第14話 賑やかな平日

 聞き慣れたスマホのアラームが鳴る。

 時刻は午前6時。

 悠は目を覚ましスマホに手を伸ばすところで、澪桜に抱きつかれながら寝ていたことに気づく。


「ふぁ〜。夢じゃなかったんだなぁ…。」


 裸のまま絡み合って寝ている状況。

 お互い初めて一つになった夜はとても甘美で心地よい疲労感を残していた。

 そして隣で悠に抱きつきながら澪桜が可愛い寝顔を見せている。

 悠の胸元には全てがあらわになった澪桜の真っ白でマシュマロを超える柔らかさの二つの果実が押しつけられて形を変えている。


「ごくっ。ち、ちょっとだけ…。」


 自分の胸に押し付けられてむにゅっと潰された澪桜の白い禁断の果実を触ると悠の指はふにゅっと沈んでいく。


「んっ♡」


 澪桜は眠りながらも艶やかで色気のある吐息を漏らす。


「これ以上はダメだ…。抑えられなくなる…。」


 悠は断腸の思いでこの天国から手を離す。

 きっと血の涙が出ていたことだろう。


「んん……。あ、悠くん…。おはようございます。」

 

 悠が起きたことに気づき、澪桜も目を覚ます。

 良かった。どうやらバレてはいないようだ。


 そして、昨夜の出来事と裸でいることを理解すると、顔を真っ赤にして布団で顔を隠す。


「ゆ、悠くんっ…!先にお布団出てお着替えして下さい!」

「え?は、はい!」


 悠は、急いでベッドから出て床に乱雑に落ちた自分の服と澪桜の服を取り、澪桜の分はベッドに置いた。


 いたずらがバレたのかと思った…。


「澪桜。服ここに置くね?」

「はい。ありがとうございます。お着替えしたら私もご飯の準備しますね?」


 あんなに積極的だった澪桜だったが、朝になり一夜明けて冷静になってみると、昨日の自分が恥ずかしくて悠の顔を見るだけで顔から火を吹きそうであった。


「悠くん…ちゃんとって呼んでくれてる…。えへへ…♡ 嬉しいよぉ。」


 澪桜は、ベッドで布団にくるまりながら悶えていた。


*   *   *   *   *   *


 悠はいつも通り出勤の準備をしていく。

 普段と変わった事と言えば、朝食を職場ではなく家で食べていくということだ。

 服や髪型を整えて、リビングに戻るとキッチンから良い匂いがしてくる。


「あ、悠くん準備終わりましたか?朝ご飯とお弁当の用意がもう少しで出来ますのでお待ち下さいね?」


「本当にありがとう。澪桜のご飯が朝、昼、夜食べれるなんて贅沢だなぁ。」

「ふふっ。そう言って貰えると嬉しいです♪」


 悠はダイニングテーブルに座り、スマホでニュースを見ている。

 少しすると、澪桜がテーブルに朝食を運んでくる。

 目玉焼きにウインナー、ホットサンドにコーンスープ、実に豪華に感じた。


「おぉ!朝から凄いね。澪桜ありがとう、美味しそうだよ。」

「いえいえ。お口に合えば良いのですが。」


 悠はいただきますと澪桜が作った朝食を食べていく。

 うん。全部美味しい。

 味付けも悠の好みに仕上がってる。

 これは毎朝が楽しみにさえなるだろう。


 こうして、澪桜と朝食を食べた悠は、あっという間に家を出る時間となっていた。


「悠さん、お昼のお弁当です。多めに入れてありますので足りると思うのですが…」

「おお!ありがとう!中は何だろう?」


 澪桜は「内緒です♪」っと笑い、作ったお弁当とマグボトルを悠に渡す。

 これは昼飯が楽しみだ。

 悠はカバンに包んでもらった弁当箱とマグボトルを入れた。


「澪桜、そろそろ家を出るけど、本当に送らなくて大丈夫?」

「はい。まだ家事は残っていますし、今日は私予定は特にありませんので、ゆっくり歩いて帰ります。」

「夕方にまたお邪魔して待っていますね?今日の夕ご飯も楽しみにしていて下さい!帰る時間分かったら連絡頂けたら助かります。」

「凄い楽しみだよ!帰る時間は分かり次第RINEするね。行き帰りは気をつけて。」


 そう言うと悠はカバンを持ち、玄関へ向かう。

 澪桜は玄関先まで悠を見送る。


「じゃあ澪桜、いってくるよ。」

「はい。いってらっしゃい悠くん。気をつけて下さいね?」


 澪桜は蕩けるような笑顔で悠に近づき、唇にちゅっ♡とキスをした。

 俗に言う行ってらっしゃいのキスである。

 本当にこの世に実在したのか…。

 

