第32話 ガマゾン・ユーズドの箱、謎なり
石上のバスケが敗退してから、和音はほとんど毎日のように石上と一緒に遊ぶようになった。石上とはもう気軽に話せるので和音としての普段着のままの時もあるし、賑やかな街へ行くときは石上のリクエストで女子服を着る時もある。
そして、詩は相変わらずコンクールのためのピアノの練習に一生懸命——のはずだったのに、なぜか石上と遊ぶときはいつも一緒にいる。
「詩ちゃん、練習はいいの?」
さすがに気になって和音が詩に聞いてみるが、「いいの、いいの」とまったく気にする様子もないのだ。
色々考えた末、和音はある結論を出した。
(そっか。もしかして、詩ちゃんは石上君のことが好きなんだ)
そう考えれば全てに合点がゆく。詩が合流するのは、事前に石上と和音が二人で遊びに行くとわかったときだと気がついたのだ。しかも、和音が一人の時は、どうもピアノの練習を優先しているフシがある。
一度だけ、詩には言わずに石上とカラオケに行ったときがあった。たまたま練習の手を休めたらしく詩からトークが入ったが、カラオケにいることを言った途端に詩が猛ダッシュで駆けつけて来て、黙って二人でカラオケにいたことを散々愚痴を聞かされたほどだ。
よし、僕は詩ちゃんと石上君のキューピットになろう——
そのためには、できるだけ詩のために石上を誘えばいいのではないか、と和音は考えてしまった。
真実は、石上に和音を獲られることを詩が阻止しようとしていたなどとは、その頃は思いもよらなかったのだ。
一度もつれた糸は、なかなか解けないものである。
和音がショッピングモールで母と遭遇してから2週間ほどの時間が過ぎた。あれから特に母から言われたこともなく、たぶんカレーはたまたま偶然だったということだろうと思う。
そんな夏休み中のある日の上杉家の話だ。
「宅配便でーす」
自宅で、毎日遊びすぎて溜め込んでしまった夏休みの宿題を和音が片付けていたときに、玄関のインターフォンが鳴った。上杉家は両親ともに共働きのため、在宅していたのはちょうど和音が一人だった。
和音が「はーい」とハンコを片手に玄関へ行くと、大きな段ボール箱を持った配達員がいて配送伝票を差し出したのでその宛名を見ると、「上杉冴子 様」という文字が記載されていて、差出人は通販大手の「ガマゾン・ユーズド」だ。
(へえ、お母さんはこんな大きな物、何を買ったんだろ)
受け取りのハンコを押して段ボールを持とうとすると見た目よりは軽いが、非力な和音には結構辛い。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
配達のおじさんから心配そうに声をかけられて、勉強に入る前に、「音」になるときの洋服のバリエーションに合わせた髪型の工夫をしていて、元に戻してなかったことを思い出した。
「うん、大丈夫」
和音が可愛く返事をすると、おじさんはニコッと笑って次の配達先へ向かって行ったのだった。
さて、いったいこれには何が入っているんだろう。
箱を開けたくてウズウズするのだが、宛名が「冴子様」となっている以上は勝手に開けるわけにもいかない。母が帰ってくる夕方までのお預けだ。
リビングの片隅にドーンと箱を置いて、その脇で勉強をしながらチラチラと箱に何かヒントがないか確認して気がついた。
それはいたって簡単な話だった。箱に貼り付けてある配送伝票に「品名 衣類・小物」とちゃんと表示があったのだ。
(へえ、ガマゾンで服を買うなんて、お母さんにしては珍しい)
通販の「ガマゾン・ユーズド」は通販大手「ガマゾン」の一部門で、主にリサイクルの洋服を扱うサイトであり、衣類に特化した「ネット上のフリーマーケット」がコンセプトだ。
かなり大きな箱なので、大量に買ったのか嵩張るものかはわからないが、母がガマゾン・ユーズドで買い物をしたのは和音も初めて見た。いつもはリーズナブルではあるが、「ナイクロ」などで新しいものを買っている。
(まあ、いいや。夕方になればわかる)
再び勉強に没頭した。
和音の母が仕事から家に帰って来たのは夕方前のことだった。父は通勤が遠いため、いつももう少し遅くなる。
「おかえり。なんか、通販の箱が届いたよ」
和音が箱を指差すと、「あら、やっと来たわ」と言いながら箱のガムテープを剥がそうとしたが、その手を止めて和音をジロリと見た。
「和音、箱の中は見てないよね?」
「当たり前だよ。テープも剥がしてないでしょ? どうやって見るのさ」
「じゃあ、ちょっとあの鏡の前に立って目をつぶって」
母は自分用の大きな姿見の鏡を指差した。
「何? 勉強中なんだけど」
「いいから、早く立って」
和音は母に手を引かれて、鏡の前に立たされた。
「いいっていうまで、絶対に目を開けちゃダメよ」
——なんなんだよ、いったい
後ろでテープを剥がす音がする。母は段ボールを開けてるらしい。どうやら和音に見られたくないものが入っているのかもしれない。
そんなに見られたくなきゃ、僕がいない時に開ければいいのに——
目を閉じたままそんなことを和音が思っていると、「いい? 動かないでよ」と母はもう一度いい、和音の頭に何かかぶせ体の前面に何か布を当てた。
なんだよ、僕の服なら別にこんなことしなくてもさ。
「いいよ、目を開けて」
そう言われて和音が目を開けると、鏡に黒を基調とした、いわゆるゴスロリ風の服を前にあてがったロングヘアーの女子——つまりは自分が立っていた。
「あの制服も可愛いけど、お母さんは、あなたにはこんな服が似合うって、ずっと小さい頃から思ってたのよ。夢がひとつ叶ったわ」
妙にハイテンションの母が、そう言ったのだ。
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