第16話 その作戦、絶対無理なので

「でも、学園祭で歌うためには、僕がこんな声をしてることをみんなに話さなきゃならないんだよね……」

 やる気満々の詩の気持ちはわかるけど、もう中学時代の二の舞は僕は嫌だ。

「そこは、なんか作戦が必要よね。要は音ちゃんが歌えるようになればいいんだからあ」

 口に手を当てて詩が考え込んだ。

「あ——」キラッと詩の目が輝いた。「そうよ、うんうん。これはいけるかも」

「えっ、何かいい方法があったの?」

 そんな言われかたをされると、期待してしまう和音。

「えへへ、まあそのうちに教えるから。コウモリ作戦って感じ」

 詩は気になる言い方をして笑ったが、結局教えてくれなかった。


 それから数日後、全校の学園祭実行員が集まって、学園祭の役割分担がまず決められた。分担する係は8つあり、各学年は8組あるので、1年から3年までの各学年1組ずつ、計6人で同じ係を担当する仕組みだ。

 詩が狙っていたのは音楽ホールで行う催しの運営などを担当する係で、詩自身がピアニストであることもあり、狙い通りに和音と2人でその係に食い込んだ。


 聖華学園には、他校の生徒にも不動の人気を誇る軽音部がある。そのトップバンドが「ザ・スカイ・アンド・シー」、通称スカイ・シーで、軽音部の中でも実力のあるメンバーが代々加入する決まりであり、現在アメリカを中心に世界的に活躍しているグループ「OJガールズ」のボーカルも卒業生だ。

 あらかじめ学園祭用のステージ使用申請書は希望者から提出させてある。まずは係の6人で出演順と時間をざっと振る分ける。

 ステージの一番最後は、一般向けにチケットも販売する人気のスカイシーと決まっていて、これは生徒全員が見ることができるように学園祭行事が全て終了した午後3時30分からと決まっている。

 問題は、伝統ある演劇部、合唱部、吹奏楽部や、最近メキメキと売り出し中のダンス部の順番をどうするかひとつの悩みどころで、その合間に申請を出した個人グループなどを入れ込んでゆく。


「どうしてもひと組多いなあ」

 ステージ担当の三年生を悩ませていたのは、希望する申請者が多くて、学園祭が行われる時間に収まりきれないことだった。

「やっぱり去年までの実績を優先して、一年生をカットするしかないかあ」

 先輩がポツリと呟きながら、ステージ順の表をまとめ、PCのエンターキーをパーンと叩いた。

「よし、明日これで本部に提出しましょう。PCを持ってる人はクラウドのデータを確認しといてね。じゃ、今日は解散」

 そう言って三年生は退出して、会議室には詩と和音だけが残った。もちろん削られたのは「しおん」だ。

「結局、三年生だけで決めちゃったね。僕らは何も意見は言えなかったけど、決まったのなら仕方ないね」

 もともと乗り気じゃない和音はさっさと諦めたが、詩がPCで何かやっている。

「何してんの?」と和音。

「1ステージが30分、入れ替えに5分で組んでるでしょ? 入れ替え含めて30分にしちゃえば——ほれ」

 PCの画面を詩が和音に見せると、さりげなく「しおん」のステージを入れ込んだ表が完成していたのだ。

「もう。怒られても知らないよ?」

「先輩に見られる前に、本部に届けちゃえばいいのよ」

 詩が悪魔のようにドス黒い笑いを浮かべたのだ。

 翌日、データが変わっていることに気がつかなかった三年生がそのまま提出してしまい、結局ステージ順は詩の計算どおりに確定したのだった。


「ちょっときて」

 それからしばらくして、ホールでステージを使う代表者が呼ばれた。実行委員としてその会議に向かおうとした和音は、詩に手を引かれて保健室へ連れて行かれた。

「ちょっと、詩ちゃん。今日は説明会でしょ?行かなくていいの?」

「私は係の席に行くから、説明会は代表で音ちゃんが出席してね。とりあえず着替えようか」

 詩は手にしたバッグから、制服を取り出した。

「着替えるって。なんで?」

「こうもり作戦決行よ。今日はあなたは説明会では上杉音を名乗るの。しおんの代表ね」

「はっ? ごめん。意味がわからない」

「いい? 名前を聞かれたら、しおん代表の上杉音です、だけ言うの。そしたら他の質問される前に、係の私が連にくるから、あとは黙って座っておけばいいの」

「む、無理じゃない?」

「大丈夫よ。8クラスもあるから、知らない顔がいても不思議じゃない。さりげなくこの学園の生徒だと印象だけ与えておけば、あとは本番のステージのときだけ、この学園の生徒の音ちゃんになって歌う。学園祭が終わったら、あの子は転校したって誤魔化す。上杉和音は今のまま。どうよ、完璧な計画でしょ?」

「いくらなんでもやばくない? しかもなんでコウモリ作戦なの?」

「いい? コウモリは、獣か鳥かわからない。もし同級生からあなた誰って聞かれたら、私は二年生よと答える。二年生か三年生に聞かれたら、一年生です、とだけ答えれば、クラスまでは聞かれないよ。先生だって全員の生徒を覚えてるわけないよ。どう? これが私が考えたコウモリ作戦!」

 詩の鼻息が荒い。だけど、和音には不安でしかなかったのだが。

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