地震雷火事姉ちゃん!

shushusf

黒歴史

瓦礫だらけの学校。煙たい空気が漂い夕日が差す中、最後の戦いが終わった。


瞳力の使いすぎで血が流れている左眼には、もうほとんど視力はない。

 右手で持った剣『スサノオ』を支えに、僕はなんとか立っていた。

 最後のリミッターまで外して戦った僕の体はもうとっくに限界を超えていて、もうどこも動きそうにない。


 ––––でも、僕はとうとう

敵のリーダー、ミヒャエルを討ったんだ。


人間の滅亡を望み、そのために行動していた天使の結社『エンジェルシャイン』との長い戦いが、今終わった。

奴らは、僕との永きにわたる戦いに終止符を打つ最終決戦の場に、なんと学校を選んだんだ。

天界と通じる幾千ものワームホールが突如としてこの高校の至る所に出現。

そしてそのまま授業中に、奴らは大挙して高校へ乗り込んできた。

僕は左眼に宿る瞳力でそれを察知。生徒や教師たちを守りながら大量に現れた天使たちを打ち破り、そして、激戦死闘の末、たった今ボスのミヒャエルを倒した−−−−

校舎は全壊状態。

普段は平和な、まだ入学して一学期といない僕たちの学び舎を、人類のためとはいえ戦いのうちにこんなふうにしてしまったことに、心が痛む。

 

「純くんっ!」

 

 夕陽に照らされ瓦礫の上に立たずむ僕に、後ろから女の子の高くて可憐な声が向けられた。

 体に鞭を打って、無理やりに後ろを見た。するとやっぱり声の主は彼女、七草ゆらら。

 いつも誰にでも優しくて、普段はドジでどうしようもないこんな僕にも、照りつける太陽みたいな笑顔で接してくれる女の子。それだけじゃなくて、本当は芯がある強い女の子だとも僕は感じている。

