第20話 ともだち。
石上君って、いい人だなと和音は心から思っていた。情けないほど無力な自分に挫けそうだったが、彼としゃべってるといつの間にか元気が出る。
考えてみれば、同性の男子とこんなにしゃべってるのはいつ以来か、思い出せないほど前のことだった。
石上君なら、もし僕が男子の格好をしていても、友達のように話をしてくれるんだろうか。
いや、さすがにそれは期待しすぎだよ——
勝手に上げて、勝手に下げて。そんな自分がおかしくて和音がクスリと笑う。そして和音が笑うと、うれしそうに石上が目を細めた。
「音ちゃんはさ、さんちゃんとすごく気が合ってたみたいね」
石上君と別れた帰り道、詩が少し不機嫌そうに見えたのは気のせいかな。
「うん。情けないけど、詩ちゃんと石上君のおかげで、少し元気が出たよ。おかげでみっともないとこ見られたけど」
もう思い出すのも嫌だ。
「別に、そんなに気にしなくていいんじゃない? それに、女の子には結構普通にある出来事だし」
「そうなの?」
「うん。電車に乗ってたら、人は少ないのにわざわざ体をピッタリとくっつけるやつとか、ほとんどの女の子は経験してると思うよ。私だってあんなゴツい男から絡まれたら、たぶん何もできないと思うし。怖くて当たり前だよ」
「でも、でも、一応僕も男だし……」
「だからあ、男だからってみんな強くなくてもいいと思う。みんな個性があるんだから。音ちゃんは音ちゃんでいいと思うから」
今更強くなれないなんてわかってる。でも。
「でも石上君なんか、強くて背も高くて明るくて。彼みたいな男子、かっこいいとは思わない?」
和音がそう言うと、詩が足を止めてじっと和音を見た。
「音ちゃんってばさ、もしかして、さんちゃんのこと好きになった?」
「あー、うん。好きか嫌いかと言われればね。彼は音という女の子にしか見えてないのかもしれないけど」
彼とはできればもっと友達になりたい。
「あっ、やっぱり。そう——なんだ」
「そうそう、彼が今度ね、夢ランドに遊びに行こうって。3人で行こうよ」
途端に詩が不機嫌な顔になった。
「ふーん、2人で行けば? 私、誘われてないし」
詩はつれなく言い放ち、ひとりでさっさと足を早めて歩き始めた。
「ちょっと詩ちゃん!」
和音は慌てて後を追った。
ああ、もしかして詩ちゃんは石上君のことを——
僕が彼と話してばかりいたから機嫌が悪いのかもしれない。本当はもっと詩ちゃんは石上君と話したかったんじゃない?
だから、あんなに不機嫌なのかも。女の子は難しいね。
「それよかさ、明日からたまに計画通りに学校に出没してよ」
突然、詩が振り返った。
「わかってるよ。学校をたまに歩けばいいんだろ?」
「そうよ。音ちゃんの姿で、自然に学校に馴染んでおくことは大切だからね」
詩の計画では、たまに制服の音の姿になり、学校の廊下とか校庭などをさりげなく歩いて、「音」という生徒が間違いなくいることを、学園祭までに学校中の生徒に〈なんとなく〉認識してもらう。
そして学園祭で「しおん」は観客の心を鷲掴みにし、拍手喝采を浴びる。だけど歌ったはずのその生徒は忽然と消えてしまう。ピアノを弾いた詩は、同じ学校の生徒に頼まれたので伴奏を引き受けたのに、じゃああれはいったい誰だったのととぼける。
音が実は上杉和音であることは知られないまま、幻の生徒の伝説は、その後長く学園の怪談として伝えられる。これが詩の考えた作戦だった。
「そういえばね、学園祭で歌うんだって言ったら、石上君も絶対聴きにくるって言ってたよ。頑張ろうね」
「あー、そう。さっそく仲の良いことで」
ますます詩の機嫌が悪くなった。これは早いところ、詩と石上君をもっと近づけてあげなきゃ、と思う和音であった。
ピポっと頭上のスマホが1回だけ鳴った。ゴソゴソと布団から手を出して画面をチェックすると、トークアプリに「さんちゃんさんから新しいトーク」の文字がボワっと浮かんでいる。昼にIDを交わしたばかり。指でポン。
(どう、もう元気出た?)
詩と3人のグループトークも組んであるが、今回は個別トークだった。
(今日はありがとう。かなり元気でた)
最後に力こぶの絵文字を。詩とトークするときみたいに。
(よかった)
笑顔の絵文字3個付き。
(石上君のおかげ)
感謝の意味を込めて、ハートマークをちょこっと添えて。
(音ちゃんのピンチなら、俺はいつでも駆けつけるから)
絵文字が走ってる。すごく速そう。
(頼りにしてます。おかげでゆっくりと眠れそうです)
眠り絵文字をチョイ。あとはおやすみ、かな。僕に新しい友達ができて、こんな楽しくトークができる日が来るなんて、少し前までは思いもしなかった。
(あのさあ)
石上君から。
ん?
(なに?)
(今度の日曜日って、暇なんかしてない?)
日曜日かあ。詩ちゃんは——なんか言ってたっけ?
(たぶん、なんもないよ)
(昼にちょっと話した夢ランド、本当に行かない?)
実は夢ランドには、和音は小学校に両親と行ったっきり。友達となどもちろん行ったことはない。
(行きたい!)
脊髄反射で打ち込んだ。
(じゃ、また明日にでも、時間とか決めようよ)
(うん。詩ちゃんにも言っておくから。喜ぶよ)
少し時間が開いた。
(わかった。楽しみにしとく。じゃ、おやすみ)
(おやすみぃ)
ハートマークが二つ重なった絵文字をチョイスした。
(あのね、石上君が日曜日に夢ランドに行こうって。詩ちゃんも行けるよね?)
詩にトークを送る。
すぐに既読がついて——結局その夜、詩からの返信がなかった。
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