パフ

北の国のぺんや

Puff the magic dragon lived by the sea



海の近くのあるところに公園がありました。


その公園にはブランコがありました。


台形の枠のなかに、ゆれる椅子が2つ。





朝、学校へ行く前の小学生たちが ベンチの上に黒いランドセルを放り投げて ブランコに乗って

ぎゅんぎゅんと立ちのりをして 高さを比べあいます。


昼、子連れのお母さんたちがきて、小さな子どもを椅子に乗せて ちいさく ちいさく 

それは揺れる、と言えないのではないかと思えるくらいに小さく、動かして 小さな子が喜ぶのを

幸せそうな瞳でみつめていました。



夕方、学校帰りの小学生たちが ベンチの上に赤いランドセルを放り投げて ブランコに乗って

ゆらゆらこぎながら おしゃべりをしています。




ブランコには 人が乗ってくれることが とても嬉しいことでした。


どの人もみんな 好きでした。


だけど、そのなかでも ブランコは ブランコに向かって話しかけてくれる ある子どもが大好きでした。




その子どもは、まいにち朝早めと夕方遅めに いつもひとりでやってきました。

そして 膝の上にランドセルを乗せて ゆらゆらゆらしながら、



…はじめのうちは、誰に話すでもなく 何かをつぶやいているだけでした。



でも、そのうち ブランコに対して話しかけるようになりました。

ブランコは その子どものことを少しずつ知っていって、その子どものことが大好きになりました。




ブランコは 耳を持ちません。

だけど その子のいいたいことは、空気や ぬくもりや そういうものから伝わってきたから

耳がなくたって、その子どもの話は聞くことができました。


ブランコは 口を持ちません。

だから 返事をすることはできません。

その子どもに返事はできなかったけれど、でも ブランコは 話が聞けるだけでも嬉しいと思っていました。




ある日、子どもは、いつものようにひとりではなく ふたりでやってきました。

ふたりでいたから、いつものようにブランコに話しかけてはくれませんでした。




数日後、子どもは、この前と同じように ふたりでやってきました。

ふたりでいたから、ブランコには やっぱり話しかけてくれませんでした。




だんだん だんだん その子どもは 公園にこなくなりました。


そして、ある日をさかいに ぷっつりとこなくなりました。




ブランコは いつものように 朝は 黒いランドセルの持ち主を。

昼は 小さな子どもを。

夕方は 赤いランドセルの持ち主を。

のせて ゆらゆらゆらゆら  ゆれていました。


ブランコは いつもとかわらず揺れているのに、あの子どもは 来ませんでした。


ブランコは 寂しいと思いました。

ブランコは 目を持ちません。だから 寂しくても涙は流せませんでした。

そのかわり、寂しさは ブランコの中に 徐々にたまっていくのでした。





何年も 何年も たちました。





ブランコのいる公園は、もうすぐ なくなってしまいます。


代わりに マンションがたつのです。


手入れもされなくなって 人もだんだん来なくなった公園は ものさみしく 冷たい風が ひゅうと吹き抜けます。


ブランコは あの日からも  いろんなひとびとを乗せては乗せて 揺れていましたが

その中に あの日からたまってきた寂しさのせいで もう 自身が重くて

昔のように 風とあそんで ゆらゆらすることも できなくなっていました。



もうすぐ 取り払われる、そんなとき。



黒い、学生服を着た男の子が 紺色の学生服を来た女の子と一緒にやってきました。



「これだよ、この前話してたブランコ。うわー さびたな」


「へぇー これがあの?」


「そうそう。あのころは 友達いなかったからさ。ここにきて 座って ブランコと話してた。」


「寂しい子だったんだね。」


「親も帰りが遅かったしなー」


「じゃあ 愛着があるね。」


「そうだな。ま、友達ができるようになってからは、公園なんて滅多に来なかったけど、いざ 無くなるとなると なんか…な。」


「寂しい?」


「さみしいっていうか…違和感がある。あたりまえにあったものが 無くなるって。」


「そうだね。」



公園に 冷たい風が容赦なく吹き抜けます。



「さむいね」


「帰る?送るよ」


「うん、帰る。」





うんと冷える朝。


ブランコは 薄い霧に包まれて  しっとりとしめっていました。


傾いたブランコ。


うっすらとついた露は、傾いたほうに向かって すこしずつかたまって しだいに 小さな流れとなって



ぽとん





流れ落ちます。



ブランコは、初めて、涙を流したのでした。



朝のしんとした空気、昼のぽかぽかした空気、夕方のあたたかいひかり。

すべて 懐かしく 遠く せつなく



ブランコは 初めて 涙を流したのでした。






* *  *






四季がめぐり、春が訪れると

そこには 立派なマンションが建っていました。


最新の 防犯 耐震の設備。


立派なマンションは 朝のひかりを浴びて ぴかぴかと 輝いていました。






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