第33話 校長と教頭

 今日は終業式。登校する児童たちの多くは足取りが軽やかだった。明日から始まる夏休みがよっぽど嬉しいのだろう。



 朝の会が終わり、全校児童が続々と体育館に集まって来る。

 浮かれた心を隠す静かな体の集合体が独特な空気を漂わせている中、マイクテストを終えた司会が前に出た。


「これから終業式を始めます」


 司会を務めるのは教頭である木山きやま和幸かずゆき。今年で49歳。北海道出身で夏が苦手。年齢のわりにしわが目立つがほぼ笑い皺である。


「まず初めに、校長先生お願い致します」

「はい」


 登壇したのは今年55歳になる友寄ともよせ茂仁しげひと。沖縄県出身で常に陽気。多めの白髪と丸い目が特徴。小太りでゆるキャラみたいと児童から密かに言われている。


「一同、礼」

「——えー、皆さん、おはようございます。いやー、今日は天気が良くて最高ですねー。梅雨明けも例年と同じくらいで良かったです。いやーでもやっぱり関東はジメジメしますねー。沖縄も梅雨の時期はムシムシするけどさすがにここまではないさー」


 校長が懐かしそうに話していると、達也が後ろから拓真に話しかけた。


「また始まったぞー、校長の地元話。今回はどれくらい続くかなー」

「5分とか?」

「それで終わればみんなハッピーだよ。恐らく10分以上だな」

「まぁ別にいいんじゃない?」

「いやいや、本当に眠くなるからキツいんだよ」

「そんなこと言うなって。校長も悲しむぞ」

「眠いもんは眠い!(笑)」


 校長は地元話で盛り上がっている。


「俺はこの話結構好きだよ」

「やっぱクマちゃん変わってんなー」

「そうか? 訳の分からない世間話されるよりよっぽどいいと思うけど」

「前の学校の校長どんな感じだったんだよw」

「それに校長ってちょっと可哀想じゃん。まぁ教頭もだけど」

「え、どうして?」

「基本的に役職で呼ぶだろ? 校長先生、教頭先生って感じで」

「まぁそうだな」

「でも他の先生だったら名前が付いてくることが多い。例えば島田しまだ先生、尾形おがた先生って感じで」

「んー、でも目の前にいたら普通に先生って呼ばない?」

「そうだけど、誰かに話す時は絶対名前言うでしょ」

「まぁな。じゃなきゃ誰の話か分からないし」

「でも校長と教頭はそれだけで分かるから基本的に名前は言わないだろ?」

「あー、確かに。でもそれがどうしたの?」

「名前を呼ばれることが少ないから児童は顔くらいしか覚えないと思うんだよ。卒業して数年後、他の先生の名前は出てくるのに校長と教頭だけ分からないって感じで。それってなんか可哀想だろ」

「変なところ気にしてんなー(笑)」

「だからせめて俺だけでも覚えておこうって気持ちになるんだよね」

「……なんか悲しくなってきたw」


 校長の話は10分過ぎた頃に落ち着き、終わりを迎える。


「えー、ちょっと長くなりましたが、明日からは夏休みです。宿題はたくさんあると思いますが、それと同じくらい遊んで楽しむことも忘れないように! では2学期また元気な姿を見られることを楽しみにしてます。以上です」

「一同、礼。——ありがとうございました。何か連絡事項をお持ちの先生はいらっしゃいますか?」

「はい」


 綿谷わたやは登壇せず、司会のマイクで話し始めた。


「12時まで図書室を開放しているので、本を借りたい方はそれまでに来てください。以上です」

「夏休みに本をたくさん読むのもいいですねぇ。他にいらっしゃいますか?」

「・・・・・・」

「大丈夫そうですね。では最後に、校歌斉唱」


 指揮者が手を挙げるのとほぼ同時で全校児童が軽く足を開いた。


 ♪♪♪


 調律されたピアノが楽しそうに音を響かせていたが、やっと終わるという気持ちが歌に染み込んでいたのか、全体的にペースは若干早めだった。


「ありがとうございます。以上で終業式を終わります」


 *


 全校児童がそれぞれのクラスに戻った後、いつも通りに帰りの会が行われ、1学期を締めくくった。


 明日からは楽しい楽しい夏休み。

 朝顔を持つ1年生や大量の荷物を抱えた児童たちが笑顔で学校を出ていく。


 図書室で手伝いを終えた拓真はいつも通り早歩きで下校した。オマセなので顔には出さなかったが、心の中の子どもの拓真は人知れず大はしゃぎしていた。

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