第7話 口づけは鉄の味

「あれ……?もう一人倒れてるのは……」


「私のせいかも……たまに記憶を共有できない時があって、さっきは恐い人たちに囲まれたと思ってたら、いきなり疲労と激痛に襲われて……目の前には少し怪我した男の人がいて……状況が分からないまま殴られて……」


「なるほど……あのうずくまり方は……もしかして金的蹴った?だとしたら限りなく正しい判断だよ…」


「そんなに痛いの……?」


「下手な護身術より金的蹴った方が間違いなく効くよ。体格差とか関係なく、あの部分は平等に弱いから……よくやった冬美香」


「どれくらい痛いの……?」


「一瞬、仏とか見えてくるよ。なぁ~むあ~みだぁ__」


蒼斗は、住職の声真似を試みた。その迫真の演技で、冬美香は徐々に笑顔を取り戻しす。


「ふっ、ふふっ、痛た……」


そんな中、ようやく警察官二名が姿を現した。


「君が通報したんだね?お嬢さんの容態に異常は?」


「さっきまで出血が酷かったです。あと、打撲痕がいたるところに見られてて、早く救急車に乗せたいです」


「この時間は道が混んでるからね、救急車はもう少しかかる」


どうやら、この警察官らは、バイクで渋滞をすり抜けて来たようだ。

一人が蒼斗から事情聴取を、もう一人は、辺りに転がる刺青の男らの怪我の具合を確認している。


しばらくすると、続々とパトカーや救急車が到着し、重傷者から順番に乗せられていった。


「あなたは次の救急車に乗るからね」

警察官は冬美香にそう告げると、トランシーバーを片手に、どこかへ行ってしまった。


すると、冬美香はゆっくりと体を起こし、しばらくの間、上目遣いで蒼斗を眺めると、いきなり蒼斗にキスをした。もちろん蒼斗は動かなくなった。


「誰がキスしたと思う?次に私と会ったら、誰がキスしたのか当ててみてよ」

そう告げると、冬美香は担架に乗せられ、救急車へと運ばれていった。


蒼斗は、そんな冬美香を眺めながら、しばらく考え込んでいた。

(めちゃくちゃ血の味がしたぞ……唇切れてたし、絶対痛かったよな……)

こうした心配のせいで、蒼斗は、先ほどが人生初の口づけであったことを忘れてしまっていた。


翌日、蒼斗は都紅島つくしま大学病院から、冬美香本人が蒼斗に見舞いに来てほしいと話していたことを知らされ、早速病院へ出向いた。


ベットに転んでいる冬美香はすっかり元気そうで、二人は、駅の一件について話し合っていた。例の刺青集団は、頻繁にトラブルを引き起こしている不良グループだったようで、冬美香は、不運にもこのグループのメンバーと遭遇してしまったのが事の発端である。この件の当事者全員、命に別状が無いことを知った冬美香は、先程よりも和らいだ表情を蒼斗に見せた。


「え、蒼斗くん、私を助けてくれたのに過剰防衛だった可能性があるの……?」


「ふらついて倒れた人を蹴ってしまって……ほら、普通に考えれば、必要性のない追撃でしょ?」


「うん……ところで、あの日どうして蒼斗くんは駅に来たの?」


「連絡先交換してないなって思って」


「あ、私……その時同じこと考えてた」


そう談笑しているうち、話題は、最近大学付近でオープンした中華料理店の話になっていた。


「行きましょ!絶対行きましょ!レシピのインスピレーションに繋がるかもしれません!」


(この急なテンションの変化……別人格……?どこかで身に覚えが……)


しばらくして、蒼斗は、冬美香が運ばれる直前に話していたことを思い出し、早速切り出してみた。


「ねぇ冬美香、おかしなこと聞くけど、誰かとキスしたことはある?」

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