そんな彼女が、ボロボロになった僕のすぐ傍まで駆け寄って来た。息を切らせたまま、心配そうに眉を寄せ、目一杯に涙を溜めて僕を見上げる。

綺麗な亜麻色の髪には、埃が被っていた。

その姿を見て、戦いに巻き込んでしまったことに僕の胸は苦しくなる。

「純くんっ……じゅんっ……く、んっ……」

「無事でよかったゆらら。……泣かないで。みんなは、無事に逃げられたかい?」

「うんっ……ぐすっ純くんのおかげで、みんなは無事だけどっ……だけど純くんがっ」

「そうか。よかった僕はちゃんと、守れたんだね」

「っでも、でもっ!」

「あはは……そんなに泣かないでよゆらら。−−−−僕、ちゃんと勝ったから、さ」

 力を振り絞って、僕は泣き出してしまった彼女を抱きしめた。彼女の顔の熱を胸に感じる。

見た目よりも華奢で、力を入れたら折れてしまいそうなその柔らかさを、幸い僕の右腕はまだ感じることができていた。

「約束通り僕は生きているよゆらら。みんなを避難させてくれてありがとう」

「でも、でもっ! 純くんっ……純くんがっ!」


 彼女の顔がある僕の胸にじんわりと水分を感じる。

 そして、それでも懸命な努力で嗚咽を堪えようとしつつも、彼女は決壊した。


「じゅんぐんっ……っ……腕がぁ! ぅ…………うううああああああああああ!」


 そう。

 ミヒャエルとの戦いの中で、僕は左腕を失ったんだ。


「腕の一本くらい安いものだよ。無事でよかった」

「だってっ。だってぇ……いくら人類のためだってっ……私、純くんが傷つくのは嫌なの!」

「……ごめん。でも、僕はミヒャエルとの戦いの最中、不思議と人類を守るために戦ってるって、そんな感じじゃなかったんだ」

「ぅぅ……どういう、こと? じゃあ何のためにそんなにっ」

 ゆららは顔を僕の胸から上げて、見つめ合う形になる。

未だ彼女の目からはとめどなく涙が溢れている。

 僕はまだ視力の残っている右の目で、たっぷりと、彼女の夕日に照った顔を見つめて


「君が何より大事だから、君のために戦ってたんだよ。ゆらら」


 至近距離で、彼女が息を呑んだのが分かる。

 目を大きく開けて、瞳からはまた涙が溢れ始めた。

「君が傷つくのは嫌だった。君に何かあったら死んでも死に切れないって思った。––––ああ、こんなに心配してくれる君に言うことじゃないって分かってるんだ。でも……どんなにきつい時でも君のことを想ったら力が湧き出てきた。君を想ったら絶対に死ぬ訳にはいかないって思った。だから君のおかげで僕はこうして今も生きてるんだよ。うん、僕はね−−−−僕はこの世界で誰よりも君を、ゆららを守りたかったんだ」


 しばらく僕を見つめていたゆららは、涙を振り切るように、首をブンブンと横に振る。

「ばかっ! そんなの全然嬉しくない! ばかっ、ばかばかばかばかばか! ほんとにそんな姿で言うことじゃない! 私は純くんが傷つくの嫌って言ったでしょ⁉︎」

 ゆららは力一杯両腕で僕の胸を叩く。

「ごめん。本当に、ごめん」

 僕の言葉を聞いたゆららは、静かに叩いていた腕を止める。そして、ポツリポツリと続けた。

「でも、私がいるから生きて帰ってきてくれたんだよね」

 そうして、たっぷりの時間を溜めてから

「約束通りちゃんと帰ってきてくれたから……ギリギリ、許してあげる」

 拗ねたような声で、彼女はそう言った。いつもポワポワ癒し系で全く声を荒げることもなかった彼女がこんな声や態度を出すほど、心配してくれてたんだよな。

「……ごめん。ありがとう」

 どのくらいの時間が経っただろうか。僕の胸の中から彼女は少し離れた。

「純くん。私、純くんがミヒャエルと戦いに行く前にいってらっしゃいって言ったの、覚えてる?」

「? ああ。覚えてるよ」

「じゃあ、戻ってきてくれたなら……私はこう言わなくちゃね」

「−−−−っ⁉︎」

 突如、彼女の柔らかい唇が僕の唇を塞いだ。どこか塩辛い味のそれは、とても暖かくて−−−−

 なんだか、エネルギーが注入される感覚がした。

「おかえりっ! 純くん!」 

 顔を離し、夕日に照らされたゆららの笑顔は……それはそれは、綺麗だった。

 そして僕とゆららの二人は夕日に照らされたまま、再びどちらかとともなく顔を近づけて





『どすこいっ!』





「え?」


『『『『『『『どすこいどすこいどすこいどすこい!!!!』』』』』』



向こうに見える夕陽が沈む地平線から、全てを覆い尽くす夥しい数の力士がこちらに接近。

 大迫力の絵面と鳴り響く地響きが大きくなっていき、奴らはとんでもない速度で僕とゆららがいるここまで四股を踏みつつ両手を前に押し出すポーズをしながらやって来る。えげつないスピードだ。ミヒャエルより速い。



 なんだなんだなんだ! こ、このままじゃ潰される!

 



