第16話 あだ名

 近年、あだ名を禁止する小学校が増えている。理由は様々あるが、最も多く挙げられているのは、いじめにつながる可能性があるというものだ。

 この学校ではまだ禁止されていないが、職員会議が行われた結果、児童に聞いてから検討することになった。


 ***


 国語の授業が予定より早く終わったので、担任の島田は今から話し合いをすることに決めた。


「予定より早く終わったから、今からあることについて話し合ってもらうぞ」

「あることー?」

「なんだろうね」

「なんか怖い」


 ざわつく児童を背に、島田は黒板に話し合いのテーマを書いた。


「あだ名禁止。今回のテーマはこれだ」

「えっ、あだ名禁止になるの?」

「マジで?」

「え、なんで?」

「めっちゃ使ってるんだけどどうしよ」


 再びざわつく児童たちだったが、学級委員長の美紀みきが島田に問いかけた。


「先生、もしかして最近ニュースでやってたことに関係ありますか?」

「さすがだな。その通り。最近あだ名禁止にする学校が増えていてな。この学校もどうしようかって職員会議で話し合ったんだが、みんなに意見を出してもらうことになったんだ」

「やっぱりそうでしたか」

「とりあえず、時間は10分あるからみんなで話し合ってくれ。俺は聞いてるだけだから」


 島田はそう言うと、自席に着いて無言になった。


「こういう時は委員長!」

「そうだな、木藤きとうさんまとめてよ」

「うーん、とりあえず賛成か反対かどちらでもいいかを決めましょう」

「そうだね」

「オッケー」

「じゃあみんな1分考えて」


 ——1分後、美紀が前に出た。


「はい、じゃあ聞くわね。まず賛成の人は?」


 このクラスは30人いるが誰も手を挙げなかった。


「えっと……もうすでに答えは出てると思うけど、反対の人は?」


 30人中20人が手を挙げた。


「じゃあ残りの10人はどちらでもいいのね」

「まぁ賛成する人はいないわな」

「だよなー」

「反対の人で何か意見ある人いる?」


 美紀がそう問いかけると、達也が真っ先に手を挙げた。


「はい、山崎やまざき君」

「俺もニュース見たけど、あだ名を禁止にしてもいじめがなくなるわけではないでしょ」

「おおー」

「確かにー」

「達也がまともなこと言ってる」

「おい誰だ今の(笑) 俺はいつでもまともだぞ!」

「はい、山崎君座って。反対の人で他に意見ある?」

「・・・・・・」

「なさそうね。じゃあ次、どちらでもいいを選んだ人で何か意見ある?」


 数秒経ったが誰も手を挙げなかったので、美紀は拓真の目を見た。


「間瀬君はどちらでもいいのよね? 何か理由ある?」

「手挙げてないけど」

「いいから答えて」


 拓真は渋々しぶしぶ意見を言った。


「俺はあだ名使わないからどっちでもいい」

「超個人的な意見ね」

「だから手挙げなかったんだよ」

「他に何かないの?」

「俺に何を求めてるの?」

「いつもみたいなキレよ」


 拓真はため息をついてから話し始めた。


「禁止にしても使う人は使うだろ。だからあんまり効果ないと思う。それに、禁止にするのは学校側が一応対策してますってのを世間せけんに示したいだけでしょ」


 島田は黙っていたが少しだけビクッと反応した。


「クマちゃん、なかなかきびしいな(笑)」

「ニュース見て思っただけだよ」

「間瀬君も見てたのね」

「さん付けで呼んだほうが尊重そんちょうするって意見もあったけど、正直何言ってんだって思ったわ」

「クマちゃんが暴走ぼうそうしてる(笑)」

「尊重してる感なんてないでしょ。ただ呼んでるだけなんだから。それよりもどう相手と話すか、相手に対してどう行動するかで尊重度合いが分かるんだよ」

「……確かにそうね」


 拓真は思ったことを吐き出した後、急にスイッチがオフになった。


「間瀬君どうかした?」

「いや別に」

「急に静かになって怖いんだけど」

「キレが終わったからだよ」

「クマちゃん……その言い方、なんかの中毒者っぽいよ」

「バレた? ちょっと吸ってくるわ」

「何言ってるのよ!」

「いや外の空気をね」

「……こんな時にふざけないでよ!」

「もう時間だろ?」


 気付けば残り1分になっており、島田があわてて終わらせにきた。


「すまん、全然時計見てなかったわ。とりあえずこのクラスはあだ名禁止に反対ってことでいいんだな?」

「大丈夫でーす」

「分かった。今回の話は次の職員会議で使わせてもらうからな。じゃあ授業終わりにするぞ」


 *


 数日後の職員会議で再び話し合いが行われた。島田は拓真の意見を出そうとしたが、言った後のことを頭に浮かべ、怖くなり話すのをやめた。

 この学校のほとんどの児童が反対していたため禁止の話は一旦いったんなくなり、学校生活は元のまま進んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る