「あ、ありがとう…。その…好きだよ。」


 悠は照れながらそう言い、急いで玄関を出る。

 澪桜はいきなり好きと言われたことに驚きながら顔を桜色に染めながら固まっていた。


「もぉ…悠くんはずるいです…。私が好きと言う前に出てしまうなんて。」


 澪桜は、リビングに戻る。

 悠のいなくなった家に自分1人でいると何だか不思議な気分だ。


「洗い物と洗濯、お掃除をしてから一度家に帰って、買い物をしてまた戻ってきましょう。

ふふっ…。今日は忙しくなりそうですっ♪」


 澪桜は悠に尽くせることに幸せを感じながら家事に取り掛かった。


*   *   *   *   *   *


 悠はいつもより少し遅めの時間に会社に到着する。

 それでも悠の係で一番早いことに変わりはない。


「朝コンビニに寄らないで出社したのは初めてかもな。」


 朝食は澪桜と一緒に家で食べてから出るし、コーヒーも澪桜が暖かい物をマグボトルに入れて弁当と一緒に持たせてくれている。

 昼もお手製の弁当があるので買う必要はない。


「お金浮くなぁ。健康にも良いだろうし澪桜に感謝しないとな。浮いた金で何かプレゼントでも買ってあげようか。」


 今後、澪桜にプレゼントを買うことが決定した。


 悠はマグボトルのホットコーヒーを飲みながら、いつも通り仕事の資料に目を通しているとお馴染みの気だるそうな声が聞こえた。


「おはようございま〜す。」


 陸は口元に手を当てあくびをしながら事務室に入ってくる。


「おう、おはよう。まったく…あくびしながら入ってくるなよな。」


 悠はいつも通り平常運転の陸に呆れながら言う。


「うーん。気をつけるわ。って、悠がマグボトル?珍しいね?」


 こいつはこういうことにはいちいち勘付く。

 そういう勘を仕事で発揮して欲しいもんだ。


「こっちのが経済的だろ?毎日買って飲むより得だって思ったんだよ。」


 本当は澪桜の優しさと気配りで待たされたものだとは言わなかった。

 また茶化されてネタにされるだろうし。


「はいはい。どうせ彼女にやってもらったとかでしょ?今更節約気にして動くようなタマじゃないでしょ。」

「可愛くない部下だな。」


 こいつ、分かってて言ったな。

 まぁどうせ昼飯で弁当食べたら分かることだから良いんだけどな。


「あれ?そういえば、朝飯も食べてないじゃん?それまでやめたの?」

「いや、昨日澪桜にコンビニとか外食ばかりしてることを咎められてな。これからは朝飯は家で食べてく事になった。」

「ほぇ〜。朝飯まで作ってくれんのかよ?ってことは朝まで家にいると…。」

「まぁそうなるな。俺的には流石に申し訳ないと思ったんだが、どうしても譲れないと言うんで俺が折れた。」


 そんなことを言う悠は心なしか顔が緩んでいる。


「悠は幸せ者だなぁ〜。あんな可愛い彼女に毎日、飯作って貰えるなんてさ。ってことは昨日も来てたんだ?」

「そうだな。夕飯を作ってくれてな。そのまま泊まって行ったよ。」

「いや〜、アツアツですな〜。朝来るついでに送ってあげたの?」


 陸はいつも彼女が泊まった日は、通勤時に家まで送ってから出社していた。


「いや、なんか家事やってから帰るとのことで今日は俺だけ出てきた。」

「家事って…。もう主婦じゃん?通い妻じゃん?尽くされてるなぁ〜。」

「まぁ…。そこは否定しないけどな…。」


