第12話 お家賃、上がります

 ピコっとスマホから音がして、画面がボワっと明るくなった。


 西園寺詩さんからトークが届いてます——


「なんだよ」

 和音はスマホに向かってボソボソと呟きながら、その画面を一回タップした。また歌詞と新しいピアノ演奏の動画らしい。

 勉強の手を止めて動画を再生する。小さな画面の中の西園寺詩がピアノの鍵盤を弾くと、この間と同じようにキラキラした旋律が流れ出した。

 この間の曲もよかったけど、これもいい曲だ。ずっと聴いていられる。

 性格は結構わがままなのに音楽は綺麗なんだよな。先週の土曜日のことを思い返し、和音はクスッと笑った。

 そして繰り返し動画を流しながら、彼女が作ったという曲をいつの間にか口ずさんでいた。


 次の日のことだ。和音が登校して自分の席へ行くと、椅子の上に少し大きめの紙袋が置いてあった。口の部分を2、3回折り返してある。自分には全く興味がないが、どこかのブランドの袋のようだ。

 ——なんだろう?

 和音は中学生の時にいじめを受けたので、学校内で自分に起こる日常と違うことには強い警戒感を持っている。中から何か飛び出すことを想定するなど、当たり前のことだった。

 まず周りの様子をそっと伺う。誰かのいたずらなら、きっと僕が驚く「その瞬間」を見逃すまいという視線があるはずだ。だが、誰も和音のことなど気にしていないようすだ。もうそれくらいは雰囲気でわかる。

 背負ったリュックを下ろし、もう一度周りに視線を配りながら左手で折り返した紙袋の口をゆっくりと伸ばしてみる。

 中学の時は机に置いてあった箱からカエルが大量に飛び出したことがあるが、どうやらそれはなさそうだ。カサリとも袋から音はしない。

 じゃあなんだ?

 中が確認できる程度に、そーっと袋の口を小さく開くと、おそらく服が入っているように見えた。

 あれ? もしかしてなんか忘れてたっけ? お母さんが先回りして体操服でも届けてくれたのかな……

 袋に手をガバッと入れて中の服を掴み、袋から取り出して広げて——大慌てで再び取り出した《それ》を袋に戻し、口を更に一回多く折りたたみ、リュックの中に押し込んだ。

 なんと、袋の中に入っていたのは聖華学園の女子制服であり、和音が取り出して広げたのはそのスカートだったのだ。

 よかった。誰にもみられてない——

 必死に周りを確認しながら和音はバクバクと波を打つ心臓を必死になだめた。もし和音がスカートを手にしているところを誰かにみられでもしたら、きっと大騒ぎになるところだったろう。

 こんなことができるのは……

 やるにしても、こんなやり方はあんまりだ。どうやって文句を言ってやろう。和音が思案しているところへ、一限目の英語の先生が教室へ入ってきた。


 一限目の授業の間、ガツンと言ってやるために、どうやって詩を呼び出すかと和音は考えていたが、授業が終わると詩がツカツカと近寄ってきて、通りすがりに視線は外したままスッとメモを和音の机の上に置いてベランダに出て行った。

 誰にも見られないように隠しながら、和音は机の下でメモを開いた。

「音ちゃんへ。今度の日曜日、お昼の11時に私の家に来て。その時に必ず紙袋に入っている服を着てきてね 詩」

 はっ? 意味わかんないよ。何勝手なことを——

 和音はボールペンとレポート用紙を取り出し、

「なんで僕がせっかくに日曜日に君の家に行かなきゃいけないんですか? 僕も色々忙しいんですよね。というわけでお断りします」

 と書き、小さく折りたたんだ。そして廊下へ出るふりをして、通りすがりに詩の机にポンと投げた。


 まったく、あの子は僕を召使いか何かと思ってるんじゃないかな。冗談じゃないや。

 2時間目の最中も、和音はムカムカと怒っていた。

 授業が終わると、タタタッと机の間を詩が駆けてきて、また素知らぬ顔でメモを置いて走り抜けて行った。そそくさとメモを広げる。

「親愛なる音さま。あなたが私の家でシャワーを使ったことが、ママにバレました。男性を連れてきたのかと怒られたので、連れてきたのは友人の女子だと言っております。日曜日は私の誕生日です。誕生日パーティに、その女子を連れてこいと言われました。では、よろしくお願いします 親友の詩より」

 知るかよ。1人で怒られておけば?

「わがままな詩さま。 いやです。あなたが怒られることなど、僕には関係ありません。自業自得です。では、無事を祈ります。 音」

 それだけ書き殴ると、和音は再び詩の席をさり気なく通り過ぎる。もちろん、詩の机にメモを残すのは忘れない。


 次の休み時間、ふと前を見た時には詩はもういなかった。

 やっと諦めたか。

 ふっと一息ついたその瞬間、和音の背後から「キャッ」と言う声がしたかと思うと、誰かが倒れかかってきて、和音の背中を掴んできた。詩だった。

「上杉君、ごめんなさい。躓いちゃって」

 詩はパッパッとスカートの裾を払いながら、ペコリと和音に頭を下げた。


 背中がモゾモゾする。何かが入ったらしい。背中のシャツを引き出して手を入れると、メモが背中に入っていたのだ。

 あの時か!

「我が親友の音さま。ああ、どうしましょ。ママの所有するあのマンションに住むあなたが男子だとバレたら、きっとお家賃、跳ね上がりますよ? いいんですか? 詩」


 ——すっごく安いお家賃のマンションを見つけてね。ちょっと頑張ればうちでも払えるわ

 その時、引っ越し前にお母さんがうれしそうに話していたことを、和音は思い出していた。

 

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