プジャ・シャルマと夕陽の中へ インド売春地帯取材記

シゲゾーン・シゲキ

まえがき

  一本のろうそくから、

  千人の人が炎を取ったとしても、

  なくなることはない。

  あなたは光の中にある。

  光はあなたの中にある。

  あなたは光なのだ。


                あるインドの聖者のことば



僕の友人に、十三歳から学校と名の付くところには行かず、ほとんど人と接触しないで生きてきた男がいます。

彼が十七歳になったときでした。初めてのバイトで得たお金を、じつに意外な目的にすべて投じるのです。

それは、小学六年生のときに、近所の駄菓子屋から盗んだ六万四千円を返却するということでした。イタズラでやったような子どもの頃のことを、いまさら清算しようとした訳は何でしょうか、しかも初めての給料をすべて使って……。

 彼は不登校で家に閉じこもっているおかげで、否応なく自分と向かい合っていました。毎日、思い出したくもない記憶ばかりが浮かんで押し潰されそうになり、ひとつでも解決させたかったのです。

バイト代の入った一週間後、彼は勇気をふりしぼって駄菓子屋に入り、すべて告白した後、六万円を差し出しました。すると、店の主人から「その良心に応えて」ということでアイスクリームをもらったそうです。

彼はこの《仕事》をやり終えてから、バイトにも行かなくなり、さらなる孤独に向かうのですが、心理的にはとてつもなく解放されながら成長していきました。

 現在の彼は、野生の馬のような澄んだ目をした、やさしい二五歳の青年です。六万円を返しに行ったことが、間違いなく人生の転換点になりました。もし、あのときお金を返していなかったら、彼の人生は、一時停止したままだったかもしれません。


人は誰でも、自分の意志とは無関係に作用する心理的呪縛をもっています。そこから精神を解放させるには、きっかけとなった原因を突き止めるしかありません。人間の感情には表面張力のようなものがあり、心の呪縛を解くのは、たった一度の行動である場合があるのです。

たぶんその行動とは、他人からは無意味に見えても、本人にとっては大切なことのはずで、

 ――いまこれをやっておかなければ、自分が自分でなくなる。

 そんなことがあれば、心の壁を打ち破るチャンスだと思うのです。

人には一つ、人生を逆転させるための儀式のようなアクションがあります。他人から思い込みや勘違いだと言われようとも、成し遂げたときに初めて解放されるものがあるはずです。

二十三歳の秋、僕はそれに値することをインドでやろうとしました。本書はその一部始終をまとめたノンフィクションです。

ただ、あくまで個人的な行動であり、すべて著者の思いこみや勘違いだと思われるかもしれず、じつは僕自身もまだその疑問が消えません。ですから結局のところ、すべてを判断して頂くのは、この小冊子を手にしてくれた方々ということになります。


一九九七年、二十三歳の僕がインドで会ってきたのは、幼いインド人娼婦たちでした。そのことは僕にとって、どんな素晴らしい聖者に会うよりも、価値のあることでした。


※これは一九九七年の取材に基づくノンフィクションです。インドをはじめアジア各国の人身売買等における状況は、当時のものであり、現在では各国政府や民間組織の活動により、改善されています。




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