 悠は少し顔を赤くしながらも陸の言葉を肯定した。


「う、うわぁ〜悠がデレたっ!キャラ崩壊だぁーー!」


 陸はいきなり叫びながら頭を抱え始めた。


「お前…俺を何だと思ってるんだ…?」

「人の温もりを忘れた、バカ真面目な仕事人間。」

「こ◯す…」

「う、うそうそ!!冗談だって。まぁ、正直良かったよ。悠に良い人が出来てさ。それは本当に思ってるからさっ。」


 憎まれ口を叩くくせにこういうところがあるからな…こいつは。


「まぁ、今日は勘弁しといてやる。煙草。」


 そうぶっきらぼうに言うと喫煙所に向かう。

 昨日は仕事が終わってから煙草1本も吸っていなかった。

 澪桜と出会ってから煙草の本数が減った。

 別に隠しているつもりはないけど、何故か澪桜の前では煙草を吸うのが躊躇われる。


「今日あたり澪桜に聞いてみるか…。」


 悠は独り言を呟きながら、いつもの喫煙所に向かう。

 喫煙所には先日と同じ先客…ともう1人、ショートボブで可愛い顔をした小さめの女性、2人が会話していた。

 東雲美月と高野詩織であった。

 悠は喫煙所に入りすぐ隣で話す2人の女性に気にせず煙草に火をつける。


「あっ、一条さん。おはようございます。」

「おはようございます。東雲さん。今日は友達連れですか?」

「はい。彼女は高野さんです。同じ部署の同僚で。煙草は吸わないんですけど、話し相手でついてきたんです。」

「おはようございます。経理部の高野詩織と言います。以後お見知り置きを。」

「これは丁寧にどうも。」


 悠は丁寧に挨拶をしてきた高野詩織に会釈してから、灰皿に灰を落とす。

 悠は約半日ぶりの煙草は少し重く感じるな。

 澪桜は煙草嫌いかな?とか考えながら煙を吐いて宙を漂う煙を眺めていた。


「ねぇ美月?なんかイケメンさん気分ここにあらずって感じじゃない?」


 小さめなボブっ子…もとい詩織はコソコソ東美月に話しかけていた。


「た、確かに…何か考えているのかしら…」

「ほら、せっかく唯一一緒になれる時間なんだから話しかけないと。」

「そ、そうよねっ!」


 2人は何やら小声でやり取りしているが、悠にはさほど気にならなかった。

 今日の手作り弁当はどんなんだろうとか頭の中はお花畑になっているのだから。


「ね、ねぇ一条さん?そ、その一条さんの彼女さんはどんな方なのかしら?」


 悠は彼女というワードに反応した。


「ん?澪桜ですか?簡単に言うと可愛くて、優しくて、スタイルが良くて料理が出来てって感じですかね。」


 悠は無意識で惚気のフルコンボをかましていた。

 美月は無意識に放たれた悠の言葉に被弾してボロボロになっている。


「そ、そう…。とても素敵な彼女なのね…」


 詩織は笑いを吹き出しそうになり必死に口を押さえて堪えている。


「イケメンさ…一条さん。彼女さんはスタイルが良いんですか?スレンダーなモデル体型みたいな感じとか?」


 詩織の言葉に美月の目から少し光が戻る。

 そ、そうよ。私だってスタイルには自信があるし。

 胸は…確かに少し残念だけど、それ以外なら勝機はある!


「んー。モデル体型…ではないかもしれませんね…。背は高くないですし、スレンダーというよりはグラマー?って言うんでしょうか。女性らしいというか、でも顔は綺麗系と言うよりは可愛い系で…」


