第24話 悠の考え事

 12月に入り冬が本格的に到来したある日。

 金曜日の夜に仕事から帰った悠は、珍しくリビングで一人スマホをいじっていた。


 澪桜の母親である沙百合が誕生日ということで自宅でパーティーがあるためこの日、澪桜は泊まりで帰省していた。

 帰ってくるのは次の日の夜とのこと。


 悠も誘われたが、仕事が遅くなりそうだったのと、たまには家族水入らずで楽しんで欲しいという理由から遠慮しておいたのだ。


 それと理由はもう一つ。


「もうすぐ澪桜の誕生日か。さてどんなプレゼントをあげようか…」


 澪桜は12月12日が27歳の誕生日だった。

 澪桜には心から喜んで貰えるプレゼントを贈りたいのだ。


 澪桜の誕生日まで後8日あるが、二人は仕事以外、常に一緒にいるためプレゼントを用意出来る機会は明日の日中しか無かった。


「澪桜ってこれといって好きな物がないんだよな…。ブランド物とかもあまり興味示さないし」


 普段からブランド物に興味を持たないし、何か欲しがることが少ないのであった。

 強いていうならキッチン用品にこだわりがあるようには思う。 

 誕生日くらいは本当に喜ぶ物をあげたいのだ。


「スマホで見ていても埒があかない。明日の朝一で外に出て考えるか」


 悠は腹ごしらえと冷蔵庫を開けると中には澪桜が作り置きしていった夕ご飯が入っていた。

 一人だとちゃんとした食事を取らないことを見透かしてか、出かける前に澪桜が用意していったのだった。


「本当にありがたいな」


 悠はレンジで温めてから遅めの夕食を取る。

 同棲を始めてからほぼ毎日二人で食卓につくことが習慣になっていたので一人で夕食を食べることが無性に寂しく感じた。


「幸せに慣れすぎるというのは怖いもんだよ」


 悠は自嘲気味に笑いながら食器を洗う。

 明日は澪桜のプレゼントを買うという重大ミッションを抱えている悠は早めにベッドに入った。


 普段二人で寝ているベッドは一人だと広く感じる。

 アラームをかけようとスマホを手に取った瞬間、RINEの着信が入った。


『こんばんは。悠くんちゃんとご飯食べましたか?一人にしてしまってすみません。明日の夜には帰りますね。大好き♡』


『ご飯食べました。作っておいてくれてありがとう!気にしないで、沙百合さんの誕生日パーティーを楽しんで下さい。明日の夜迎えに行きます』


 悠はそう返信すると、すぐに既読がつく。

 1分もしないうちに澪桜からのメッセージが来る。


『良かったです。ちゃんと食べて頂いたようで安心しました。お迎えありがとうございます。帰る時間はまた連絡しますね♪』


 澪桜からの返信を見た悠は改めてアラームをかけてから眠りについたのであった——



 朝の8時にスマホのアラームが鳴る。

 悠は眠い目を擦りながら身体を伸ばす。


 久々に一人で起きる朝。

 なぜか睡眠が浅かったのは気のせいではないだろう。


「オーダーメイドの枕買ったんだけどな。よく眠れていたのは澪桜のおかげか…」


 いつの間にか俺は一人で生きて行くのは難しい体になったらしい。

 悠は他に誰もいないのを良いことに澪桜の枕に顔を埋める。

 いつもの澪桜の匂いに包まれた悠は安心したのか再び眠気が襲って来た。


「いかん…今日は大事な用事があるんだ」


 悠は眠い身体に鞭を打ってベッドから出ると簡単な家事や食事を済ませてから家を出る。

 今日向かうのは普段はあまり行くことのない隣街の複合デパートだ。

 目的はもちろん澪桜のプレゼントを購入する為。



 デパートに到着した悠は一階フロアから歩いて回る。


 ブランドショップが密集するエリアは土曜日ということもありカップルを始め多くの客で賑わっていた。


 悠は有名ブランドであるティ◯ァニーの店舗前で立ち止まる。


「このくらいの物なら普段つけてても恥ずかしくないよな」


 悠は澪桜が特別高いブランド物を好んでいないことは当然知っていたが、誕生日プレゼントとして遜色ないし、女性が貰って嬉しくないことはないだろうと考え、まずはこの店で何か買うことにした。


