戻ってきて再びマジックショーが始まった。
色々なマジックが約15分間行われたが、拓真と豪太はとにかく騙されるのを楽しんだ。
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