 美月は悠の言葉にもうグロッキー状態。

 詩織は、しまったと言わんばかりに表情を引き攣らせて美月の方を見る。


「な、なによ〜〜。ぜ、全部真逆じゃないのよ〜!」

「急に大声だしてどうしたんですか?びっくりしますよ。」


 悠はなんで美月が絶叫しているのかも分からず、冷静にツッコむ。

 詩織はまた吹き出す笑いを堪えて身体を震わせている。

 もはやカオスである。

 詩織は悠の好みを分析するため、更に仕掛けていく。

 これより先は美月がさらにダメージを負う恐れもあるが、情報は今後の戦いに必ず必要になる。

 背に腹はかえられない。


「へぇ〜。それじゃ、一条さんは彼女さんの巨乳に毎日甘やかされている訳ですね?綺麗ではなく可愛い顔という事は、尽くしてくれる系ロリ巨乳が好きだと?」


 詩織はさらにミサイルをぶっ込んでいく。


「ロ、ロリ巨乳!?そんないかがわしい趣味はないんですが…。ただ好きになった人がそういうのだっただけで。」

「じゃあ、巨乳は別に好きではないと…?」

「ま、まぁ…。あるに越したことはないんじゃないんですか?と、というか、そんな事会社で言うことじゃないですよね!?」


 悠は嘘でも嫌いとは言えなかった。

 澪桜の特大の真っ白で滑らかな何とも形容し難い至福の柔らかさ…。あの完璧なおっぱいを嫌いなどと言える訳がない。

 今日も澪桜が起きる前に少し…ほんの少しだけ堪能させてもらったばかりだというのに…。


「やはりおっぱい星人だったか…。これは厳しい戦いになりそうね。まぁ、まだこれだけで白旗を振るには早すぎる。」


 詩織は1人でぶつぶつ何か言っている。


「一条さんが純粋なのは分かったわ。彼女さんは同い年の方?」

「2つ下になりますね。」


 と、年下属性まで来たーーー。

 やはりロリ属性持ちは間違ってなかった。

 詩織は戦況が怪しくなってきている、いやかなり追い込まれているこの状況に焦りを覚えていた。

 隣の美月はもはや抜け殻のようになっていた。

 目に光はなく、ただ無表情で煙草を吸うだけの屍のようだ。

 あ、諦めるのはまだ早い。気を確かに持ちなさい美月!


「まぁ!それはとても理想的な彼女さんですね。でもそれだけ出来た方なら会社の飲み会くらいは笑って送り出してくれるのでしょうね?嫉妬で束縛しすぎてしまうような方だと男性は疲れてしまいますもんね。」

「どうでしょうか?多分大丈夫だと思いますけど…。女性と2人とかじゃなくて会社の飲み会ということであれば問題ないと思いますよ?」


 詩織は真っ黒な笑顔でにやりと笑う。

 ……計画通りね。


「ふふっ。そうですか。実は今週の金曜日に経理部主催で飲み会をやるのですが、他の部署の方も参加者を探していまして。まぁ他部署との交流も兼ねていますので。是非一条さんにも参加をお願いしたいのですが。」


 美月は息を吹き返す。

 詩織あなた…最高よ。


「ま、まぁ澪桜…彼女に聞いてみますよ。了承が出れば参加します。友人も誘っていいんですよね?」

「ちっ、思ったよりガードが硬い…。」

「え?何か言いま…」

「い、いえ!ご友人も是非誘って下さい!でも枠は後1人なので、誘っていただける方は1人までにして下さいね。」

「分かりました。ではまた。」


 悠は煙草を吸い終わり、自席に戻る。

 

「なぁ陸?今週の金曜日仕事終わったら暇か?」

「金曜日?土曜は香奈と予定あるけど、金曜なら大丈夫だけど?なんかあんの?」

「経理部主催の飲み会があるらしく誘われたんだよ。後1人だけ他部署の人探してるらしいからもしお前が暇なら一緒にと思ってな。」

「経理部かぁ、可愛い女の子が多いと有名な。まぁ俺には香奈がいるからそこはどうでも良いが、まぁ暇だし良いよ?」


 こうして金曜日の飲み会は陸の参加も決まった。


「それじゃあ、金曜に早く上がれるように今日も全開でやってくぞ。」

「えっ?やっぱり行くのやめね?」


 悠は家で澪桜に甘える姿など想像も出来ないくらい狂気に満ちた表情で仕事に取り掛かる。

 後に、その狂気じみた表情と容赦ない監査から監査部の鬼と呼ばれるようになったことは、また別のお話である。


 


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