 店に入ると店内で案内をしている店員に声をかけられる。


「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお探しでしょうか?」


 女性店員は丁寧にお辞儀をする。


「彼女の誕生日プレゼントを探していまして」

「そうでしたか。お一人ということはサプライズでしょうか?」


 にこっと笑いながら悠に問いかける女性店員


「ええ。普段からお世話になっていますから。彼女には喜んで貰いたくて、今回はサプライズでプレゼントを渡そうと思っています」

「ふふっ。それは彼女さんも喜ぶと思います。こんなにかっこよくて彼女想いな彼氏さんがいるなんて羨ましい限りです」


 リップサービスだろうがそこまで褒められて悪い気はしない。


「お上手ですね。何かおすすめな物はありますか?」

「いえいえ。おすすめはやはりネックレスでしょうか」


 確かに普段ネックレスをしている所を見たことがないし、一つくらい持っていれば今後デートの時などにつけて貰えそうだ。


「ではネックレスを見せてもらいます」

「はい。こちらへどうぞ」


 悠はガラスケースの中に並べられた様々なネックレスを見て回った。

 その中で一つ目に入ったのは、シンプルなチェーンに銀色に光るハートがあしらわれた物であった。


「これがシンプルで良いですね。どんな服でも似合いそうですし」

「こちらはとても人気がありまして、現在、在庫はこの一点のみとなっております」


 ほう。人気なのか。

 金額は少し高めではあるが、見た目も質も申し分ない。


「それは良いタイミングでしたね。ではこれにしますのでプレゼント用に包んで頂けますか?」

「ありがとうございます。準備して参りますので少々お待ち下さい」


 店員がネックレスを包んでいる最中、店内を見て回ったが、指輪なんかは値段の桁が違った。

 今後のことを考えると相場くらいは知っておいても良いだろう。


「いつかこんな指輪をあげたら喜んでくれるだろうか」


 悠はガラスケースの中の指輪を眺めながら澪桜との将来を妄想していた。


「お客様お待たせ致しました」


 先程の店員がネックレスを丁寧にラッピングして戻って来た。

 悠は会計を済ませてお店を出る。



「良い物が買えたな。もう少し他に何かあればいいんだが…」


 他に何かないかと考えていたところで見覚えのある人から声が掛かる。


「え?一条さん?」

「ああ、東雲さん偶然ですね。」


 声を掛けてきたのは東雲美月。

 同じ会社の経理部で働く同僚である。


「私は家が近いので良く買い物に来ますから。一条さんも一人で買い物かしら?」


 美月は言葉を発しながら悠が手に持っている物に気づく。


「って、それ彼女さんへのプレゼントよね?」

「よく分かりましたね?もうすぐ彼女の誕生日なのでプレゼントを買いに来たんですよ」

「そりゃあそんなハイブランドのラッピングされた物を見ればプレゼント以外ないでしょ?」


 美月は苦笑しながら悠が手に持つプレゼントを指さす。


「なるほど確かに。それで、東雲さんも買い物ですか?」

「はい。暇だったので買い物がてらぶらぶらしていたら一条さんを見つけたの」


 美月はハイネックにジーンズ、コートという格好でモデルの様なスタイルが映える。

 きっと周りの男が放っておかないだろう。


「一条さんはもう帰るの?」

「いえ。他にも何か買いたいのでもう少し見て行く予定です」

「じ、じゃあ一緒にどうかしら?彼女にプレゼント買うんでしょ?女性目線の意見は貴重だと思うけど」

 