『どっすこ〜いィィィィ♫』



 天から謎の女の……無理やり楽しげに言ったようなちょっとドスの効いた声が響いて

 僕は訳もわからぬまま、その力士の奔流から守るようにゆららを抱き寄せ−−−−














第一章 K☆U☆R☆O☆R☆E☆K☆I☆S☆H☆I☆




「…………あああぁぁゆららぁ。……んぃえ? ……あ、あれ?」


 やけに気持ちいい風を感じる。

ふと気づくと、完全に原型をとどめていなかったはずのクラスの教室が全くの無傷で目に写っていた。というか学校が瓦礫になっていない。

「ん? はれ? 左眼が、見える……腕も、ある?」

 それどころか、ミヒャエルとの死闘の中、最終秘奥義を使った反動により失ったはずの左目の視力も戻っていた。

 さらに人類の−−−−ゆららの命と引き換えに失ったはずの左腕も、まるで戦いなんてなかったかのように無事に胴体にくっついていて。

 そして、また吹いた外からの冷たい風を受け、僕は窓の外を見る。

「あれ……まだ昼?」

 おかしい。

 さっきまでゆららと抱き合っていた時には夕焼けの時間だったはずだ。

 少なくともこんなに高い位置に太陽はなかった。


「あの、今授業中だったんですけど……うるさいです」


「え?」

 隣の席のいつもは割と活発なこのクラスの委員長でもある女子が、なんだか物凄く引いた……物凄く……道端のうんこにも向けないような目を僕に向けている。

その声の後、僕は自分がいる空間の妙な空気をやっと感じ取った。ゆっくりと周りに目を向ける。

 すると、クラス中の視線が……道端のうんこにも向けないようなシラっとした、そんなクラス中の視線が、僕に向けられていて


「…………」


 だけど、一番窓際の後ろから三番目の席の僕から、廊下側へ三つ隣。

 誰もがシラーっとした目を僕に向ける中で。

−−−−七草ゆららだけは、耳まで真っ赤にした顔を机に向けたまま、微動だにしていなかった。


 これは。

 もしか……しなくても。


 全身から一気にブワッと汗が出る。

 そんな……嘘であってくれ。だって、だってあんなにリアルだったじゃないかっ!

……まさか……まさか。

「あー……なんだ、天野。すぐに起こさなかった先生も悪かった」

教科書を片手に持った先生の申し訳なさそうな声が、いやに静かな教室で響く。

終わったと思った。

今にも叫び出したい衝動に支配される。口がしまりをなくしたようにポカンと開いた。

絶叫したかった。だけど、それすらも叶わなかった。


あ、来る。


体に稲妻が走るような謎の感覚が唐突に現れた。


直後、嫌な浮遊感が世界を襲う。


「って、うおっ地震だ」「おお……震度3くらいかな」「……あれだ、地球もびっくりしてんじゃね?」「おいおい言うなって」「でもそうかもね」「いやあ、案外天野の妄想も現実になったりしてな」「とりあえずみんな落ち着けー!」「あれだ、みんなのゆららちゃんにあんな恐れ多いこと考えてる奴がいるから地球が怒ったんだろ」「あ、それだ」「俺たち人類の宝をよりにもよってダメジュンがあんな……万死に値する」「呼び捨てだったぞあの野郎」


 今回は地震だった。

 その地震は十秒程度で収まる。それなりに大きいけどひどいものじゃない。揺れてる最中は色々考えるけど、一時間後にはもう忘れてるくらいのそんな揺れ。

クラス内でも緊張感は長続きはしない。揺れが収まる頃にはもう全員が平然としていた。

そんな訳でそこそこ揺れを感じる地震が起きても、僕のやらかしは消えず。

地震は僕のやらかしのインパクトを消し去るにはあまりに力不足だったらしい。

直後、教室のスピーカーからは四限終了の鐘が鳴る。

その暢気な鐘の音は、まだ始まって二ヶ月しか経っていない僕の高校生活の終了も告げているように思えた。




「おっ! ジュンクス。あれ? 左腕生えてね?」

「お、マジだどうしたんそれ。左眼の力で復活したか?」

「いや、あれだよ––––七草のキスのおかげで生えてきたんじゃねーの?」

「ああ、そういえば『君が何より大事だから、だから戦ったんだよ。ゆらら』っていってたもんな」

「つーか七草はいくらなんでもさ……あの全校生徒の崇拝対象は無理だろぉw。学校中の名だたる男でも手が出せない女神っぷりなのに、もはや無謀すぎて誰だって笑うわwww」


「「「「「「あはあはははははっははははっはあっはハッハハッははっははははっはははははははははっはっははははあははははははあはははははははははははっははははははははははははははははあっははははははははははっははははははははははっははははははははは!」」」」」」