 美月はチャンスと言わんばかりに悠に一緒に回ることを提案する。

 あくまでプレゼントを選ぶ建前である。


 確かに美月の提案は悪くない。

 女性目線での意見は欲しい所だ。

 ここは乗っかっても良いだろうか…

 悠は美月の意見に乗ることにした。


「分かりました。それではプレゼントを買うまでよろしくお願いします。」


 ほ、ほんとにOK貰っちゃった〜。

 まぁ彼女のプレゼントを選ぶの手伝うなんてベタな誘いだったけど…

 せっかくプライベートで会えたんだしちょっとくらい良いよね。



 急遽、澪桜のプレゼントを選ぶための買い物に美月が合流した——。


 二人は次のプレゼントを探すべく店内を歩きながら雑談する。


「彼女さんはどんな物が好きなの?」

「これと言って好きだというものがないので困っていますね。強いていうならキッチン用品とか料理に使う物にこだわりがある感じでしょうか。」

「相変わらず女子力の塊みたいな子ね。でもキッチン用品だと彼女さんが持っている物も分からないだろうし被ったら勿体無いわね」


 美月はどうしたものかと顎に手を当てながら考えている。


「ん?一緒に暮らしているのでそこは分かりますよ?」


 悠は当たり前かのようにサラッと同棲していることをカミングアウトする。


「…えっ?一条さんって彼女さんと同棲してるの!?」

「はい。え?何か変な事いいました?」


 美月は突然の特大攻撃に意識が飛びそうになっていた。


「い、いえ。まあ?付き合っているのだし?この年齢なら別にふ、普通よね?」

「当然澪桜の両親にも挨拶して許可貰ってますから。ということで買った物が被ることはないので心配入りません」

「り、両親に挨拶…」


 美月はさらに先を行っていた二人にもう言葉が出て来なかった。

 せっかくの土曜に買い物に来てなぜこんなダメージを負わなければならないのだろうかと世の中の理不尽さに美月は打ちひしがれている。


「じゃあ…キッチン用品とかその辺の物でいいんじゃない…?」

「何で急に適当になるんですか…まぁ確かにその辺の物しか心当たりがないのですが」


 急に静かになった美月を横目に悠はキッチン用品を見て回る——。


 悠が選んだのは、CMでも良く見かける取っ手が取れるなんとやら。

 鍋やフライパンがセットになっている物。

 スマホで調べると使い勝手の口コミも良かったので購入した。


「迷ってるという割にはすぐに決まったのね?私、必要だったのかしら?」

「まあ最初からこの辺の物と考えてはいましたが、東雲さんと話していて決心が着いたということで。」 


「最後に思いついた物があるのでそれを買って今日は帰ります。わざわざ着いてきてもらってありがとうございました。」

「ここまで来たら最後まで着いていくわよ。それとも何か見て欲しくないものを買うつもりなのかしら?」


 美月はジト目で悠を見ながら言う。


「そんな変な物じゃないですよ。単純に付き合わせるのが申し訳ないと思っただけです。それでは最後まで付き合ってもらいますか」


 悠と美月は寝具などが売られているコーナーに足を運ぶ。

 そこで寝巻きが売られているエリアで悠は足を止める。


「これなんか暖かそうでいいな。これにしよう。」


 悠は裏地が起毛仕上げになったとても肌触りの良いペアのパジャマを選んでいた。

 

「サイズかぁ…澪桜どれくらいだっけな…」

「一条さん、彼女さんの服のサイズ分からないの?」

「大体は分かるのですが…。多分Sなんですよ。でもSだと上がきついのは間違いなくて——」


 美月は悠の言葉の意味を理解した。

 そして自分の胸元を見る。

 自分の足と床が見えた。


「寝巻きなんてゆったりしてた方がいいんだからMにしておきなさいよ…」


 美月は泣きそうに、そして恨めしそうに言った。


「確かにそうですね。ありがとうございます。参考になりました。」


 悠は自分と澪桜の分の二着を手に取りレジに向かい、ラッピングも合わせてお願いする。


「今日は本当にありがとうございました。お礼にコーヒーでもどうですか?奢りますよ」

「え?いいの?ありがとう…」


 悠は今日のお礼にと喫茶店に入る。

 二人はコーヒーと簡単なお菓子を注文する。


「一条さん、わざわざ悪いわね。私、特に何もしてないのだけれど…」

「いえ。充分参考になりましたので。今日は助かりました。ありがとうございます!」


 悠は社交辞令ではない心からの笑顔を向ける。

 美月はその笑顔を見て胸が高鳴る。

 ダメなのに…。

 一条さんには彼女がいてその彼女の為に今日も買い物に来ている。 

 私はそんな一条さんを助けただけ。

 分かっているのに…この想いは本物なのだと改めて思う。


「い、いいのよ。どうせ暇だったし。それに…喜んでくれるといいわね、彼女さん」

「ありがとうございます。東雲さんって良い人ですね」

「なによ?突然そんなこと言って」

「美人で優しくて引くて数多でしょう。人の為に動ける人って俺は素敵だと思いますよ?」


 美月は心の中で悠の言葉を否定していた。

 私は全ての人の為に動ける訳じゃない。

 一条さんだから…あなたの為だから私は…

 でもそれは叶わない願いなのだろう。


「私に春が来ることはしばらくなさそうね。まぁ、気長に待つことにするわ。」


 美月はそう言って誤魔化した。

 間違ってもあなたが好きだなんて言えない。


「俺は応援していますから。何かあれば相談して下さい。手助けくらい出来ると思いますから」


 悠は美月の気も知らずに笑顔で言う。


「……もう。そういうところよ…」


 美月はボソッと呟いた——。



 ティータイムが終わった二人は喫茶店を出て別れる。


「一条さんご馳走様でした。また会社でね?」

「ええ。こちらこそ今日はありがとうございました。また来週」


 お互いに別々の方向に歩き出す。

 時間は昼過ぎということもあり、デパートでの用事もないので真っ直ぐ帰ることにした。


「澪桜、喜んでくれるかな…」


 悠は澪桜の喜ぶ顔を想像しながら誕生日までを過ごしたのであった。

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