 あれからほんの十分程度。

 昼休みになった教室で僕を待ち構えていたのは、男子生徒の嘲笑。そして


「……ぅっわ」「むり……」「ゆららかわいそお……」「ちょっと……あれは鳥肌だったわ」「……あれはちょっと……」「きついよね」「普段からかわいそうな人って思ってたけど、今回は別の意味でかわいそうな人だわ」「あれは男子に揶揄われるのも擁護できない」「ダメジュンって……言い過ぎって思ってたけど、今回は納得」「○ンピースのキャラの設定パクってたんだって?」「あ私知ってる。海で溺れた主人公を助けたシーンの」「……あれだけ残念だと……いや、普通にキモチワルイ」「寝言であんなにデカい声で……あの内容だもんね」「そっかぁ……普段あんなこと考えてたんだ」「そいえばゆららどこいった?」「ああ、今日は学食で食べるって」「ああ……そりゃあ……だよねぇ」「大体––––ゆららを本気で狙ってる奴がいるなんて」「ほとんど偶像なのにね」「あんな高嶺の花いないよね」「学校中のどんなイケメン男子もみんな諦めてるのに……ダメジュンよくやるわ」「幸せなキスをしてハッピーエンドって……うわぁ」


 ––––女子たちの蔑んだ目だった。

 今の僕なら断言できる。

 女子の陰口とは宇宙が誕生して以来、最も強力な精神破壊兵器だと思う。

 そう。僕は授業中に居眠りをしていた。今まで一回もそんなことしたことなかったのによりにもよって……僕が高校に入学してから常々考えてきた設定を、寝言で暴露してしまったんだ。


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 終わった。

……終わったよ僕の高校生活。

 入試で奇跡が起きて、せっかくなんとかそれなりの偏差値の高校に入ることができたのに。

高校に入ってからは奇跡も続かなかった。中学までと変わらない、ずっとダメジュンって言われるだけの毎日。


授業で当てられた時も、自分の出した答えが正解か自信が持てなくてわざと違う回答を言って不正解だったりした。この間やった中間テストもそれで20点くらい落としたし50メートル走を測った時だって、途中で転んで膝を怪我した。意地でも最後まで走り切ったけど、それはもう無様な姿を晒しまくったんだよな。高校生にもなって担任の先生のことをお母さんって言って笑われたり、それを敢えて笑われにいくような振る舞いもできないから、ただ馬鹿にされるだけだったり。別の体育の授業で暇な時間に木の下でちょっと休憩してみたら、落ちてきた青虫が肩に乗ってきてビビって一人で絶叫したり……

まだまだある。ほんと我ながら悲しくなってくる。

そんな僕を男子は笑って、そうしてつけたあだ名が『ダメジュン』。

それはもう馬鹿にされまくって、でも今まで女子はそんな僕に同情してくれていた……んだけど。

それも今日ので……。

なんだよ。別に夢の中でくらい……妄想したっていいじゃないか。

ああ。分かってるんだ。

僕には致命的に勇気が足りない。どんな時でも堂々と、自分の意思を真っ直ぐ堂々と貫けるような、何かを言われても笑われても気にせずにいられるような、そんな勇気と強さが欲しい。

なりたい自分は何かともし問われたら、自分に自信を持った勇気のある人と、そう返す。


男子の馬鹿笑いはまだ続いていた。ムカつく……なんて感情ももうほとんどない。ひたすらこの惨めさを感じるのは仕方がない。


僕は席から立つ。弁当を持って––––うん、今日はトイレで食おう。

流石に今は一人で集中して今後の振る舞い方を考えたい。

「お、どこいくんだよダメジュン」

「あれだろ? ミヒャエル倒しにいくんだよ」

「頼むぜダメジュン! 人類を救ってくれ!」


「−−−−っ〜」

 男子たちの声をバックに、教室を出ようとドアを開けた。そのまま外に一歩踏み出そうとしたら……何も無いはずの教室の床につま先を引っ掛けてそのまま床にダイブ。

廊下と激突して痛む膝の感触をそのままにして、僕は転んだ拍子に手放して廊下に飛んでいった弁当箱をすぐに拾いに行く。

後ろからドッと沸いた男子たちの声と嗤いを振り切るように、今度こそ僕は早歩きで教室を出た。

もう五月に入ったというのに、廊下の空気はいやに冷たい。


 その後一日、ゆららちゃんはいつもの太陽のような笑みを誰にも見せなかった。

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